JR中央線「阿佐ケ谷」駅から北東に歩いて5分ほどの場所にある、玉の湯さん。駅前のロータリーからやや細めの路地を入り、「おいしそうなたこ焼き屋さんだなあ」「えっ、阿佐ヶ谷青汁スタンド? 気になるなあ」「おいしそうな和菓子屋さんだなあ。どら焼きが有名なのかあ」「あっ、不動産屋さんだ! この辺りの家賃っていくらくらいなんだろ」ときょろきょろしながら商店街をそぞろ歩いているうちに、いつの間にか住宅街に入り込み、阿佐ヶ谷弁天社という地元の人に大切にされている感じの神社の横を抜けると、玉の湯さんが見えてきます。お店の入り口前にすっくと立つ一本の大きな木と、石造りの立派な門柱が並んでいるのが目印です。
入り口の自動ドアが開いた先には正面にロビーがあり、左手にフロント、右手に男湯、フロントの奥に女湯入り口があります。脱衣場も、その先にある浴室も天井が高く、昔ながらの銭湯ならではの開放感を思う存分に味わえるつくりです。
フロントにて、優しい表情で出迎えてくださった店主の末岩尚人さんは三代目。紺色のエプロンがお似合いの、「街の古書店のご主人」「ジャズ喫茶のマスター」と言われてもしっくりくる、文化的な香りのする出で立ちです。
玉の湯さんの創業年は不明ですが、確認できる最古の記録は昭和7(1932)年。今から92年前! その時の所有者は別の方だったそうです。2018年辺りから二代目のご主人の体調が思わしくなくなり、土日のみの臨時営業を続けていたそうですが、当時サラリーマンだった尚人さんが跡を継ぐことを決め、三代目としてお店を経営するようになったのが2019年。元々銭湯を継ごうとは思っていなかったそうで、始めた当初はサラリーマン時代の生活サイクルと全く違う銭湯経営者の一日の流れに戸惑ったり、全部一人でこなさなければならない状況に孤独を感じたりした、と教えてくださいました。
穏やかな笑顔の影にたくさんの苦労があったことがしのばれるご主人に、「玉の湯をどんな銭湯にしていきたいですか」と聞いてみたところ、「今の時代はインターネットで情報が得られるので、銭湯好きな人は自ら情報を集めていろんな銭湯を訪ねられますよね。それで一度はご来店くださると思うのですが、その一度きりの来店で終わらせずに、“あ、あのお風呂屋さん良かったから、また行ってみようかな”と思ってもらえるような店づくりを心がけています」とのこと。
リピーターを増やすためにどんな努力をされているかうかがってみると、「お風呂の設備とかハード面よりも、どちらかというとお店の空気をよくしていきたい」とのこと。具体的には、どんなお客様も気持ちよく入浴できるように、例えばマナー違反のお客様にお声掛けして理解を求めるのはもちろんのこと、ご来店のお客様にお声掛けして来やすい雰囲気を作ったりして、全ての方が安心して入浴できるお店づくりを心掛けているそうです。
「玉の湯さんのアピールポイントはなんでしょう?」とお聞きすると「そうですねえ。特にサウナに特化しているわけでもないですし、模索中ではありますが……」と謙遜しつつ教えてくださった点は、まず湯温を浴槽によってはっきり分けていること。メインの浴槽とその横の薬湯で設定温度を変えていて、薬湯はゆっくり楽しんでいただけるよう、40℃以下のぬるめにしているそうです。また、薬湯は日替わりですが、毎日ご主人がその日の気温や天気を見ながら季節感のあるチョイスをしているそうです。例えば底冷えのする日には温まれるように「にごり湯」にしたり、真夏日は汗がひくようにクール系の入浴剤を使用したり、その日にぴったりの薬湯が楽しめます。
また、水風呂も玉の湯さんのこだわりポイントでチラー(水を冷やす機械)はなく、井戸水のかけ流しにしているとのことで、ぜいたくな気分が味わえます。個人的には、水風呂、薬湯共に壁で仕切られていて、おこもり感が味わえて落ち着いて入浴を楽しめるつくりになっているなあと思いました。
ご主人のお話で印象的だったのが、カランから出るお湯の話。「シンプルな良さがあると思うんですよね」というお話を深掘りしてみると「現代の銭湯は技術が進化して、ボタン式のシャワーや混合水栓など、いろんなものが便利になっていますが、お湯とお水の昔ながらのカランが並んでいて、その二つを自分の両手で加減しながら、桶の中で好みの熱さのお湯を作る。そのシンプルさが好きです」とおっしゃっていて、良いお話だなあと思いました。
以前、玉の湯さんの浴槽でお湯につかっていた時に、他のお客さんの会話が聞こえてきて、今も覚えていることがあります。会話自体は「冷えますね」「こんな日の銭湯は気持ちいいですね」というなんてことないものだったのですが、楽しそうに会話を交わしていたのがご年配のご婦人と20代そこそこくらいの若い女性だったことです。年代の近い常連さん同士で会話が弾んでいるのはよく見かけますが、世代が離れたお客さん同士で気軽に会話を楽しむ光景はあまり見かけたことがなく、世代を越えた一体感を演出しているのは、先述の「全ての人が安心して入浴を楽しめるお店づくり」をご主人が心掛けているからなのかもしれないなあ、なんて思ったりしました。
玉の湯さんでは「パパママ銭湯」というイベントもあります。お子さんと一緒に気兼ねなく大きいお風呂を楽しんでもらえる時間を毎月第3日曜日の12:00〜14:00(13:00までに入浴)に実施しているそうです。小さなお子さんの銭湯デビューにぴったりですね。毎月参加されているリピーターの方もいらっしゃるそうです。もちろん、通常営業の時もおむつが取れていればお子さんと入浴はできますが、「ちょっと心配」というパパママがお近くにお住まいでしたら、一度試しに行ってみるのはありかもしれません!
どんなお客様もあたたかい笑顔で迎えてくれるご主人の人柄がそのままお店になったようなあたたかい空気の流れる玉の湯さんで、ほっと一息つく時間を楽しめますように。
(写真・文:銭湯ライター 山口安代)
【DATA】
玉の湯(杉並区|阿佐ケ谷駅)
●銭湯お遍路番号:杉並区 20番
●住所:杉並区阿佐谷北1-13-7(銭湯マップはこちら)
●TEL:03-3338-7860
●営業時間:15~25時
●定休日:月曜・火曜
●交通:中央線「阿佐ケ谷」駅下車、徒歩5分
●ホームページ:https://suginami1010.com/tamanoyu/
●X(旧Twitter):@tama_asagaya
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