(上写真)11月28日の世界タイトルマッチに向けて、東京都浴場組合の石田眞副理事長より激励を受ける木村悠選手(右)


医学の一般常識からは離れるのですが……

 東京の銭湯はお湯の温度が高すぎる、という指摘があります。ぬるいお湯の浴槽を併設している浴場はたくさんありますが、ぬるいといっても40℃から42℃。一般の浴槽は42℃以上が普通で、中には45℃を超える浴槽が常設されているところもあります。

 江戸っ子の熱湯好き、が東京銭湯の伝統の根拠となっていることは間違いありませんが、医学的には高温浴は危険であり、38〜40℃が「健康的な」入浴温度であるとされています。心臓に持病を持つ方や高齢者が安全に入浴生活を送る上で、確かにこの温度が適正であることはデータ的にも認められていることです。

 ただ、入浴にしても食生活にしても、医学的な常識が私たちの快感に必ずしも直結しないのは事実。43℃のお湯に慣れ親しんできた人にとって、体のためだから40℃のお風呂に入りなさいと言われても、それが心地よく楽しい入浴にならないことは容易に想像できます。

 この「安全入浴」の医学常識に逆らうわけではありませんが、熱い風呂に入るほうが傷ついた細胞の修復や免疫力の向上につながる、という異なる医学上の学説が近頃注目されるようになりました。

 その学説は「HSP入浴法」といいます。HSPとは「ヒート・ショック・プロテイン」の略で、「熱ショックたんぱく」とも言われます。

病気がちな低体温症から脱出する有力な方法

 簡単に言うと、熱めのお湯でしっかり体を温める方法。この入浴法を提唱するのは修文大学の伊藤要子教授です。

 熱いお湯に一定時間浸かることにより、ストレスで傷ついた細胞を修復し、元気にするたんぱく質がヒート・ショック・プロテイン。

「体は“ストレス”と感じるが、細胞が死ぬほどではないマイルドなストレスを与えることで、体内のHSPが増え、傷や病気が治りやすくなり、疲れにくい、カゼやインフルエンザにかかりにくい体になります。しかも低体温体質が改善するなどの健康増進作用があることがわかってきました」(伊藤教授)

 銭湯の熱い浴槽を加温装置として使えばHSPを増加させ、疲れにくい元気な体を維持することができる。伊藤教授によれば、「実際に加温装置を使った“マイルド加温療法”を、がん治療の化学療法などと併用する臨床研究が行われている」とのこと。

風呂ボクサーの世界チャンピオンが誕生か?

 このHSP入浴でアスリートとしての体づくりをし、アマチュア野球で活躍した神藤啓司さんが、その体験をまとめた本『銭湯養生訓』(草隆社・税別1400円)が刊行後2年を経て注目されるようになりました。その本で紹介されているプロボクサーの木村悠さんが11月28日、ついに世界チャンピオン戦に出場することになったからです。木村さんは自らを「風呂ボクサー」と称し、新宿のある銭湯で神藤さんのアドバイスを受けながら「入浴トレーニング」を重ね、その実力をめきめき伸ばしてついに頂上に昇りつめようとしている。これが同書が注目されるようになった理由でした。

 どんな入浴をすれば体がアスリート並みに鍛えられるのか、具体的な入浴法に興味のある方はぜひ『銭湯養生訓』をご覧いただくとして、木村選手にエールを送りつつ同書に収載されている銭湯への熱い思いを抜粋して紹介しましょう。

 

 アスリートは毎日のハードトレーニングで身体を酷使しています。そのため、日々のトレーニングの疲れを癒すのにお風呂は欠かせません。

 プロボクサーの私の1日は、朝のロードワークから始まります。昼は会社員として勤務し、夕方からジムで厳しいトレーニングを積み重ねます。週の後半ともなると疲労が蓄積して疲れが取りきれない状態が続きます。

 どうしたものかと悩んでいたところ、アスリートの体調管理に詳しい神藤さんに出会い、銭湯の活用方法を教えていただきました。藁(わら)にもすがるような思いで、さっそく実践してみると、これまでどうやっても消えなかった体の奥にたまった疲れやハリが、見事になくなったのです。これは大変な驚きでした。

 お風呂の入り方だけでここまで変化があるのかと、正直、常識が一変したのです。まるで、ハードなトレーニングで傷んだ筋肉細胞が修復されているような感じを受けています。今では週に1〜2回のペースで銭湯を生活に取り入れています。

 風呂に入るというよりは、風呂の中でトレーニングしているのに近い感覚。私はフロトレと呼んでいます。効能としては、体の疲労が取れるのはもちろんですが、精神的にもリラックスし、深い熟睡が得られるようになりました。

 また、体のハリや詰まりが取れるのに加えて、汗もたくさんかきますから、体内の循環が高まり代謝が上がって一番大変な減量効果も感じているのです。体の特性に合わせた、正しく効果的な入浴法でここまで変わるものかと、銭湯の奥深さに感心しています。今まで、こんなにこと細かに入浴法を教えてもらったことがなかったので、その理論にも驚いています。きっと、他のプロスポーツ選手も知りたいのではないでしょうか。(『銭湯養生訓』より)

 HSP入浴法は、実は若返りや美容の効果も高いと言われます。そのお話は後日改めてご紹介しましょう。

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『銭湯養生訓』(草隆社)

(「銭湯で元気!」は毎月第2金曜日に更新します)