「オクノさん、ボク最近、第三玉の湯に通っているんです」
ある日、職場の先輩にこう話しかけられた。
「奇麗だし、サウナもいい感じで、露天風呂と、ジェットと、えーっと……」と、指折る先輩。
「“第三”っていうのだから、“第一”と“第二”はどこにあるのかな?」

その謎を解決しないまま月日が経ってしまった。先輩、ごめんなさい。そう思いながら、神楽坂を上る。東京メトロ神楽坂駅から歩けば5分と便利だが、私はJR飯田橋駅から10分ほどかけて坂を上るのが好きだ。お気に入りの甘味処もラーメン屋もなくなり、街並みも結構変わったけど、坂を上りきったら第三玉の湯があるという安心感は変わらないから。坂を上り切り、交差点を右に進むと電照看板が見えてきた。


入り口は奥まっているが、ポップな電照看板があるので見つけやすい

浴室に入ると……真っ白な壁、高い天井、田中みずき絵師によるペンキ絵。なんとも美しくすがすがしい景色が広がる。この景色だけでも大満足だが、第三玉の湯の設備は贅を極める。先輩が指折り数えきれなかったのも当然だ。


男湯の景色

まずジェット風呂のスイッチをON。強烈な水流の洗礼を浴びる。そう、これこれ。毎回「ぜい肉が吹き飛ぶぅ……」と思いながら、隣の電気風呂へ移動する。リズミカルな電気によるマッサージがジェットでほぐれた体を程よく包む。ジェットと電気風呂は最強のペアリングだ。


強烈な勢いのジェットバス

そして刺激を浴びた後は、高濃度炭酸泉。ぬるめの温度に身を沈めるうち、あっと言う間に肌に炭酸泉の泡がつく。さすが高濃度。プツプツ。フツフツ。そしてその肌をサァーーーっと撫でると、フワァーーッと細かい気泡が浮き上がる。炭酸泉の醍醐味はこの瞬間だと思っている。

それにしても、この浴槽の内側の小さなタイルが美しい。ジワッとにじんだような、でも鮮やかな発色のタイルが繊細に組み合わさっている。ハイスペックな設備も、こうしたアートに支えられて、より輝く。なんともニクイ演出だ。このタイルにずっと囲まれていたかったけど、心待ちにしていた露天風呂に移動した。


炭酸泉の浴槽。浴槽一面に施されたタイルに炭酸粒が映える

露天風呂には磨かれた石が張り合わされた浴槽。そして青空。ちょっと頭を空っぽにして、少し熱めのお湯とそよ風を感じることにする。
「リニューアルするなら“露天風呂”は絶対作った方がいい、って周りの銭湯経営者からアドバイスを受けたんですよ」
店主・末岩道明さんはそう言っていた。確かに大都会の歴史ある街・神楽坂に、こんなぜいたくな空間があるなんて。そう思っているうちにすっかり体は温まった。よし、サウナに行く準備も万端だ。


大都会の露天風呂(女湯)。青空も見える

サウナ室は……明るい。壁を覆うクリーム色のレンガのせいだろうか。小さな窓がついて浴室が見えるせいだろうか。ともすると暗くてジメっとしがちなサウナのイメージを覆す、清潔で洗練された空間だ。温度も熱すぎないちょうどいい設定(男湯85℃・女湯80℃)で、奥行きがある座面はくつろぎやすい。サウナにはあまり詳しくない私だが、サウナーの先輩が足しげく通うのもわかる。早くもタラタラと汗が出てきた。


広々としたサウナは、小窓の光も入って明るい


サウナストーンが発する熱気が部屋を満たす

汗を流して水風呂へ。床から段差がついていて、上る度に期待感が増し、向こう側の「ペンキ絵」が実によく眺められる。もちろん浴室に入った瞬間から目に入っていたけど、ここでしっかり目線を合わせて向き合える。田中みずき絵師によるペンキ絵は、まぶしく白い壁に映え、ふわりと乗った色合いがやさしい。包み込むような筆づかいだ。

特に女湯は、能登の機具岩(はたごいわ)の景色が素晴らしい。末岩家のルーツが石川県ということでお願いして描いてもらったそうだ。しめ綱で繋がる2つの岩は、通称夫婦岩と呼ばれる。でも私には親子のようにも見えたので、人それぞれに思い描くイメージがあってもいいかも。この景色を拝むために神楽坂を上ってきたような気さえしてきた。程よく冷えた水風呂でシャキッとし、満ち足りた気持ちで浴室をあとにした。


女湯。少し高い位置にある水風呂からペンキ絵を望む


近くから眺めるペンキ絵。男湯の富士山も少し見える


男湯には富士山のペンキ絵

脱衣場の一画にはパウダールームがあり、ドライヤーで髪を乾かしたり、スキンケアも落ち着いてできる。このような空間を利用して初めて、普段は脱衣場のすき間を見つけてはスキンケアをしていた事実に気づく。快適だなぁ……。ゆっくりと化粧水を肌に浸透させた。


落ち着いて髪を乾かしたりスキンケアができる女湯のパウダールーム


脱衣場から見上げる格天井は和柄も美しく、湯上がりに最高の景色

末岩さんに聞くと、リニューアル時のモットーは「明るく」と「お子さまでも来やすいように」だったそうだ。確かにそうだった。お子さまにやさしい空間は、大人にだってやさしいのだ。

湯上がりにフロント前で乳飲料を買おうと、タッチパネルの券売機へ。実は入浴券だけでなく、飲料やシャンプー等まで購入できる。しかも翻訳機能付き。海外からの観光客の多い街の銭湯としての気概を感じた。


英語でも表示されるタッチパネル式。入浴料以外のドリンク等も購入できる

あ、いけない! 例の屋号の質問をしなくては。
「阿佐ヶ谷にある玉の湯が祖父の店で、うちはそこから暖簾分けでできた3軒目でした。今は、阿佐ヶ谷とウチだけになりました」

末岩さんが笑って教えてくれた。そっか、神楽坂以外にも姉妹店があったのか。行ってみたかったな。そう思っていたら、近くの中華料理屋「伊太八」さんからいい匂いが漂ってきた。坂を下るのはもうちょっと後にしよう。


第三玉の湯から徒歩1分の中華料理「伊太八」で、伊太八ラーメンと餃子。絶品!

(写真・文:銭湯OLやすこ/奥野靖子


【DATA】
第三玉の湯 (新宿区|牛込神楽坂駅)
●銭湯お遍路番号:新宿区32番
●住所:新宿区白銀町1−4(銭湯マップはこちら
●TEL:03-3260-9326
●営業時間:15時~25時半
●定休日:水曜
●交通:都営大江戸線「牛込神楽坂」駅/東京メトロ東西線「神楽坂」駅下車、徒歩5分、
JR「飯田橋」駅下車、徒歩10分
●ホームページ:http://1010yuge-g.jp/


ご主人の末岩さん


屋号が入ったオリジナルの桶