2025/10/28

トピック

東京都浴場組合が今年9月から11月にかけて実施中の「アスリートの湯」では、日々努力を重ねるすべての人に、心身を整えるリカバリーの時間をお届けしています。

11月には「マイトルビンの湯」というまだあまり馴染みのない変わり湯が実施されます。

マイトルビンは、学習院大学が長年行ってきたミトコンドリア研究から生まれた植物由来の新成分です。そこでこの連載では、私たちの体とミトコンドリアの関係を、温浴・サウナに関連した研究も交えながら紹介し、パフォーマンス向上や日々の健康づくりにつながる知識をお伝えしたいと思います。

第1回では、運動がミトコンドリアのスイッチをONにする仕組みを見ていきましょう。


細胞内の小さな発電所「ミトコンドリア」とは?

朝の通勤で駅の階段を上ったとき、「あれ、前より脚が軽いかも」。買い物帰り、いつもと同じ荷物のはずなのに「重さを感じにくい」。そんな小さな変化の裏側で働いているのが、細胞内の“小さな発電所”——ミトコンドリアです。

私たちが体を動かすとき、細胞内のミトコンドリアがつくり出したエネルギー物質(ATP)が筋肉に作用し、その動きを支えています。そして近年の研究から、運動そのものがミトコンドリアの「量」や「質」を高めてくれることが分かってきました。

たとえば、約1ヵ月にわたって膝伸展トレーニングを習慣化した研究では、太ももの筋肉でミトコンドリアを増やす司令塔タンパク質「PGC-1α」の転写が約10倍に増えていることが観察されています[1]。

転写とは、私たちの細胞がタンパク質をつくりだすときの最初のステップです。さらに運動した直後の筋肉のミトコンドリアを見ると、運動習慣のない場合に比べてその転写が約40倍にも高まっていることも分かりました。

運動習慣でミトコンドリアのスイッチを“ON”に

 

その他にも、短時間で高い負荷をかける運動と休憩を交互に繰り返すトレーニングでは、一度のトレーニングでもそうしたミトコンドリアを増やすスイッチがONになることが確認されています[2]。

トレーニングの強度によっては、一度の運動でミトコンドリアのスイッチがONになる。そして一回一回の“点火”が、そのスイッチの反応をさらに強めてくれる。そんな仕組みが分かってきているのです。

 

運動習慣で、ミトコンドリアは「量」も「質」も向上する

運動習慣で高まるのは、ミトコンドリアの「量」だけではありません。運動は、私たちのミトコンドリアの「質」も高めてくれることが分かっています。

たとえばサイクリングによる持久力トレーニングを90〜120分、2週間で6回行った研究では、ミトコンドリアに存在するCOXという酵素の活性が高まり、酸素を使ってエネルギーを生む力が増えることが確認されました[3]。

さらに、数カ月間にわたる持久力トレーニングでは、クエン酸シンターゼ、複合体III、複合体Vといった複数のミトコンドリア酵素が活性化し、筋肉あたりの毛細血管も増加することが分かっています[4]。

大切なのは、あなたにあった運動習慣

 

一方で、30秒間の“全力ダッシュ”を数本繰り返すような短時間・高強度のトレーニングでも、わずか2週間でクエン酸シンターゼの活性が大きく上昇し、一定の負荷に耐えられる時間も約2倍になるなどの変化が観察されました[5]。

しかも、そうした運動は先ほどの90〜120分の持久力トレーニングと同程度にミトコンドリア酵素を活性化することも報告されています[3]。

つまり、長く続ける持久的な運動でも、短時間・高強度の運動でも、アプローチは違えど、細胞内の発電所であるミトコンドリアは「数」と「質」の両面でレベルアップしていくのです。

 

アスリートが教える到達点:“クリステ”を鍛える

毎日の生活に“ミトコンドリア活性化”を取り入れよう

 

ここで、「アスリートの湯」にちなんでもう一歩進んだ視点をご紹介します。

ミトコンドリアの中には「クリステ」と呼ばれる、膜が折りたたまった棚のような構造があります。この棚のような部分にエネルギー産生装置が並んでいて、その構造が密になるほど、たくさんのエネルギーを効率よく作り出せます。

高いパフォーマンスを誇るアスリートの筋肉では、このクリステ密度が高いことが報告されており、全身の持久力テストの成績とも強く関連することが分かっています[6]。

そして朗報なのは、クリステの改善はアスリートだけでなく、私たちの日常的な運動習慣でも少しずつ積み上げられる可能性があるということ。

日々の運動の継続が、細胞レベルでの“質的進化”を引き出してくれるのです。

 

〜次回予告〜

今回ご紹介したように、運動はミトコンドリアを強くする「点火スイッチ」として大切な役割を果たすことが分かりました。

一方で、日頃からどのようにミトコンドリアをケアをして、その状態を保っていくかも同じくらい重要です。そこで次回(第2回)では、運動不足や加齢で弱まりやすいミトコンドリアを支える“ミトコンドリア・リカバリー”の視点から、温浴がどのように役立つのかを見ていきます。

さらに第3回以降では、サウナや水風呂、交互浴といった温度変化がもたらす影響についてもご紹介する予定です。

文:尾形よしのぶ (株式会社マイトジェニック)


文献

1. Pilegaard H et al. Exercise induces transient transcriptional activation of the PGC-1α gene in human skeletal muscle. The Journal of Physiology, 546, 2003.

2. Little JP et al. An acute bout of high-intensity interval training increases the nuclear abundance of PGC-1α and activates mitochondrial biogenesis in human skeletal muscle. American Journal of Physiology – Regulatory, Integrative and Comparative Physiology, 300, 2011.

3. Gibala MJ et al. Short-term sprint interval versus traditional endurance training: similar initial adaptations in human skeletal muscle and exercise performance. The Journal of Physiology, 575, 2006.

4. Mueller SM et al. Effects of endurance training on skeletal muscle mitochondrial function in Huntington disease patients. Orphanet Journal of Rare Diseases, 12, 2017.

5. Burgomaster KA et al. Six sessions of sprint interval training increases muscle oxidative potential and cycle endurance capacity in humans. Journal of Applied Physiology, 98, 2005.

6. Nielsen J et al. Plasticity in mitochondrial cristae density allows metabolic capacity modulation in human skeletal muscle. The Journal of Physiology, 595, 2017.


▶『アスリートの湯』は、2025年9月の「東京2025世界陸上」および11月の「東京2025デフリンピック」と連動し、国際舞台で活躍するアスリートへの敬意と、日々努力を重ねるすべての方へのエールを込めて開催される、4種の変わり湯による特別イベントです。東京都浴場組合に加盟する銭湯で実施されます。詳細は、こちらをご覧ください。

 

11月16日(日)は「アスリートの湯」第3弾として「マイトルビンの湯」を実施します。
実施日が異なる場合があるので、ご利用の銭湯にご確認ください。