「デジタルデトックス」という言葉、最近よく目にしますよね。スマートフォンやSNSから少し距離を置いて、心身をリフレッシュしよう——そういう考え方です。でも、「なぜそれが必要なのか」という理由については、あまり語られていないように思います。そのヒントが、脳科学の研究から見えてきています。
かつて、ぼーっとする時間は日常のなかにあった
少し前のことを思い返してみてください。スマートフォンが普及する前、私たちの毎日には自然と「何もしない時間」がありました。 電車のホームで、ぼんやりと線路を眺める。カフェで友人を待ちながら、窓の外をなんとなく見ている。寝る前に布団のなかで、とりとめのないことを考えながらウトウトする。 特別なことは何もしていない。ただ、時間が流れている。 でも今、そういう隙間はほとんどスマートフォンで埋まっています。通知を確認して、タイムラインをスクロールして、テキストや動画を延々と見続ける。「何もしない時間」そのものが、日常からほぼ消えてしまいました。
「何もしていない脳」は、実は忙しい
脳科学の世界では、「何もしない時間」には実は大切な意味があると考えられています。 2001年、神経科学者のマーカス・レイクルらが、脳の研究のなかで興味深い現象を報告しました。被験者が課題に集中しているときよりも、ぼんやりと何もしていないときのほうが、特定の脳領域が活発に動いていたのです。 この現象は「デフォルトモードネットワーク(DMN)」と名付けられました。脳が「アイドリング状態」に入ったとき、とても忙しく活動しているというわけです。
DMNが担うとされる、4つの働き
では、DMNはどんなことをしているのでしょうか。研究から示唆されている主な機能を整理すると、おおよそ4つにまとめられます。
① 記憶の整理・定着
その日に得た情報や体験を長期記憶として再編成する処理が、DMN活性化中に進むと考えられています。「勉強のあとにあえてぼーっとする時間を設けると記憶の定着率が上がる」という研究報告は、この仕組みと関連していると見られています。
② 創造的な思考
一見バラバラな記憶や知識を結びつけ、新しいアイデアの土台をつくることにDMNが関わっているとされています。「お風呂に入っていたら、ふとアイデアが浮かんだ」という体験は、脳科学的に見ても不思議ではありません。
③ 自己洞察
自分の感情や価値観、過去の行動を振り返り、整理する作業にDMNが関与していると考えられています。心理的な安定感や、いわゆる「自分軸」の形成とも関わりが深いとする研究者もいます。
④ 未来のシミュレーション
過去の記憶をもとに、まだ起きていない状況を頭のなかで試してみる——そうした働きにもDMNが関わっているとされています。「ぼんやりしていたら、なんとなく答えが出てきた」という感覚は、この機能と関係しているのかもしれません。
DMNをめぐる、2つの視点
DMNの状態については、専門家の知見をもとにすると、現代人が陥りやすいパターンとして大きく2つが考えられます。
「DMNの過活動」を問題視する立場。多くの情報に取り囲まれた現代では、何もしていないつもりでも脳は無意識にごちゃごちゃと考え続けている。休もうとしているのに、脳がオーバーヒートしたまま止まれない状態です。この立場では、ひとつのことに「集中する」ことが解決策として挙げられます。脳にはDMNと、物事に集中するときに使う別の回路があり、どちらか一方しか働かない構造になっているため、集中することで自然とDMNの暴走が収まる、という考え方です。
もうひとつは、スマホの使いすぎによってDMNが「活性化する暇さえなくなっている」という問題の指摘。脳は本来、ボーっとしている時間に無意識レベルで記憶の整理や問題解決を行っています。その時間が慢性的に不足すると、脳疲労が蓄積し、悩みの解消もうまくいかなくなる。この立場では、スマホを置いて積極的にボーっとする時間をつくることが推奨されます。
どちらのパターンが自分に当てはまるかは、人によって、あるいは同じ人でも日によって異なります。そしてそれを自分で正確に把握することは難しい。であれば、どちらの状態であっても自然に対処できる環境に身を置くことが、もっとも現実的なアプローチといえるかもしれません。
銭湯・サウナが果たす役割
そして銭湯やサウナは、その両方の状態に対して働きかけることができる、数少ない環境のひとつです。
サウナ室の極度の熱さは、余計なことを考える余裕を奪います。過酷な温熱環境に身を置くことで脳は自然と「今この感覚」に集中せざるを得なくなり、DMNの過活動が静まっていきます。そしてサウナを出たあとの休憩時間——静かで、刺激が少なく、ただぼんやりとととのっていく時間——に、本来のDMNが静かに動き始めます。記憶の整理、ひらめき、感情の落ち着き。「なんとなく頭がすっきりした」という感覚の正体は、ここにあるのかもしれません。
さらに、脱衣場でスマートフォンをロッカーに預ける瞬間も見逃せません。認知科学では、環境や行動の変化が脳の状態を切り替えるトリガーになることが知られています。服を脱ぎ、湯船にそっと入る——その一連の動きそのものが、「仕事モードを終わらせる合図」として機能しているのかもしれません。意志の力に頼らず、行為が状態を変えてくれる。サウナがなくても、銭湯に足を運ぶだけで脳を切り替えるきっかけになると言えるでしょう。
「デジタルデトックス」の本質は何か
「デジタルデトックス」という言葉の中身を問うとしたら、「DMNを適切な状態に整える時間と環境」がその本質のひとつと言えるかもしれません。過活動を鎮めるにせよ、不足分を補うにせよ、銭湯・サウナはどちらの脳にとっても、やさしい着地点になってくれる場所です。週に何度か、湯船やサウナでぼんやり過ごす時間を、意識的につくってみてはいかがでしょうか。


