残暑は厳しいながらも暦の上ではスポーツの秋。9月には世界陸上、11月にはデフリンピックという国際スポーツの祭典が東京にやってきます。そこで世界の注目を浴びるアスリートたちに敬意とエールを贈るべく、都内の銭湯では「アスリートの湯」を行うことになりました。第一弾は9月14日の「ローズ湯」、そして9月21日の「よもぎ湯」です(浴場により実施日が異なる場合があります)。
アスリートと銭湯といえば、10年ほど前ですが、「銭湯で元気⑧」で「銭湯の熱湯を利用して体を鍛え世界タイトルに挑戦することになったボクサー」と題し、木村悠さんを紹介したことがあります。木村さんは第37代日本ライトフライ級王者にして元WBC世界ライトフライ級王者。2016年に引退されましたが、銭湯とのかかわりを次のように語っています。
「プロボクサーの私の1日は、朝のロードワークから始まります。昼は会社員として勤務し、夕方からジムで厳しいトレーニングを積み重ねます。週の後半ともなると疲労が蓄積して疲れが取りきれない状態が続きます。どうしたものかと悩んでいたところ、アスリートの体調管理に詳しい神藤さんに出会い、銭湯の活用方法を教えていただきました。藁(わら)にもすがるような思いで、さっそく実践してみると、これまでどうやっても消えなかった体の奥にたまった疲れやハリが、見事になくなったのです。これは大変な驚きでした。お風呂の入り方だけでここまで変化があるのかと、正直、常識が一変したのです。まるで、ハードなトレーニングで傷んだ筋肉細胞が修復されているような感じを受けています。今では週に1〜2回のペースで銭湯を生活に取り入れています。」(神藤啓司著『銭湯養生訓』)
銭湯のリフレッシュ効果は後にヒート・ショック・プロテインに由来することが巷間伝えられ、ちょっとしたブームにもなりました。体には、細胞の損傷を防ぐタンパク質の一群、「ヒート・ショック・プロテイン70(HSP70)」を生み出す力が備わっているといわれます。熱めの風呂につかったり、温熱を当てたりすると熱の刺激で誘導されることから、この名がつきました。HSP70はストレスに立ち向かい、損傷を受けた細胞をストレスがかかる前の状態に修復、整備する働きを持っていることが分かったのです。
「銭湯で元気⑩」でも紹介しましたが、このHSP70は炭酸泉でも増加することが研究で分かりました。日本温泉気候物理医学会雑誌Vol70. No4に「炭酸温水浴におけるHSP70の変化」という研究論文が載っています。
「HSP70は、新たに合成されたポリペプチドの折れたたみ、タンパク質の輸送と品質管理、不要になったタンパク質の分解など、タンパク質の一生にわたり面倒をみつづけているストレスタンパクの一種であり、健康増進などに関連するものの一つとして注目されている。このタンパクは温熱刺激によって誘導されることが知られており、今回、炭酸温水浴と水道水浴を比較し興味ある結果が得られたので報告する。
対象は6名の健常成人 (平均年齢22.5±3.7, 男:女=3:3) に41℃高濃度炭酸温水と41℃水道水温水に10分間の全身浴を行い、温浴前と1日後のHSP70を比較した。24時間の測定の間は温浴などの対外刺激を禁止した。どちらが先になるかはランダムとし、3名ずつに分かれた。また、双方の温水浴は10日間間隔をあけて測定した。その結果、深部体温計での前胸部体温の上昇は水道水温浴1.0℃、 炭酸温水2.3℃であった。HSP70の変化は水道水温水が3.31→4.35 (AU/mg protein: p=0.08)、炭酸温水が3.42→5.04 (p<0.05) であり、水道水温水でも増加がみられるものの、炭酸温水で有意にHSP70の増加が認められた。このことは、炭酸温水の方がこの条件下では水道水温水より体温上昇がまさり、そのことがHSP70の誘導につながったと考えられた。」
https://www.jstage.jst.go.jp/article/onki1962/70/4/70_4_223/_pdf
銭湯入浴がアスリートにもたらすメリットは、ヒート・ショック・プロテイン以外にもありそうです。
1. 疲労回復・血行促進
温熱効果により血管が拡張し、血流が促されることで、筋肉に溜まった疲労物質の排出がスムーズに。回復が早まり、次のトレーニングへの準備にもつながります。
2. 柔軟性の向上とケガ予防
温かい湯が筋肉をゆるめ、関節の可動域を広げます。柔軟な身体は競技パフォーマンスにも直結し、トレーニング後の硬くなった筋肉をほぐしケガの予防にも。
3. 自律神経を整え、睡眠の質を高める
入浴による交感・副交感神経のスムーズな切り替えと、徐々に下がる深部体温により、入眠しやすく、深い眠りへと導きます。回復、集中力、持久力へも好循環をもたらします。
これらの効果に関する医学的な根拠は、このコラムでも取り上げてきましたが、気になるのは今回、アスリートの湯の企画に選ばれた「ローズ」と「よもぎ」です。どんな効果があるのでしょうか。
ローズといえば、だれでも思い浮かべるのが世界三大美女のクレオパトラも愛したバラの風呂。その芳香からストレス解消効果や疲労回復、不眠や頭痛の緩和などの効果があるといわれています。これらの効果は主に、ゲラニオール、シトロネロールなどの成分によるものといわれていますが、最近の研究ではβ-ダマスコンの効果に着目し、バラの香りは治療が困難な自己免疫疾患に対する新たな治療法の開発に貢献すると期待されています(東京理科大学の研究)。
https://www.tus.ac.jp/today/archive/20230217_1891.html
よもぎは、古くから日本の伝統ハーブとしていろいろな効果が語り継がれてきました。入浴剤としては、しみ、そばかす、肌荒れなどを予防して細胞の若返りを図り、すべすべと美しくうるおいのある肌作りに役立つとか、抜群の保温効果をもっている、などです。皮膚のかゆみ、湿疹、痔などに有効ともいわれます。養命酒製造株式会社のサイト「楽しむ・学ぶ」では「ヨモギに含まれるタンニン成分は、肌を引き締め、肌荒れを防止したり、湿疹やあせもなどの治りを早める効果でも知られています。(中略)乾燥させたヨモギの葉をお茶パックなどに入れて、浴槽に入れるだけ。収れん効果のあるタンニンや殺菌作用のある精油成分が肌を健やかにしてくれます」と説明されています。
https://www.yomeishu.co.jp/health/4159/#3
厳密な医学論文はあまり見受けられませんが、石川看護研究会の機関誌に6名の被験者で行われた実験結果が紹介されています。それによると「6例において単湯とヨモギ入浴の比較を目的にアンケート調査した結果、全例がヨモギ入浴の方が気持ちがいい・身体が暖まると答え、3例がよく眠れたと答えた。また、痒みが楽になったが3例、痛みが楽になったが1例、変わらないが2例だった」と報告されています。
https://www.kango-ji.com/journal/download/files/8-5.pdf
「アスリートの湯」は、伝統の銭湯文化と最新の健康知見を融合させた新しい試みです。スポーツの秋にふさわしい、心と体のリフレッシュを、街の銭湯で体験してみてはいかがでしょうか。
銭湯の検索はWEB版「東京銭湯マップ」でどうぞ




