2025/11/13

トピック

東京都浴場組合が今年9月から11月にかけて実施中の「アスリートの湯」では、日々努力を重ねるすべての人に、心身を整えるリカバリーの時間をお届けしています。

11月16日(日)には「マイトルビンの湯」というまだあまり馴染みのない変わり湯が実施されます。

マイトルビンは、学習院大学が長年行ってきたミトコンドリア研究から生まれた植物由来の新成分です。そこでこの連載では、私たちの体とミトコンドリアの関係を、温浴・サウナに関連した研究も交えながら紹介し、パフォーマンス向上や日々の健康づくりにつながる知識をお伝えしたいと思います。

第4回では、“少しの刺激”がミトコンドリアを目覚めさせ、細胞が強さと若さを取り戻すしくみ「ミトホルミシス」を見ていきましょう。

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ミトコンドリアへの軽いストレスが、細胞を強くする

「健康に良い」とされる習慣には、体に軽い負荷をかけるものがたくさんあります。

たとえば、運動やカロリー制限・ファスティングなどは、健康法として広く知られていますが、いずれも体にとっては一時的なストレスです。

それなのに、こうした行動が健康や若さを保つのはなぜでしょうか?

健康のためには「負担」がつきもの

 

その背景の一つとして注目されているのが、「ミトホルミシス」です[1]。

少し聞き慣れない言葉ですが、簡単にいえば“ミトコンドリアへの少しのストレスが、かえって細胞や体を強くする”というもの。

2009年、ドイツの研究グループは、運動によってミトコンドリアから発生する有害物質「活性酸素」を、抗酸化サプリで抑えると、運動の健康効果がかえって弱まってしまうことを報告しました[2]。

同じ年、カナダの研究チームは、マウスの遺伝子を改変してミトコンドリアに少しだけストレスを与えると、むしろ老化のスピードが遅くなり、長生きすることを発見しました[3]。

つまり、ミトコンドリアにとって「少しの毒」は、実は“刺激”として働き、細胞や体をより元気に、そして若く保つ力を引き出してくれる——そんな可能性が見えてきたのです。

 

ミトコンドリアは、細胞の中の“見張り番”

では、なぜミトコンドリアへの軽いストレスが、細胞を強くするのでしょうか?

その答えの一つが、ミトコンドリア自身が「細胞の中の見張り番」のように働いている、ということです。

ミトコンドリアはエネルギーをつくるだけでなく、細胞の状態を常に見張っています。

「エネルギーは足りているか?」
「代謝のバランスは崩れていないか?」
「活性酸素が増えすぎていないか?」

といったサインを読み取り、必要に応じて「少し休もう」「エネルギーを増やそう」「防御を強化しよう」といった指令を細胞全体に送っているのです[4]。

ミトコンドリアへのストレスが、細胞を強くする

 

ミトコンドリアは“監視センサー”として小さな刺激を感じ取り、それをうまく生かして細胞を守っています。

そのしくみこそが、細胞を強く、そして若く保つ鍵とされる「ミトホルミシス」なのです。

 

では、どうやって“よいストレス”を与えればよいのか?

実は、特別なことをしなくても、日常生活のなかにミトホルミシスを引き起こす“ほどよい刺激”はたくさんあります。

これまで紹介してきた運動や温冷刺激(温浴や冷水浴など)もその代表例ですが、もう一つ注目されているのが「カロリー制限」や「ファスティング(断食)」です。

食事の量が減ったり、空腹の時間が長く続いたりすると、細胞は「いまはエネルギーが足りない」と感じます。

するとミトコンドリアはエネルギーを効率よく作るように切り替わり、同時に“次に備えて強くなる”方向に働き出すのです。

このとき活性化するのが、本連載でもたびたび登場しているミトコンドリア増加の司令塔「PGC-1α」です。

この遺伝子がONになると、ミトコンドリアの数が増え、酸化ストレスにも強くなることが知られています[5]。

そして興味深いことに、こうした「軽いストレスに鍛えられるしくみ」は、筋肉や心臓だけでなく免疫細胞の中にも備わっていることが分かってきました。

2021年のアメリカの研究では、マクロファージ(免疫細胞の一種)が細菌の成分に触れると、ミトコンドリアから少量の活性酸素が発生し、それが合図となって防御や修復に関わる遺伝子がONになることが示されました[6]。

この反応によって、マクロファージは“必要なだけ反応し、過剰には戦わない”モードへと切り替わり、体を守りながら炎症を抑えるようになります。

つまり、ミトホルミシスは、運動や食事などの刺激だけでなく、免疫の働きのなか中でもその力を発揮しているのです。

体のあらゆる場所で、ミトコンドリアが“ちょっとした刺激”を上手に読み取り、強くしなやかに細胞を整えている——それは、生命が長い進化の中で培ってきた知恵といえるでしょう。

 

ラドン浴の健康効果にも「ホルミシス」が隠れている

「ミトホルミシス」という言葉は、「ミトコンドリア」と「ホルミシス」という2つの言葉を組み合わせたものです。

ホルミシスとは、これまで見てきたように、本来は有害とされる刺激でも、ごく弱い範囲であれば体にとってプラスに働く現象のこと。

実は、銭湯や温泉で行われている「ラドン浴」も、同じような考え方に基づいています。

ラドン浴は、放射性元素ラジウムが自然に含まれる温泉(いわゆる「ラジウム温泉」)や、ラジウムの崩壊で生じるラドンガスを人工的に発生させて温浴や吸入に活用する施設で体験できるものです。

「放射性」と聞くと少し身構えてしまいますが、ラドン浴で扱われるのは極めて低い濃度。その“ほんのわずかな刺激”が、体のバランスを整える方向に働くと考えられています[7]。

実際に、ドイツや日本ではラドン浴の臨床試験が進められていて、2024年のドイツの研究では、関節や筋肉の痛みを持つ患者がラドン浴を受けると、通常の温泉よりも痛みやこわばりが和らいだという報告がありました[8]。

別の研究では、2025年に坂口志文博士がノーベル賞を受賞した「制御性T細胞(Treg)」がラドン浴によって増えるという結果も報告されています[9]。

これらはミトコンドリアが関わる“ミトホルミシス”とは別のメカニズムと考えられていますが、「小さな刺激が体を整える」という共通のテーマでつながっている点が興味深いところ。

銭湯でのんびりお湯につかるひとときも、そんな生命の知恵を感じる時間なのかもしれません。

 

まとめ:小さな刺激を、日常に取り入れよう

この連載では、運動、温浴、サウナ、水風呂など、いずれも“少しの負荷”が細胞や体に良い影響を与えるしくみを見てきました。

それらに共通するのは、ミトコンドリアがストレスを“危険”ではなく“きっかけ”として受け取り、エネルギーづくりや抗酸化力を整えることで体全体のバランスを取り戻しているということ。

言いかえれば、健康とは「刺激を避けること」ではなく、「うまく付き合う力」を育てることでもあるのです。

そんな小さな刺激を日常に取り入れる最も身近な方法の一つが、“お湯につかる”こと。

温かいお湯に包まれた瞬間、血流がめぐり、体がゆるみ、心が落ち着く——その裏側で、ミトコンドリアもまた静かに目を覚まし、エネルギーを整えてくれています。

私たちの「マイトルビンの湯」の取り組みも、その延長線上にあります。

研究の最前線と銭湯文化が出会うことで、温浴が“癒し”から“科学的なリカバリー”へと進化していく。それは、日本が大切にしてきた「湯の文化」が、次の時代の健康を支える形になるということかもしれません。

ぜひ、「マイトルビンの湯」でその体験を感じてみてください。最後までお読みいただき、ありがとうございました!

文:尾形よしのぶ (株式会社マイトジェニック)


文献

1. Tapia PC. “Mitohormesis” for health and vitality. Medical Hypotheses, 66, 2006.

2. Ristow M et al. Antioxidants prevent health-promoting effects of physical exercise in humans. Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America, 106, 2009.

3. Lapointe J et al. Reversal of the mitochondrial phenotype and slow development of oxidative biomarkers of aging in long-lived Mclk1+/- mice. Journal of Biological Chemistry, 284, 2009.

4. Gunawan AL et al. Mammalian mitohormesis: from mitochondrial stressors to organismal benefits. The EMBO Journal, 44, 2025.

5. Kyriazis ID et al. The impact of diet upon mitochondrial physiology. International Journal of Molecular Medicine, 50, 2022.

6. Timblin GA et al. Mitohormesis reprogrammes macrophage metabolism to enforce tolerance. Nature Metabolism, 3, 2021.

7. Luckey TD. Radiation Hormesis: The Good, the Bad, and the Ugly. Dose Response, 4, 2006.

8. Donaubauer AJ et al. Effects of serial radon spa therapy on pain and peripheral immune status in patients suffering from musculoskeletal disorders- results from a prospective, randomized, placebo-controlled trial. Frontiers in Immunology, 15, 2024.

9. Eckert D et al. Osteo-immunological impact of radon spa treatment: due to radon or spa alone? Results from the prospective, thermal bath placebo-controlled RAD-ON02 trial. Frontiers in Immunology, 14. 2024.


『アスリートの湯』は、2025年9月の「東京2025世界陸上」および11月の「東京2025デフリンピック」と連動し、国際舞台で活躍するアスリートへの敬意と、日々努力を重ねるすべての方へのエールを込めて開催される、4種の変わり湯による特別イベントです。東京都浴場組合に加盟する銭湯で実施されます。詳細は、こちらをご覧ください。

 

11月16日(日)は「アスリートの湯」第3弾として「マイトルビンの湯」を実施します。
実施日が異なる場合があるので、ご利用の銭湯にご確認ください。