あづま浴泉は昭和43(1968)年の創業である。ご主人の濱野信行さんの祖父が同じ屋号の銭湯を草加で営んでおり、その2号店として信行さんの父・松一さんが江戸川区に開業したという。屋号は草加駅からさほど遠くない「あづま横丁」(現名称は「あずま通り」)に由来し、その草加の1号店は既に廃業している。現在都内に437軒の銭湯が存在する中でも、「あづま浴泉」はここだけである。

創業から半世紀近く、平成27年に亡くなるまであづま浴泉を支えていたのは、先代女将のふじ子さんだという。常連さんたちからの信頼も厚く、お客さん同士でトラブルが生じたときも江戸っ子らしい物言いでその場を丸く収める、特別な器量のある女将であったと今でも語り継がれている。

私が銭湯の撮影を始めて今年で19年。撮影したくてもできない銭湯がたくさんある中、このあづま浴泉のような個性的な銭湯があったことに驚きを隠せない。特に珍しいのが男女の浴室にまたがる壮大なタイル絵と昭和モダンともいえる和洋折衷の外観で、これまで知らなかったことが悔やまれるほどである。東京の銭湯を代表する唯一無二の銭湯であることは間違いない。

そのタイル絵は、先代のご主人が職人と共にタイルの産地である岐阜県多治見に足を運び、厳選したタイルを使用している。現在の状態を見ても56年前に作られたものとは思えないほどきれいで、人魚たちもそれぞれに表情があり、生き生きとしている。色鮮やかで細かい部分へのこだわりは、当時のタイル職人の技術の高さに加え、魂のこもった作品であることを感じさせる。また、脱衣場の出入り口上部のすりガラスに描かれた魚たちの絵や、男女の仕切り壁を彩る波模様のタイル絵との組み合わせにより、浴室にいながらまるで海の中にいるような錯覚を覚える。

男女の浴室の仕切り壁に上り、2つの浴室にまたがるタイル絵全体を眺めてみる。半世紀前にこの壮大で美しいタイル絵を作った職人も、きっとこの視点で眺めていたのだろうと思うと感慨深い。

私は銭湯の外観を撮影する場合、好んで日没前後を選んでいる。それは、その時間帯に潜むリアリティーや日常の光景を探しているからである。人々は桶を抱え、普段と変わらぬ足取りでその日の疲れを癒やしに銭湯を訪れる。素顔のままで帰って行く女性や、いつもの時間にいつもの場所で語らう常連たち。そんな人々の日常を写真に残すことが、その銭湯を写すことだと思っている。

今回も日没前後に外観を撮影していると、駐輪場の片隅で常連さん同士が語らっていた。互いの健康状態の話から、今の世の中への不満まで喜怒哀楽を分かち合う。しばらくしてバイクで帰る仲間を見送る姿には優しさがあふれており、それは私が垣間見た一例に過ぎないかもしれないが、銭湯らしいとてもいい風景に思えた。

女将さんは常連さんがしばらく顔を見せないと安否確認のために自宅を訪ねることもあるという。「いざというときにはお客さんに寄り添う」と話すその気遣いも、あづま浴泉を包む温かな雰囲気の醸成に一役かっていることだろう。

銭湯は心の通う付き合いを楽しめる場所でもある。そんな場所が銭湯以外に見当たるだろうか……。銭湯にはいつも感謝の気持ちでいっぱいである。
(写真家 今田耕太郎)


【DATA】
あづま浴泉(江戸川区|新小岩)
●銭湯お遍路番号:江戸川 15
●住所:江戸川区中央2-34-2(銭湯マップはこちら
●TEL:03-3654-0034
●営業時間:14~21時(20時半最終入店)
●定休日:水曜、第1・3木曜、第2土曜
●交通:総武線「新小岩」駅よりバス。「NTT江戸川」下車、徒歩3分
●ホームページ:https://www.oyunofuji1010.com/gallery/2067/


今田耕太郎

1976年 北海道札幌市生まれ。建築写真カメラマン/写真家。
2014年4月よりフリーペーパー「1010」の表紙写真を担当。2015年4月からはHP「東京銭湯」のトップページ写真を手がける。
http://www.imadaphotoservice.com/

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帝国湯(荒川区)

 

小平浴場(小平市)(※廃業)