平成5(1993)年に創刊した銭湯PR誌『1010』のバックナンバーから当時の人気記事を紹介します。
「オヤジさんの本を読みたくてK町からやってきたんだけど、1冊分けてもらえますか」
と見慣れない70がらみのダンナが見えた。
「アタシの本を? そりゃそりゃあ。お貸しもしているんで、ゆっくり読んで返してもらえばいいですよ」
「そう、貸してもらえるの? それは有り難い。じゃ名前を書いていきますから」
となりメモに名前と住所、それに生年月日までご記入された。ホウ、几帳面な方だ。
この人、名前を書きながら問わず語りに話し出した。
「あたしね、S園で老人介護のボランティアをやってんのよ。あそこに入っている人達はほとんど末期ガンなんですね。介護していても切ないですよ」
ウーン、高齢者の介護かあ。S園といえば老人施設と聞いているが、この方も先ほどの生年月日によれば昭和6年生まれとなっていたな。とすれば今年78歳だ。同世代の病床にある人を献身的に介護する――。ちょいとマネができねえなあ。立派だねえ。
そういえば当湯のお客さんにも介護あるいはヘルパーをやってる方が結構いますなあ。思いつくままにちょいと書いてみようかな。
まずは60半ばの男性。定年になって年金生活でやることもなく、毎日ブラブラしていてもしょうがない、少しは世の中のためになることをやってみたいと還暦過ぎて一念発起? 介護の資格を取得して在宅介護とやらを始めたんですな。週に2度ほど入浴に見えるんだけど、アタシャ聞いてみたんだ。
「在宅介護って、どんなことをやるの?」
「病院へ行く時や出かける時に付き添って送り迎えをすることが主なんだけど、いろんな年寄りがいるんだねえ。やっと歩く程度の人や、俺ぐらいの年の人もいるんだよね」
「やっと歩く程度ってじゃ在宅介護だからオシメを替えたりメシを作ってあげたりもするの?」
「オシメにメシ? あのねえ、お手伝いさんじゃないんだからね」
そうだろうなあ。無知なオレは在宅介護っていうからオシメにメシに布団を敷いたり、一緒に寝て子守歌を歌ってやったりするのかとね、オイオイ……。
続いては週2回程、年配のおばあさんのお供をしてお見えになる、やはり60近いおばちゃんがいる。
「一緒に見える人はお宅の身内の人なの?」
「いえ、全然他人なんだけど、おばあちゃんが入院していた時、あたしが介護についてたの。それでおばあちゃんが退院しても、わざわざあたしのところへやってきて、これからも面倒をみてくれないかっていうんです。あたしもちょうど病院をやめて仕事をしてないからそのまま付いてあげてんの」
「おばあちゃんは幾つですかな」
「93歳だけど耳も目もしっかりしてるの。女子大の英文科を出ていて、今でも英語の本を開いているんだから」
ホウ、スゴイおばあちゃんだ。そういえば本が好きだと見えて、アタシの本も必ず購入してくれますなあ。
そういや介護やヘルバー以外にも江戸東京博物館でガイドのボランティアをやってる70歳の男性もいますな。歳をとっても、まだまだいろんな形で社会貢献をしている人が多いんですなあ。
ハア? そういう風呂屋のオヤジは何かやってんのかですって?
アタシはねえ、毎日フロントに座ってボケーッとゼニを頂いているだけだなあ。ホントは何かやってみたいんだけど、何せこちとらがもう介護を受けたいようなじいさんになっちまったからなあ――。
【著者プロフィール】
星野 剛(ほしの つよし)
昭和9(1934)年渋谷区氷川町の「鯉の湯」に生まれる。昭和18(1943)年戦火を逃れ新潟へ疎開。昭和25(1950)年に上京し台東区竹町の「松の湯」で修業。昭和27(1952)年、父親と現在の墨田区業平で「さくら湯」を開業。平成24(2012)年逝去。著書に『風呂屋のオヤジの番台日記』『湯屋番五十年 銭湯その世界』『風呂屋のオヤジの日々往来』がある。
【DATA】さくら湯(墨田区|押上駅)
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2009年10月発行/100号に掲載
■銭湯経営者の著作はこちら
「東京銭湯 三國志」笠原五夫
「絵でみるニッポン銭湯文化」笠原五夫
「風呂屋のオヤジの番台日記」星野 剛
「湯屋番五十年 銭湯その世界」星野 剛(絶版)
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