
「最近、歩くのが遅くなった気がする」「つまずきやすくなった」──そんな不安を覚える方はいませんか? 加齢とともに体力やバランス感覚が低下し、歩行能力に変化が出てくるのは自然なことです。しかし毎日の暮らしの中で、ある習慣を続けることによって、こうした衰えを解消できるかもしれません。
その習慣とは「お風呂に入ること」。中でも、湯船にしっかりつかることは、私たちの健康にとってさまざまな良い影響をもたらすことが、近年の研究で明らかになってきています。私たちはお風呂に入ると気持ちがリラックスして体も軽くなると感じますが、入浴が心地良さをもたらすだけでなく、「歩く力」にも良い影響を与える可能性があることが分かってきたのです。今回は、株式会社バスクリンと東京都市大学が共同で行った研究をもとに、入浴の頻度と歩行能力の関係についてご紹介しましょう。
この研究は、「入浴の頻度および体温上昇と健康との関連」という論文にまとめられて、2024年9月に発表されました。研究の目的は、日本人にとって習慣となっている入浴が、健康にどのように影響するかを明らかにすることでした。特に、「入浴頻度」と「入浴による体温上昇」が健康状態にどのような効果をもたらすかを調べ、その結果から、より健康的な入浴の方法を提案することが狙いです。
対象となったのは、40歳以上の健康な男女54人です。参加者は自分で記入するアンケートを通じて、年齢や性別のほか、1週間の入浴回数、湯の温度、入浴時間、体がどこまで深く湯につかっているか、などの情報を提供しました。この情報をもとに、早坂信哉教授らの研究者が既に発表されている計算式を使って、入浴によってどれくらい体温が上昇しているかを推定しました。そして、「週当たりの累積体温変化」(入浴による体温の上昇が週あたりでどれだけ積み重なっているか)を算出し、男女別に平均値で2群に分け、高値群と低値群で心身の健康状態を比較したのです。
健康状態の評価には、参加者の健康感や気分、生活の質(QOL)、歩行状態(歩幅や歩くときの足の角度)、さらには脳の働きや血液検査の結果まで多岐にわたる指標が使われました。その結果、毎日入浴しているグループは、そうでない人に比べて健康感が高く、歩行状態の結果において有意に良好で、さらに血液中の脂質値も低く、全体的に健康状態が良好であることが分かりました。
特に注目すべきは、入浴頻度と「歩幅」との関係。研究では、入浴頻度が週7回以上のグループは、週7回未満のグループと比較して、左足の歩幅が平均で約5.2cm広いことが示されました。また週7回以上のグループは、週7回未満のグループと比較して右足の後上がり角度が3.8度、左足の後上がり角度が4.8度高いことが分かりました。歩幅が広いことは、筋力や柔軟性、バランス感覚が維持されているからだと推測されます。また、歩幅が広い人は転倒リスクが少なく、健康寿命が長い傾向が期待できそうです。
ではなぜ入浴が「歩く力」を高めるのでしょうか。その鍵は、入浴によって体が深部から温まり、血流が促進される、すなわち入浴の医学的効果である「温熱作用」にあります。血流が良くなることで筋肉や関節に十分な酸素や栄養が届きやすくなり、日常の動作がスムーズに行えるようになります。また、全身の循環が良くなることで、新陳代謝が促進され、疲労回復にもつながります。さらに、お湯の中では体が軽くなるため、普段よりも関節に負担をかけずにストレッチをしたり、軽い動きをすることができます(浮力作用)。
こうした効果は、自宅のお風呂でも得られますが、銭湯に通うということにはさらに別のメリットもあります。それは、単なる身体的な効果だけでなく、心理的・社会的な効果も得られるということ。広々とした浴槽にゆったりとつかり、温かい湯に包まれることで気分がリフレッシュされ、ストレスが軽減されるという効果があるのです。加えて、銭湯は地域の人々が集う「社交の場」としての役割も担っています。他の利用者とのちょっとした会話や挨拶が、社会的なつながりを感じさせ、外出の動機付けにもなります。
特に高齢者にとっては、日常的な移動そのものが運動になります。銭湯までの道のりを歩くことで、有酸素運動の時間が確保されるのです。これまでの研究でも、銭湯に通う習慣がある人は、移動や歩行に対する自信が高く、外出頻度も多いという傾向が示されています。これは、銭湯入浴の習慣が歩行訓練にもなっており、しかもそれが歩行能力を向上させる好循環を生み出しているということです。
有酸素運動も兼ねて、銭湯での入浴に出かけてみては
将来的には、定期的な入浴習慣を地域ぐるみで支援する仕組みの構築も期待されます。例えば、健康づくりの一環として地域の銭湯を活用した「入浴×歩行プログラム」や、高齢者の健康寿命延伸を目的とした自治体との連携などが考えられます。医療費の削減や介護予防にも寄与する可能性があり、社会全体での健康づくりの取り組みに発展することが期待されます。
日常の習慣である入浴が、実は歩く力や心身の健康に大きく関わっている──そんな視点から、お風呂の時間を見直してみるのもいいかもしれません。今日もお風呂で、そして銭湯で、元気をチャージしてみませんか。
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