入浴は、昔から日本の生活文化の中心にある営みです。お湯に浸かって体を温める気持ちよさは、誰もが日常の中で感じてきたものでしょう。ところが近年、この「温まる」という行為を医学的に調べる研究が世界的に増えています。日本では浴槽入浴の研究が多い一方、欧米では“サウナ”を使った温熱刺激の研究が盛んに行われています。その一つが、2023 年に発表されたフィンランド式サウナを用いた臨床研究です。入浴文化は違っても、温まることが体にどう作用するのかを知るうえで、とても参考になる内容でした。
この研究を行ったのは、カナダ・モントリオール心臓研究所(Montreal Heart Institute)と提携する研究チームです。研究方法は、医療分野で最も信頼性の高いとされる「ランダム化比較試験」。参加者を無作為に2つのグループに分け、それぞれ異なる条件で過ごしてもらい、結果を比較する方法です。今回の対象は、冠動脈疾患という心臓の病気をもつ成人 41名(平均年齢 62 歳)。心臓に持病がある方でも、温熱刺激を安全に続けられるのか、その可能性を探ることが目的でした。
参加者は「サウナ入浴群」と「通常生活群」に分けられ、サウナ入浴群の人たちは 8 週間にわたり週 4 回、フィンランド式サウナに入る生活を続けました。サウナ室の環境は、温度約 79〜80 ℃・湿度 10〜15%。1回の入浴は 20〜30 分ほどで、無理をしない範囲で座って温まるというものです。いわば“温熱リハビリ”のようなイメージで、研究チームは実験前後に次のような指標を詳しく測定しました。
• 血管内皮機能(血管がどれだけ広がりやすいかの指標)
• 動脈硬化の指標である脈波伝播速度(PWV)
• 血圧と心拍数
• 深部体温
• 発汗の程度
こうした測定は高度な医療研究施設でしか行えないもので、「熱」という刺激が循環器にどのような変化をもたらすのかを知るための重要なデータになります。
では、結果はどうだったのでしょうか。まずはっきりと示されたのは、「継続的な温熱刺激によって体が熱に慣れていく」という点です。研究期間の後半になると、
• 休息時の深部体温が平均で 0.27℃低下した
• 発汗が早く・効率よく起こるようになった
といった変化が確認されました。深部体温の 0.27℃低下は、医学的には「軽度の熱順化が起きたことを示す典型的な変化」と評価されます。深部体温が少し下がって安定するというのは、体温調節の働きが効率的になり、暑さや温熱刺激への“省エネモード”に近づいた状態です。これにより、循環器への負担が軽くなる可能性があることが示唆されます。銭湯のお湯に浸かったとき、最初は熱く感じても数分で心地よくなる――あの感覚も、身体が温度に適応する仕組みの一つです。
一方で、「血管が若返るのか」「血圧が下がるのか」といった期待に関しては、この研究では統計的に明確な改善は見られませんでした。ただし、心臓に持病を抱える人が 8 週間も定期的に温熱刺激を続けても、特段の健康上の問題は生じなかったという点は、医学的には大きな意味があります。安全性が確認されたということは、今後の研究やリハビリの可能性を広げる重要な結果といえます。
https://journals.physiology.org/doi/full/10.1152/japplphysiol.00322.2023?utm_source=chatgpt.com
では、こうした海外のサウナ研究は、日本の銭湯文化にどう生かせるのでしょうか。大切なのは、「温熱刺激は、適度なら気持ちよく、強すぎると負担になる」というシンプルな原則です。銭湯の浴槽入浴はサウナほど高温ではありませんが、
• 深部体温が上がる
• 血流が増える
• 心拍がほんの少し上がる
といった生理反応はサウナと共通しています。この適度な刺激が、入浴後の爽快感やリラックス感につながっています。ただし、高齢の方や持病のある方では、体が受ける刺激が強くなりすぎることもあります。浴槽から出た直後のふらつきや、脱衣場での立ちくらみは誰にでも起こり得るもの。研究チームも、温熱刺激を安全に行うには、無理のない温度管理が重要だと示しています。
もう一つのポイントは、「続けると体がうまく対応するようになる」という点です。研究で確認された「熱順化」と同じように、銭湯での湯船入浴でも、継続すれば穏やかな体の慣れが起こります。「久しぶりに熱い湯に入るとしんどいのに、続けると気持ちよく入れるようになる」という経験をお持ちの方も多いでしょう。銭湯でこれを安全に生かすには、
• 自分に合った湯温を選ぶ
• 無理に長湯をしない
• 湯上がり後はすぐ動かず、数十秒ほど座って休む
• 脱水を避けるため、入浴の前後にこまめに水分をとる
といった基本が大切です。
世界中で研究が進むほどに、私たちが当たり前だと思っていた“銭湯の良さ”が、科学的にも価値を持ってきています。今日もどうぞ、安全に、無理なく、気持ちよく。銭湯でゆったり温まってください。
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