東京都浴場組合が今年9月から11月にかけて実施中の「アスリートの湯」では、日々努力を重ねるすべての人に、心身を整えるリカバリーの時間をお届けしています。
11月には「マイトルビンの湯」というまだあまり馴染みのない変わり湯が実施されます。
マイトルビンは、学習院大学が長年行ってきたミトコンドリア研究から生まれた植物由来の新成分です。そこでこの連載では、私たちの体とミトコンドリアの関係を、温浴・サウナに関連した研究も交えながら紹介し、パフォーマンス向上や日々の健康づくりにつながる知識をお伝えしたいと思います。
第3回では、サウナや水風呂といった温度変化に対する、ミトコンドリアの“しなやかな”対応力を見ていきましょう。
※連載第1回の記事はこちら
※連載第2回の記事はこちら
サウナ浴は、心臓病・アルツハイマー病を予防する
これまでの記事では、運動や温浴によって “細胞の中の小さな発電所” ミトコンドリアを元気にできる可能性をご紹介してきました。
では、銭湯のもうひとつの定番——サウナではどうでしょうか? たしかにサウナに入ると、軽い運動をしたときのように体温が上がり、心拍数も高くなります。
サウナ発祥の地、フィンランドで行われた大規模研究では、なんと、サウナに入る回数が多い人ほど心臓病や認知症、アルツハイマー病などの発症リスクが低くなることが分かっています[1][2]。これらの病気はいずれも、ミトコンドリアとの関連が盛んに研究されています。
もちろん、サウナは“運動の代わり”にはなりません
ということは……と思いきや、残念ながらサウナによって心臓・脳・筋肉などのミトコンドリアが実際に元気になっているかどうかは、まだ詳しく研究されていないようです。
一方で近年、ストレスフルな環境で働く人々を対象に、サウナの心臓や血管への効果を検証したユニークな論文も発表されています[3]。
この論文では、サウナによる熱ストレスが細胞内に軽いストレスを引き起こし、それがむしろ健康へとつながる「ホルミシス効果」の可能性を解説しています。
たとえば、軽い熱や酸化ストレスを受けた細胞が、ヒートショックタンパク質や抗酸化酵素を増やしてそのダメージに備えるようになることも、ホルミシスの一例です。
このホルミシス効果はミトコンドリアにも存在していて、「ミトホルミシス」と呼ばれています。近年のミトコンドリアへの注目により、サウナ浴におけるミトホルミシスの研究も、今後進むかもしれません。
水風呂で「ミトコンドリアのスイッチ」がONになる!?
実は、温めるだけではなく、水風呂のような「寒冷刺激」もまた、ミトコンドリアに刺激を与えることがよく知られています。
ある研究では、マウスに1日30〜60分間、8週間にわたって冷水浴を行ったところ、冷水浴を行ったグループの脚の筋肉で、本連載でおなじみの“ミトコンドリアの増加スイッチ”が遺伝子レベルでONになることが分かりました[4]。
人間でも、安静にしながら両脚を10分間アイシングすることで同じような効果が得られるばかりか、ランニング運動をしたあとにアイシングをすることで、運動×冷却のダブル効果が見られることも分かってきました[5]。
ミトコンドリアにはたくさんの“スイッチ”があるらしい
ミトコンドリアの活性化に関して言えば、「水風呂」はサウナ浴より一歩リード、というのが最新科学の答えのようです。
“冷えると燃える” 不思議な脂肪とミトコンドリア
実は、冷たい刺激でミトコンドリアが元気になるのは、筋肉だけではありません。
脂肪を燃やして熱をつくる「褐色脂肪細胞」という、ちょっと特別な脂肪細胞もその代表例として知られています[6]。
私たちのダイエットの敵である「白色脂肪細胞」がお腹まわりや皮下に多く見られる一方で、「褐色脂肪細胞」は、肩甲骨の間・腎臓のまわり・鎖骨の上のくぼみ・腋の下など、ごく限られた場所にしか存在しないとされています。
※ このような褐色脂肪細胞が集まった場所は「褐色脂肪組織(Brown Adipose Tissue)」と呼ばれ、英語の頭文字から「BAT(バット)」とも呼ばれます。
体が寒さを感じると、脳からの信号がこのBATに伝わり、そのミトコンドリアが「エネルギーをつくるモード」から「熱をつくるモード」に切り替わります。
このとき、“ミトコンドリアの増加スイッチ”もONになり、ミトコンドリアの働きを長く保つ仕組みも働くとされています。
一家に一台、ミトコンドリアヒーターはいかがですか?
さらに、BATは熱を出すだけでなく、血液中の脂質を減らしたり、白色脂肪の燃焼を助けたり、筋肉や心臓のはたらきを整えたりと、さまざまな役割を果たすことが報告されています[7]-[9]。
最近では、このBATが肥満や糖尿病の新たな治療ターゲットとしても注目されており、ミトコンドリアが関わるその働きのメカニズムにも、研究の注目が集まっています。
温めぎすぎも、冷やしすぎも要注意!
ちなみに、極端な熱刺激や寒冷刺激が、ミトコンドリアや体に悪影響を与える可能性には注意が必要です。
たとえば、高温のサウナで週2回、3か月にわたってサウナ浴を行った健康な男性では、精子のミトコンドリア機能が一時的に低下し、精子の数や運動性も減少していたと報告されています[10]。
サウナをやめれば回復するとしているものの、男性の皆さんは、下半身への過度な熱刺激には慎重になったほうがよいかもしれません。
冷却刺激についても、筋トレの側面から見ると、運動後の冷却は必ずしも最善策とは言えない可能性があります。
オーストラリアの研究グループによる論文では、運動後の冷水浴(約10℃)を長期間つづけたところ、筋肉量や筋力、さらにはトレーニング後の回復力が下がってしまうことが指摘されています[11]。
温熱刺激もまた、ミトコンドリアを活性化することを忘れずに
もしあなたが、日常的に激しい運動を行うスポーツ選手や、筋トレ愛好家だとしたら——運動やワークアウト後のアイシングや冷水シャワーは、筋肉の成長や回復度合いと相談しながら行ったほうがよいかもしれません。
まとめ:温度変化への“しなやかさ”を身につけよう
ミトコンドリアは、運動や温かいお風呂のような「温める刺激」はもちろん、その逆の「冷たい刺激」にも反応して働く、細胞の中のマルチプレイヤーです。
特に寒さの刺激は、筋肉ではエネルギーをつくる力を高め、褐色脂肪(BAT)ではその力を熱に変えるという、ユニークなしくみを後押しすることが分かってきました。
冬の朝、寒さで思わず肩をすくめてしまうその瞬間、寒さのなかでもたくましく働く筋肉のミトコンドリアや、肩甲骨の間、脇の下、鎖骨のくぼみに潜む“小さな働き者”——BATで活性化するミトコンドリアたちのことを、ふと思い出してみてください。
ミトコンドリアを大切にして、温度の変化に反応できる“しなやかさ”を保つことが、将来の健康を支える力になるかもしれません。
〜次回予告〜
さまざまな温度変化が、直接的あるいは間接的に、私たちのミトコンドリアの働きに影響を及ぼす可能性があることが、今回ご紹介した内容から見えてきました。
ミトコンドリアは老化や様々な病気と密接に関わることが知られているため、こうした刺激とミトコンドリアの関係について、今後の研究に大きな期待が寄せられています。
次回(第4回)は、今回の記事でも少しご紹介した、ミトコンドリアへの“マイルドなストレス”が、体にプラスの効果をもたらす「ミトホルミシス」について、科学的根拠に基づいて解説していきたいと思います。
文:尾形よしのぶ (株式会社マイトジェニック)
文献
1. Laukkanen T et al. Association between sauna bathing and fatal cardiovascular and all-cause mortality events. JAMA Internal Medicine, 175, 2015.
2. Laukkanen T et al. Sauna bathing is inversely associated with dementia and Alzheimer’s disease in middle-aged Finnish men. Age and Ageing, 46, 2017.
3. Henderson KN et al. The cardiometabolic health benefits of sauna exposure in individuals with high-stress occupations. A mechanistic review. International Journal of Environmental Research and Public Health, 18, 2021.
4. Chung N et al. The effects of exercise or/and cold exposure on mitochondrial biogenesis‑related gene expression in skeletal muscle and white adipose tissue. Journal of Exercise Nutrition & Biochemistry, 21, 2017
5. Joo CH et al. Passive and post-exercise cold water immersion augments PGC-1α and VEGF expression in human skeletal muscle. European Journal of Applied Physiology, 116, 2016.
6. Zhang X et al. Thermogenesis and Energy Metabolism in Brown Adipose Tissue in Animals Experiencing Cold Stress. International Journal of Molecular Sciences, 26, 2025.
7. Villarroya J et al. New insights into the secretory functions of brown adipose tissue. Journal of Endocrinology, 243, 2019.
8. Harms M & Seale P. Brown and beige fat: development, function and therapeutic potential. Nature Medicine, 19, 2013.
9. Bartelt A et al. Brown adipose tissue activity controls triglyceride clearance. Nature Medicine, 17, 2011.
10. Garolla A et al. Seminal and molecular evidence that sauna exposure affects human spermatogenesis. Human Reproduction, 28, 2013.
11. Roberts LA et al. Post-exercise cold water immersion attenuates acute anabolic signalling and long-term adaptations in muscle to strength training. The Journal of Physiology, 593, 2015.
『アスリートの湯』は、2025年9月の「東京2025世界陸上」および11月の「東京2025デフリンピック」と連動し、国際舞台で活躍するアスリートへの敬意と、日々努力を重ねるすべての方へのエールを込めて開催される、4種の変わり湯による特別イベントです。東京都浴場組合に加盟する銭湯で実施されます。詳細は、こちらをご覧ください。
11月16日(日)は「アスリートの湯」第3弾として「マイトルビンの湯」を実施します。
実施日が異なる場合があるので、ご利用の銭湯にご確認ください。








