平成5(1993)年に創刊した銭湯PR誌『1010』のバックナンバーから当時の人気記事を紹介します。
男湯から2歳ぐらいの男の子のギャアギャアという声が響いてくる。それとともに70半ばのジイちゃんの叱るような声も聞こえてくる。先ほど入った小学校3年ぐらいの男の子にグズっている幼児とおじいちゃんの3人連れである。
ジイちゃんが幼児のオムツを替えようとしてんだが、子供は言うことを聞かない。あまりにうるさいので脱衣場へ出向いた。オムツにはべっとりウンチがついている。ジイちゃん悪戦苦闘だ。
「風呂場で洗ってやんなさいよ」
ジイちゃん「しょうがないなあ」とうるさい幼児を抱えて浴室へ入った。
このジイちゃん、久しぶりに見えたんだが、アタシャこの人にはあまりいいイメージがないんだ。以前見えた時に上の男の子がシャワーを出しっぱなしにして騒いでいたんで、そばにいた中年の男性がちょいと叱ったところ、その男性に食ってかかったんだな。
「子供がちょっと騒いだからって文句を言うな!」ということなんだが、注意した男性だって逆に怒られたんでは間尺(ましゃく)に合わない。アタシャ、ジイちゃんの怒り声に脱衣場へ飛んでいったんだ。事情を聞いてその場を収めたんだが、それにしてもいくら孫がかわいいったって盲愛では子供がよくなりっこないやね。 少しは躾も考えなよ、という経緯(いきさつ)があったんだ。
さて話を戻そう。先刻の3人が小一時間の入浴で上がってきた。しかしここでもチビがまたキャンキャンとやっている。合間にジイちゃんが叱る大きな声も聞こえてくる。またまたウルサイ。そこでアタシもまたまた出向いたよ。ジイちゃんがオムツを取り替えようとしてんだがチビは一向に言うことを聞かない。椅子の上に寝そべり足をバタバタだ。ジイちゃん、よっぽど軽く見られてんだ。そこでアタシが一喝だ。
「コラッ、おじいちゃんの言うことを聞かないとオモチャも貸してやんないぞッ! アメもあげないからなっ!」
アタシは普段でも甘ったれた子供をよく叱るんだ。といっても怒鳴りつけるわけじゃないが、子供は他人の、それも風呂屋の人間に言われたとなればなんとなく静かになるんだ。子供心にも怒られる相手の色合い? は分かんだよな。
このチビも知らないおじさんに怒られたってことが分かったんだろう。急に静かになっちゃった。アタシャ、ジイちゃんに言ってみた。
「うちじゃお母さんたちは怒らないんだね」
「ウン、家にばっかりいるから知らない人だと固くなっちゃうようなんだね」
ジイちゃん、他人のアタシの一喝にもこの前のように目くじら立てることもなく、むしろホッとした感じさえ見せたよ。
「オジイちゃんは一緒に住んでんじゃないんだね?」
「そうタマに遊びに来るんだけど、わがままで困っちゃうんだ」
「うちン中にばっかりいるとそうなっちゃうよね。こういう人の多い場所へ来ると子供もしっかりしてくるけどね」
「そうなんだねえ」
ジイちゃん、今日は前と違って神妙? じゃないか。
「さッ、ちゃんと洋服を着たらオモチャを返しにきな。ご褒美にアメをやるからな」
子供は服を着せてもらい、オモチャを持ってフロントへやってきた。
「ようしエライぞ。いい子にはアメだ。ビスケットもあるぞ」
子供はいたって素直である。アメとビスケットをもらい嬉しそうにジイちゃんに報告している。ジイちゃんも帰り際に珍しく「すみませんでした」というじゃねえか。ホウッ、ジイちゃんも孫への姿勢がマトモになったな。これならシャワーを出しっぱなしにしても今度は子供を叱るだろう。成長したか――?
【著者プロフィール】
星野 剛(ほしの つよし)
昭和9(1934)年渋谷区氷川町の「鯉の湯」に生まれる。昭和18(1943)年戦火を逃れ新潟へ疎開。昭和25(1950)年に上京し台東区竹町の「松の湯」で修業。昭和27(1952)年、父親と現在の墨田区業平で「さくら湯」を開業。平成24(2012)年逝去。著書に『風呂屋のオヤジの番台日記』『湯屋番五十年 銭湯その世界』『風呂屋のオヤジの日々往来』がある。
【DATA】さくら湯(墨田区|押上駅)
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2008年10月発行/94号に掲載
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「風呂屋のオヤジの番台日記」星野 剛
「湯屋番五十年 銭湯その世界」星野 剛(絶版)
「東京銭湯 三國志」笠原五夫
「絵でみるニッポン銭湯文化」笠原五夫
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