日本人にとって銭湯や温泉は、昔から「体を休める場所」であり「気分を整える時間」でした。ところが近年、世界の研究者たちは、この“お湯につかる”という何気ない行為に、健康を底上げする大きな力があるのではないかと注目し始めています。2025年に発表された「Comparison of thermoregulatory, cardiovascular, and immune responses to different passive heat therapy modalities(異なる受動的温熱療法における体温調節、循環、免疫の比較)」という研究論文は、その裏付けともいえる興味深いデータを示しました。この論文はオレゴン州ユージーン校・人間生理学教室の研究グループ(責任者ジェシカ・K・アテンシオ氏)の教授から大学院生までのメンバーが共同で実験と解析を行ったものです。今回はその研究をわかりやすく紹介しながら、あらためて銭湯の温浴の魅力を考えてみたいと思います。

この研究の特徴は、代表的な3種類の温熱刺激を、同じ被験者で直接比較した点にあります。その3種類の温熱刺激とは――

1. 胸骨の高さまでつかる浴槽浴
  40.5℃のお湯に胸まで45分つかる
2. 伝統的な乾式サウナ浴
  80℃のサウナに10分×3セット
3. 遠赤外線サウナ浴
  45〜65℃で45分加熱する方式

この実験には20名の健康な男女(平均年齢24歳)が参加し、1週間以上あけて3種類の入浴を順番に体験するという、たいへん厳密なクロスオーバー方式がとられました。さらにそれぞれの入浴の前後で次の項目を詳細に測定しています。

• 深部体温:5分ごと
• 心拍出量(心臓が送り出す血液量)
• IL-6(インターロイキン6)などの免疫マーカー
• NK細胞・CD8+T細胞などの免疫細胞
• 測定タイミング:入浴前/入浴直後/出浴24時間後/出浴48時間後

浴槽浴は胸骨までではなく、肩までつかるべきではないか、いくらなんでも40.5℃の湯で45分間の浴槽浴は長過ぎないか、などの疑問は残りますが、それはさておき、ここまで丁寧に比較した研究は世界的にも多くないのではないでしょうか。

多くの人は「一番体温が上がるのはサウナだろう」と思うかもしれません。しかし結果は意外なものでした。最も体を“内側から温めた”のは、サウナではなく「浴槽浴」だったのです。深部体温の上昇は次の通りでした。

• 浴槽浴:+1.1℃
• 乾式サウナ浴:+0.4℃
• 遠赤外線サウナ浴:ほぼ変化なし

浴槽浴が圧倒的に体の“中”まで温めていることが分かります。皮膚だけでなく内臓・血流まで一緒に温まるのは、熱伝導率が高い水に全身が包まれるためです。「銭湯のお湯はじっくり効く」という実感に、科学的根拠が加わったわけです。肩までつかる調査方法ではなかったのが返す返すも悔やまれますが。


浴槽浴は圧倒的に体の“中”まで温める(写真:中野・天神湯)

 

続いて心臓が送り出す血液量(心拍出量)を見てみましょう。体が温まると血管が広がり、血流が増えますが、この点でも浴槽浴が最も明確な効果を示しました。心拍出量の増加量は次の通りです。

 • 浴槽浴:+3.7 L/分
 • 乾式サウナ浴:+2.3 L/分
 • 遠赤外線サウナ浴:+1.6 L/分

血流アップは、冷え改善、回復促進、代謝アップ、血管の柔軟化など、多くの健康メリットにつながります。「お風呂で温まる」という行為が、軽い運動に近いほどの刺激を生むと言えるでしょう。

 

さらに重要なのは、免疫システムの変化です。3つの入浴法のうち、免疫の活性化がはっきり見られたのはなんと「浴槽浴」だけ。免疫マーカー・免疫細胞の変化は次の通りでした。

● IL-6(免疫を動かすサイトカイン)
 • 浴槽浴:上昇
 • 乾式サウナ浴ナ:変化なし
 • 遠赤外線サウナ浴:変化なし

IL-6は多彩な生理作用を持つサイトカインと呼ばれる物質の一種で、免疫反応や炎症反応の調節で重要な役割を果たしています。サイトカインとは、さまざまな刺激によって免疫細胞などから産生されるたんぱく質で、主に体に侵入した細菌やウイルスなどの異物を排除するための役割を担っています。炎症性物質として知られていますが、運動時には筋肉からいいIL-6が出て、代謝や免疫調整に働きます。浴槽浴は、この“運動時に近いサイン”を体に送っていたといえるのです。

● NK細胞(自然免疫)
 • 浴槽浴のみ:24時間後に増加
● CD8+T細胞(獲得免疫)
 • 浴槽浴のみ:24時間後、および48時間後に増加

つまり、「入浴後も24〜48時間続く免疫活性」が確認されたということです。この結果から、日常的に入浴を続けることで体調の“底上げ”が期待できると言えるかもしれません。

研究論文に接し、「お風呂は気持ちよいだけではなく、体がしっかりと反応する健康行動である」ことが分かりました。今まで以上にお風呂のありがたみも増す、と言っていいでしょう。湯船につかるだけで、体が本気の“元気モード”に入るのです。もちろんサウナにも気分の改善や循環の刺激など多くのよさがありますが、全身の総合的な生体反応という視点では、浴槽浴がリードしていることが証明されました。


浴槽にしっかりつかって免疫を活性化(写真:江戸川・鶴の湯)

 

日本には家庭の入浴文化に加え、気軽に通える銭湯という“公共の浴場”があります。湯船にしっかりつかり、体を温め、血流・代謝・免疫のスイッチを入れることは、「気持ち良い」を超えて科学的にも健康効果が期待できる行為です。運動不足やストレス、冷えや自律神経の乱れが増える現代だからこそ、「お湯につかる」というシンプルな習慣が体を根本から整えてくれます。銭湯でゆっくり温まり、気分を落ち着け、体をやわらかくし、少し元気になって帰る──それは古くて新しい、そして科学に裏付けられた健康法なのです。


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