前回の「銭湯で元気!(91)」では、昨年行われた全国公衆浴場組合連合会の実験結果(温冷交代浴の効果をサウナ浴と浴槽入浴で比較)を報告しました。そして、サウナ浴の「ととのう」が医学的には「出浴後2~3分間程度感じられる強いリラックス感」ではないか、と指摘しました。温冷交代浴については、これまで様々な研究論文が発表され、通常の温浴よりも心身の疲労回復などに効果があることを裏付けています。

冊子「浴槽浴とサウナ浴 温冷交代浴の効果には違いがあった」(PDF)

 

中にはちょっと変わった研究もあります。たとえば、温冷交代浴をシャワーでやったらどうか? という実験。通常の浴槽浴によって得られる効果がシャワー浴では十分には得られない、という通説があります。このコラムでも2016年5月に「眠りの満足度」をテーマに浴槽浴とシャワー浴の差を紹介しました(銭湯元気!(14)「湯船につかる」「シャワーだけ」 これだけ違う眠りの満足度)。今回紹介する実験は、これまでの通説に挑戦するようなものです。

「交代浴は運動後の疲労回復手段として利用されているが、温浴・冷浴の2つの浴槽を必要とし、実施に手間がかかるなどの問題点がある」というのがこの実験を企画した理由でした。ただ、「通常のハンドシャワーでは同時に全身に湯水を当てることができない」ということで、全身シャワー装置(下図)というのをわざわざ作って実験を行ったのです。実験に参加したのは陸上競技部に所属する男子大学生8名。ジョギングや60メートル走3本、300メートル走3本などの運動で疲労した体に、この全身シャワーを当てたのです(温水3分、冷水1分を4回繰り返す=計16分)。全身シャワーの温水の温度は当たる部位によって異なりますが、38~42℃とされています(冷水は16℃程度)。この効果を比較するため、全身シャワー装置を用いた16分の温水浴と、40℃で10分程度のハンドシャワー浴)も行いました。

全身シャワー装置(Panasonic Technical Journal第66巻1号より)

 

結果は次の通り。
・温水浴では非常にのぼせ感が高かったが、交代浴ではほとんどのぼせ感がなかった
・交代浴が温水浴に比べてリラックス感、リフレッシュ感が高く、脚が軽くなって疲労回復感も有意に高かった
・交代浴では入浴直後に大腿筋の緊張が温水浴より緩和、60分後にはハンドシャワー浴より緩和し、交代浴が柔軟性を早く回復させる効果が明らかになった

以上のことから、「全身シャワー装置を使用した交代浴が、運動・トレーニング後の疲労回復手段として有効であると考えられる」と結論付けています。この実験レポートは2020年5月にPanasonic Technical Journal第66巻1号に掲載されたもので、末尾に「従来の交代浴との効果の比較については本検証では言及できず」と記述されています。仮説を実証するのも覆すのも実験が根拠ですから、研究者の不満足感がうかがわれますが、同じ被験者で浴槽を使った交代浴と比較したら一体どんな結果が出ていたかと考えると、確かに残念です。しかも、実験に使われた「全身シャワー装置」はまだ商品化されていないようで、果敢な研究ながら物足りないのは否めません。論文の詳細は下記を参照してください。

「全身シャワーを用いた温冷交代浴が疲労回復に及ぼす影響」(PDF)

 

シャワーも浴槽も液体(お湯と水)に触れる温冷交代浴ですが、気体(温風と冷風)を使った温冷交代浴の効果を調べた実験もあります。2020年10月、自動車技術会秋季学術講演会で発表された「温冷交代浴効果を利用したドライバ肉体疲労軽減手法の開発」という実験調査です。座ったまま長時間自動車を運転していると、筋肉の凝りや張りや痛みといった症状が現れますが、もしも車内で使える肉体疲労軽減法があれば、ドライバーの運転環境の向上が図れるのではないか、ということに着目してこの実験は企画されました。企画のベースは、疲労感の軽減効果が実証されている温冷交代浴をまねて、温冷刺激を車内で人体に与える(「温冷サイクル」と命名)、というもの。

車のシートから温風と冷風を交互に噴出してドライバーの体に当てる、というものですが、温度条件を次のように設定しました。
① 温刺激と冷刺激の温度は、温度変化をできるだけ大きくして効果を高めるため、痛覚による不快感が生じない上限(42℃)と下限(15℃)の温度に設定する
② 温刺激と冷刺激の繰り返し時間は、疲労軽減効果が最大となる条件に設定する(先行研究を基に温刺激5分、冷刺激1.5分とした)

まずはこの条件で、40代の男性3名により、シートから温風と冷風が交互に噴き出す装置を設置した実験室のドライビングシュミレータ実験が行われました(60分間)。疲労の評価は主観で、肩、背中、腰の疲労感を0(感じない)、1(やや感じる)、2(少し感じる)、3(感じる)、4(かなり感じる)、5(我慢できない)とし、部位別に被験者に口頭で回答してもらいました。結果は次の通り。
① 温冷サイクルを使用しない場合の60分後の疲労感の平均値は3.1
② 温刺激の連続では60分後の疲労感の平均値は2.0
③ 温冷サイクルを使用した60分後の疲労感の平均値は1.4

この結果を基に、次に実車実験が行われました。被験者は長時間運転の経験がある30~50代の男性7名です。実験は1周約1キロの教習所の周回コースで、走行速度は時速60キロ。まず30分の運転練習、60分の休憩、その後90分の連続運転という内容の実験です。実験結果の疲労評価は実験室で行った場合と同様の主観評価でしたが、結果は次の通りでした。
① 温冷サイクルなし:肩1.1、背中1.9、腰2.0
② 温冷サイクルあり:肩0.4、背中0.6、腰1.0
3つの部位の平均値については、温冷サイクルありとなしで有意差が認められたとしています。

実車実験においては、血流量、筋硬度の客観的な指標によっても疲労の計測が行われました。以下がその結果です。(単位はml/min/100g)
① 温冷サイクルなし:全被験者の筋硬度が増加、皮膚血流は肩7.3、腰6.3
② 温冷サイクルあり:全被験者の筋硬度が低下、皮膚血流は肩11.6、腰8.3
筋硬化では温冷サイクルありとなしで有意差が認められました(血流量では肩のみ有意差ありとの判定)。これらの結果数値から、「温冷サイクルを連続して使用することにより、筋肉の疲労感を軽減する効果があった」「客観的指標の評価から、温冷サイクルは筋肉の緊張緩和、および血流促進に効果があった」「刺激部位の血流を増加させることで疲労軽減効果が得られた」と結論付けました。

「温冷交代浴効果を利用したドライバ肉体疲労軽減手法の開発」(PDF)

 

この結論がさらに発展し、仕事効率が高まるオフィスの温冷交代空調、学力が向上する教室の温冷交代空調のようなものが開発されたら素晴らしいでしょうね。銭湯など温浴施設での研究から始まった温冷交代浴の研究は、様々にアレンジされて続いています。今後の新しい研究成果が楽しみです。


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