三筋湯の撮影を終えてから某銭湯の裏にある自分の事務所に戻り、数時間前までの記憶をたどっている。撮影は11時から始まり、次々に現れる美しい光景に急かされるように撮影に没頭し、当初の約束の1時間を大幅に超えてしまった。晩秋の低い日差しが、ビルの谷間から光の束のように室内を輝かせ、清らかで暖かく包み込まれるような雰囲気が漂っていた。隅々まで整えられた空間には、経営者の心の清らかさが表れているようで、その場にいるだけでこちらも清々しい気持ちになった。
三筋湯は昭和25(1950)年に、ご主人の富沢孝男さんの父が創業した。
今から75年も前に建てられたとは思えないほど、当時の姿を維持しつつ、兄妹3人で力を合わせて営業を続けている。脱衣場に面した坪庭の池には、立派な錦鯉が悠々と泳ぎ、積み上げられた溶岩には樹木が根を張り、日本的な「寂び」の世界観が存在する。私は三筋湯の庭は東京の銭湯の文化の一部として、後世に残すべき価値があるほど素晴らしい庭だと思う。
孝男さんによると、庭の維持は容易ではなく、コインランドリーにすれば売り上げも期待できるのだが、父に言われた「庭は絶対に潰すな」を、遺言のように守っているという。
そして、非常に個性的な趣があるのが、男湯では庭の池で泳ぐ金魚をガラス越しに見ながら体を洗えるところである。50匹以上いるであろう、ちょっとした金魚の群れがこちらに視線を送ってくる。決して恥ずかしくはないが、向こうもこちらを物珍しく見ているのは間違いないだろう。
三筋湯の屋号は、「三筋」という地名から取られており、江戸時代に武家屋敷が立ち並び、南北に通る3本の通りを三筋と呼ばれていたことに由来する。現在では武家屋敷は残っていないが、今でも昭和を思い出すような建物が残る、どこか懐かしく、落ち着いた街並みに佇む三筋湯がとても愛おしく思える。
そのような思いを抱くのは私だけではなく、「きれいに撮ってあげてね」「こないだ閉まってたから、心配になって見に来たの」など、撮影中に何人もの通りすがりの人に声をかけられた。
最近の三筋湯は休業が増えている。それはご主人が体調を崩して掃除ができないからだという。ご主人は70歳を越え、足の状態があまり良くない。それでも閉店後には欠かさず4時間もかけて、兄妹3人で掃除をしている。きれいなお風呂に入ってもらいたいという、三筋湯に代々受け継がれてきたお客さんへの配慮だが、「お湯を沸かすだけなら簡単なんだけど、そうはいかない」と、やむを得ない場合は休業しているという。
兄妹3人で力を合わせ、親から引き継いだ銭湯を守り、自身の体の限界までお客さんのことを考えて開店の準備を整える。東京の中心部に70年以上前に建てられた銭湯で、地下水を沸かしたきれいなお風呂がいただけるだけでもありがたいことだと思う。
お風呂に入るという行為は、日本人にとっては当たり前のことで、日常の一部である。銭湯にはその日常の喜びを感じることができる魅力があり、その銭湯を懸命に守り続ける人たちがいる。
三筋湯ののれんは、いつもご主人が掲げている。もし、その姿を見かける機会があれば、ねぎらいの言葉を掛けてみてはいかがだろう。その言葉がご主人の活力となり、三筋湯がこの先も東京が誇る銭湯であり続けてくれることを願う。
【DATA】
三筋湯(台東区|蔵前駅)
●銭湯お遍路番号:台東区 37番
●住所:台東区三筋2-13-2 (銭湯マップはこちら)
●TEL:03-3851-2683
●営業時間:15時~22時
●定休日:月曜、火曜
●交通:都営浅草線「蔵前」駅下車、徒歩8分/都営大江戸線「新御徒町」駅下車、徒歩6分
今田耕太郎
1976年 北海道札幌市生まれ。建築写真カメラマン/写真家。
2014年4月よりフリーペーパー「1010」の表紙写真を担当。2015年4月からはHP「東京銭湯」のトップページ写真を手がける。
http://www.imadaphotoservice.com/
※今田耕太郎さんが15年にわたって撮り続けてきた銭湯の写真が1冊の写真集になりました。
写真集「東京銭湯 SENTO IN TOKYO」
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写真集『東京銭湯 SENTO IN TOKYO』
帝国湯(荒川区)
小平浴場(小平市)(※廃業)










