2025/10/29

トピック

東京都浴場組合が今年9月から11月にかけて実施中の「アスリートの湯」では、日々努力を重ねるすべての人に、心身を整えるリカバリーの時間をお届けしています。

11月には「マイトルビンの湯」というまだあまり馴染みのない変わり湯が実施されます。

マイトルビンは、学習院大学が長年行ってきたミトコンドリア研究から生まれた植物由来の新成分です。そこでこの連載では、私たちの体とミトコンドリアの関係を、温浴・サウナに関連した研究も交えながら紹介し、パフォーマンス向上や日々の健康づくりにつながる知識をお伝えしたいと思います。

第2回では、運動不足や加齢で弱ってしまうミトコンドリアを背景に、温浴がどのようにその働きを支えるのか――最新の研究を手がかりに見ていきます。

※連載第1回の記事はこちら


動かない毎日がミトコンドリアを弱らせる

第1回では、運動によってミトコンドリアの「量」や「質」を高めるスイッチがONになる仕組みを紹介しました。では逆に、運動をしない生活が続くと、ミトコンドリアはどうなるのでしょうか。

答えはシンプルで、「弱ってしまう」です。

たとえば、長期にわたってベッドで安静にする生活を送った人の筋肉を調べた研究では、わずか60日間で筋肉中のミトコンドリアが小さく断片化し、その周囲には脂肪滴と呼ばれる脂質が蓄積していることがわかりました[1]。

ミトコンドリアはエネルギーを作り出す“発電所”なので、その結果、エネルギーを生み出す力は低下していました。適切な休養は回復のために必要ですが、習慣的に動かない毎日は、ミトコンドリアを着実に弱らせてしまうようです。

何気ない生活習慣がミトコンドリアを弱らせているかも

 

さらに高齢者では、たった10日間ベッドで安静にしただけでも、筋肉のエネルギー産生が低下することが報告されています [2]。

そのため、やむを得ず長期間安静にしなければならない状況でも、ベッドの上でできる範囲の軽い運動を取り入れることで、ミトコンドリアの衰えを防ぐ助けになるかもしれません。

ただし、入院中や自宅療養中に体を動かす際は、必ず医師や看護師に相談し、治療の妨げや体への負担にならないよう注意することが大切です。

 

加齢によるミトコンドリア低下が「宿命」ではない理由

ミトコンドリアの機能は、年齢とともに少しずつ低下することが広く知られています。しかし、必ずしもそれは「避けられない運命」ではありません。

実際、高齢者であっても定期的な運動習慣を続けることで、その低下をある程度は食い止められることが分かってきています[3]。

6ヵ月間のレジスタンス運動(いわゆる“筋トレ”)により、加齢で衰えた筋力やミトコンドリア関連の遺伝子パターンの“若返り”が観察されたという報告もあります [4]。

アスリートレベルでなくても、体はきっと応えてくれる

 

実は、こうした「加齢によって低下したミトコンドリア機能を改善する」取り組みは、近年では加齢性疾患の予防・治療アプローチとしても注目されています。

パーキンソン病やアルツハイマー病などの神経変性疾患、心不全、あるいはサルコペニア(加齢に伴う筋力低下)といった病態の背景に、ミトコンドリアの衰えが深く関わることが分かってきています。

そうした研究の広がりについては、また別の機会にご紹介したいと思います。

 

温浴でミトコンドリアは増える?——いま分かっていること・いないこと

さて、東京銭湯「WEB1010」の読者の皆さんは、「お風呂やサウナでもミトコンドリアは元気になるの?」——そう、お思いのことでしょう。運動したり、汗を流したりした後に浸かるお風呂の気持ちよさの裏で、一体ミトコンドリアはどうなっているのか?

実は、温浴とミトコンドリアの関係については、まだ決定打と言えるような研究がありません。

温浴とミトコンドリアの関係は、まだ“煮え切っていない”みたい

 

たとえば、短時間の激しい運動と休憩をくり返す高強度インターバルトレーニング(HIIT)のあとに、42℃のお湯へ30分間浸かる習慣を3週間続けても、ミトコンドリアの量や働きは、ぬるめのお湯に浸かった場合とほとんど変わらなかった、という報告があります[5]。

また、運動不足の若い男性を対象に、6週間にわたり「温熱療法」と「持久力トレーニング」の効果を比べた研究では、どちらも毛細血管にはっきりした変化が見られた一方で、ミトコンドリアが増えたのは持久力トレーニングだけでした[6]。

この研究は「温浴」そのものではなく、40℃の加熱室に40〜50分間入るという条件で行われたものですが、少なくとも現在の知見からは「温浴や温熱は血流の改善には効果があるが、ミトコンドリアを増やすかどうかははっきりしない」と言えるようです。

 

温浴で変わるのは、ミトコンドリアの「量」より「質」かもしれない

一方で、温浴や温熱がミトコンドリアに効く可能性を示すデータもあります。

マウスを使った研究では、持久力トレーニングに加えて42℃のお湯に入る習慣を8週間続けると、運動だけの場合と比べて、ミトコンドリアを増やす司令塔タンパク質「PGC-1α」の遺伝子発現が高まり、エネルギーをつくるためのミトコンドリア酵素の働きも活性化することが報告されています[7]。

ヒトでの研究でも、“局所的に温める”ことでミトコンドリアの働きが高まる例が報告されています。

たとえば、健康な若い男性の太ももに電磁波をあてて筋肉の深部を温める処置を数日間続けた研究では、ミトコンドリアの「量」は増えませんでしたが、エネルギーを生み出す「働き」の一部が向上していたと報告されています[8]。

また、少し変わった研究でいうと、瞑想や深呼吸、ヨガなどにより深いリラックス状態が誘導されると、遺伝子レベルでミトコンドリア関連の働きが向上させるとする報告もあります[9]。

気持ちがゆるむとき、ミトコンドリアもほっとしているかも

 

この研究は温浴によるリラクゼーション効果を見ているわけではありませんが、彼らは深いリラックス状態は、遺伝子レベルで細胞エネルギーの生産能力を高め、さらには“ミトコンドリアの回復力”を促進する可能性を示しています。

すると、温浴によるリラクゼーションにも、そのような効果が備わっているかもしれません。

 

〜次回予告〜

ここまで見てきたように、温浴は「それだけでミトコンドリアを鍛えられる手段」というよりも、「運動を支えるパートナー」として活用するのが現実的です。

運動によってONになったミトコンドリアのスイッチを、血流改善やリラックス効果とあわせてやさしく支えてくれる——そう考えると、温浴がもつ日常的な“リカバリー習慣”としての新しい役割が見えてきます。

次回は、銭湯のもう一つの醍醐味である「サウナ」とミトコンドリアの関係、さらに水風呂や交互浴といった「冷やす」習慣がもたらす変化についてご紹介します。

文:尾形よしのぶ (株式会社マイトジェニック)


文献

1. Eggelbusch MS et al. The impact of bed rest on human skeletal muscle metabolism, Cell Reports Medicine, 5, 2024.

2. Standley RA et al. Skeletal muscle energetics and mitochondrial function are impaired following 10 days of bed rest in older adults. The Journals of Gerontology Series A: Biological Sciences and Medical Sciences, 75, 2020.

3. Grevendonk L et al. Impact of aging and exercise on skeletal muscle mitochondrial capacity, energy metabolism, and physical function. Nature Communications, 12, 2021.

4. Melov S et al. Resistance exercise reverses aging in human skeletal muscle. PLOS ONE, 2, 2007.

5. Kjertakov M et al. No significant effects of supplementing high-intensity interval training with post-exercise hot water immersion on either temperate endurance performance or mitochondrial adaptations. Journal of Thermal Biology, 131, 2025.

6. Hesketh K et al. Passive heat therapy in sedentary humans increases skeletal muscle capillarization and eNOS content but not mitochondrial density or GLUT4 content. American Journal of Physiology – Heart and Circulatory Physiology, 317, 2019.

7. Tamura Y et al. Postexercise whole-body heat stress enhances endurance training-induced mitochondrial adaptations in mouse skeletal muscle. American Journal of Physiology – Regulatory, Integrative and Comparative Physiology, 307, 2014.

8. Marchant ED et al. Localized heat therapy improves mitochondrial function in human skeletal muscle. International Journal of Molecular Sciences, 23, 2022.

9. Bhasin MK et al. Relaxation response induces temporal transcriptome changes in energy metabolism, insulin secretion and inflammatory pathways. PLOS ONE, 8, 2013.


『アスリートの湯』は、2025年9月の「東京2025世界陸上」および11月の「東京2025デフリンピック」と連動し、国際舞台で活躍するアスリートへの敬意と、日々努力を重ねるすべての方へのエールを込めて開催される、4種の変わり湯による特別イベントです。東京都浴場組合に加盟する銭湯で実施されます。詳細は、こちらをご覧ください。

 

11月16日(日)は「アスリートの湯」第3弾として「マイトルビンの湯」を実施します。
実施日が異なる場合があるので、ご利用の銭湯にご確認ください。