前編では、2025年4月に「ギリシャ」をコンセプトとして劇的なリニューアルを遂げた、墨田区・薬師湯(やくしゆ)の新しい姿をお届けしました。
しかし、薬師湯の魅力は「見た目の美しさ」だけではありません。その真骨頂は、一度ハマると抜け出せない「唯一無二の企画力」にあります。
後編では、もはや銭湯の枠を超えた(!?)名物の「変わり湯」の舞台裏や、お風呂上がりの楽しみ、そして3代目店主・シューゾーさんの情熱の原点に迫ります。

 

毎日通いたい! エンタメ変わり湯

【それ、どんな湯? また入りたい変わり湯が続々】
薬師湯は毎日がワクワク。「熱まれどうぶつの湯」「オゆンピック」……、どれも実際に開催された変わり湯のネーミング。「ん? それ一体どんな変わり湯!?」と気になって仕方ないはず。

筆者が独断で薬師湯三大風呂を選ぶとしたら。まず1つ目はご近所の東京スカイツリーを彷彿とさせる幻想的な湯のグラデーションが美しい「タワー風呂」。2つ目はスパークリングワインを豪快にブレンドする「スパークリングワイン風呂」。3つ目はプロレスラーやレスリング技にインスパイアされた変わり湯が続く「セントープロレス」企画だ。

この「セントープロレス」について紹介しよう。期間中は、プロレスの豆知識やエッセイポスターが壁に貼られ、オリジナルグッズも販売される。

フロントから浴室までまるごとプロレス。今では有名レスラーも一緒に企画に関わるほどだ。「セントープロレス」はプロレス好きの常連・タケルギャラガーさんがお手伝い。他にも同じく常連・YOUSAYさんの連載エッセイと連動した「千夜十夜の湯」等も。

この他にも、夏休み期間中に「自ゆ~研究」と称し、小学生が考えた変わり湯を実現する試みも地域に愛される変わり湯となっている。この変わり湯のすごさ、言葉だけでは伝わらないと思うので、ぜひ来て体験してほしい。


セントープロレス 開催中には選手をイメージした入浴剤を発売

【最強風呂デュース集団・長沼ファミリー】
変わり湯を日々「風呂デュース」するシューゾーさん。年300日以上の変わり湯を計画している。大変そう……と心配になるが、長沼ファミリー自身が変わり湯を楽しんでいることをいつも感じる。それは「入浴剤追加タイム」。ファミリー自らアナウンスしながら、入浴剤を目の前で追加してくれる。大女将はよく「今日の香り、あなた好みかも!」とか「保湿効果が高いから、手に乗せてあげる!」などいろいろと話してくれる。また土日(女湯)は運が良ければ長沼家の「ちい女将」が一生懸命に入浴剤を追加してくれる。かわいいなぁ……と思っていたら男湯から「本日の入浴剤は~」とシューゾーさんの声! そしてお客さんのにぎやかな声も聞こえてきた。
そもそも温浴施設が営業中に入浴剤を足すのは1日2回、あっても3回程度だ。でも薬師湯は1日6回。しかも最終投下は深夜1時半。閉店ギリギリまで一切気を抜かない感じ……最強だ。

【サツマイモ風呂で知った「シューゾー博士」のこだわり】
かくいう筆者もシューゾーさんと共に「サツマイモ風呂」を企画させていただいた。私は「大学芋愛協会」を運営するほどサツマイモ好きで「サツマイモの湯につかりたい」とかねてから思っていた。そんな夢に真剣に向き合ってくださったのがシューゾー博士。そう、もはや研究者。

サツマイモ風呂の歴史は2020年に遡る。青梅市の大学芋専門店「芋菓匠おうめ大学芋本舗」さんから、大学芋製造時に廃棄する皮をいただき、実験が開始された。サツマイモの皮は湯にひたすだけでは香りがなく、テクスチャーも変わらなかった。そこでシューゾー博士はあきらめず次々と工夫を凝らす。一度皮を乾燥させてから湯に入れたり、皮をレンジでチンしてから乾燥させたり、皮を瓶で漬けてエキスも作った。そんな試行錯誤を経て、サツマイモ風呂は実現した。


サツマイモ風呂開催日。湯を仕込むシューゾーさん

初回は皮抽出のみだったが香りに満足せず、2回目は「さつまいもの香りオイル」「焼き芋の香り入浴剤」をミックス。そしてついに最強のサツマイモ風呂を求め「大学芋の香り入浴剤」を開発することになった。「大学芋の香り入浴剤」は博士御用達の入浴剤開発メーカーに依頼して実現。博士だけでなく、長沼ファミリーの皆さん、イラストレーター・メソポタミア文明先生も揃って試作品の香りを何度も嗅いだ。

イベント当日は、浴室内に大学芋のうんちくが貼られ、フロント前でおうめ大学芋本舗さんの大学芋などが販売される。「あ、またサツマイモのお風呂やるの?」「前食べておいしかったのよ~」と話す常連さんもいるほどだ。


さつまいも風呂の日はフロント前の装飾もにぎやか

湯上がりは買うも休むも楽し

変わり湯以外の魅力も、もちろん見逃せない。休憩スペースのそこかしこにブルーのモチーフとギリシャの景色が散りばめられている。


フロント前の休憩スペースもギリシャブルー。マッサージチェア等もある


ギリシャの景色もステンドグラス風の装い

また豊富な物販も見逃せない。私は薬師湯に来て、何も買わずに帰ったことがない。大袈裟ではなく、銭湯好きの友人たちも口々にそういう。
ジュース、お酒、駄菓子、アイスクリームなど飲食はもちろん、薬師湯オリジナルグッズ、メソポタミア文明先生のセイント☆セントーグッズ、サウナグッズも揃っている。筆者のお気に入りは「じゃばらジュース」「じゃばらポン酢」「黒ばら本舗ツバキオイル製品」(※品揃えは変更になる場合がある)。じゃばら関連商品は、大阪に旅行に行って「第二栄温泉」さんで入浴した際、じゃばら湯と共にご主人から紹介していただいたそう。「黒ばら本舗」は墨田区に本社がある企業というご縁だ。このように長沼ファミリーが目利きした商品が並んでいる。


何か買いたくなるフロント前。オリジナルグッズもある

創業・昭和28年からの進化

薬師湯は昭和28年に創業。新潟から上京した初代が、既に営業していた薬師湯を買い取ったことに始まる。後に長沼家は銭湯経営一族として大成功し、都内で銭湯を5軒経営するまでに。その功績は新潟の歴史資料にも記されていると聞いたことがある。現在も薬師湯の他、前編で述べた系列店3軒が長沼家による経営だ。


宮造りの佇まいだった頃の薬師湯

薬師湯は昭和63年まで宮造りの佇まいだったが、ビル銭湯にリニューアル。当時、小学校6年生だったシューゾーさんは、作文に「銭湯を継ぎたい」と書いたとか。「でも親のコメント欄に“銭湯は斜陽産業なので他をすすめる”と書いてあったんですよ」笑うシューゾーさん。それでもシェフなどの経歴を経て、かつての夢を叶えた。

継業後、シューゾーさんは銭湯業界の厳しさを感じながらも試行錯誤を重ねた。設備を新しくしなくても、お客様に楽しんでもらえる方策。そこで生み出したのが「百種の変わり湯」。初めてオリジナルで実施した変わり湯は「パンプキン湯」。かぼちゃの香り入浴剤とかぼちゃパウダーをブレンドし、装飾にミニかぼちゃも浮かべた。湯上がりのお客様たちが「またやってよ」「しっとりした」などと喜んで帰る様子で手ごたえを感じた。いつしか評判を聞き、銭湯が初体験のお客様、遠方からのお客様も増えた。もちろん常連さんも満足気。「いつ来ても飽きないよ」「毎日来るけど、いつも変わり湯にびっくりする」と笑いながら話してくれた。

ワクワクする銭湯は一日にしてならず。でもそのワクワクも、明るく声をかけてくれる長沼ファミリーがいてこそ。そう噛みしめながら、今日も薬師湯に出向く。

(写真・文:銭湯OLやすこ/奥野靖子


【DATA】
薬師湯(墨田区|とうきょうスカイツリー駅)
●住所:東京都墨田区向島3-46-10(銭湯マップはこちら
●TEL:03-3622-1545
●営業時間:15時30分~26時
●定休日:水曜(祝日の場合は要ホームページ確認)
●交通:東武伊勢崎線「とうきょうスカイツリー」駅下車、徒歩1分
●ホームページ:http://yakushiyu.com/
●X(旧Twitter):@yakushiyu1010


大女将とシューゾーさんを囲む常連さんたち。手前左はリニューアルをお手伝いされたYOUSAYさん


東京スカイツリー駅から「1分26秒(いいふろ)」! 湯上がりに見上げるスカイツリーも格別