「なんだ……、女の子か。」
これは私が生まれた時の父の一言だ。父が仕舞い掃除後の麻雀に興じている明け方、私は生まれた。当時、出産前に性別がわからなかったため、「次こそは風呂屋を継ぐ男の子を!」と父は勝手に期待していた。「生命の誕生<麻雀」だったのか、「女の子=がっかり」だったのか、その日、父は陽が高くなる頃、ようやく産院に来たと母から聞いた。おかげさまで、赤ちゃんの頃の写真は無い。こんな感じで銭湯を営む家に私は生まれた。

今回は世田谷区羽根木にある当浴場「宇田川湯」の紹介と、銭湯に生まれ育った私の銭湯に対する想いを少し語りたい。

 

■宇田川湯とは?

宇田川湯は元々、地域の地主さんが所有していた銭湯だったため、その名字が屋号になっている。「地元の人も覚えているし、屋号を変えるのも面倒だ」と祖父が判断し、父の代も「宇田川湯」の屋号を継いだ。仮に「山村湯」になっていたらと、想像するのもなんだかこそばゆい。


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昭和のまま残る玄関。松竹錠の下駄箱は健在

戦前からある建物を昭和43(1968)年と平成5(1993)年の2回改装した。湯船はジャグジーの座風呂と、ジェットバスと四方からジェットが出るボディバスを備えた深い湯船の2つ。ジェットバスとボディバスは、適度な強さのジェットが肩、背中、腰、足の裏に心地よくあたり、日常の疲れを癒す。「お腹周りにボディバスのジェットをあてれば、振動によりウエストが細くなるのでは?」と考え、実践しているが効果はわからない。ただ身体の中心が温まり、腰回りが軽くなるので結果良しとする。

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深い湯船はジェットバスとボディバス

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手足を伸ばして入浴できるジャグジー

お風呂の温度は42度~44度前後で、最初は熱いと感じると思う。そういう時こそ、湯船の淵に腰掛けて膝下をお湯で温めてほしい。その間、立ち上る湯気越しに中島絵師が描いた背景画の富士山や石川県見附島を眺めたり、何も考えずボーっとしているのもオススメだ。湯気が高い天井に抜けていくので圧迫感なく入浴できる。熱さに身体が慣れたら、じっくりお湯を楽しむと、足の先から手の先までジンジン、ポカポカしてくる。身体がふわっと軽くなり、家に着く頃には心地よい疲労感でぐっすり休めるだろう。

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女湯の浴室は明るい水色のタイルを使用

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男湯のタイルは「締め」のカラーの黒色

もう一つの開放感がある空間、脱衣場についても触れたい。

入り口の引き戸を開けると「うわぁ、天井が高い!」と驚くお客様も珍しくない。余談だが小学生の頃、開店前に男湯と女湯の脱衣場に分かれてバドミントンで遊んだことを思い出す。仕切りのため相手の動きが見えないので、羽根がどこから来るのかわからず面白かった。

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懐かしのお釜式ドライヤーは現役

th_8_男湯_脱衣場

自然光が明るい男湯の脱衣場

宇田川湯は作りこそ古いが、清潔で明るいことを第一としている。閉店後の浴室内清掃は足元のタイルだけ機械で洗い、それ以外は全て手で洗っている。人が裸になる場所は綺麗であり、清潔さと明るさがあって当然だ。これは曾祖母の代から銭湯経営をしているDNAであろう。

「綺麗」「明るい」を大事にする宇田川湯にも暗黒の歴史がある。

祖父が宇田川湯を経営する前、宇田川湯は「くさ湯」といわれていた。お客様が多くてお湯が汚れ、臭かったからだ。戦後間もない時代背景もあったのでは? と思う。「汚名返上だ!」と祖父は考えた。熱いお湯で湯船をいっぱいにする。そしてお客様が湯船に浸かる時に水を出して、お湯を溢れさせて循環する方法だ。当時は今ほど、ろ過設備が整ってはいなかったので、まずはやれることを実践した。この目論見は当たり、湯船のお湯は綺麗になり「くさ湯」なんて汚名は忘れ去られた。

 

■銭湯に対する想い

私が幼少の頃、自宅から歩いて行ける範囲に4軒もあった銭湯は今、当浴場しかない。親戚の銭湯も今は東村山市の1軒だけになってしまった。もはや銭湯は必要とされないのか? と悲しく思った。しかし、悲しく思っていてもどうにもならない。お客様のさっぱりとした表情、楽しそうな表情、ボーッとしている様子を見ると、やっぱり銭湯は必要だと思う。「ほっ」と一息つける場所があるから、日常を過ごせるのではないか?

そして、お客様とちょっとした世間話をすることでつながる縁があり、この縁が地域社会で孤立防止の一役になれないか? 社会の役に立つ可能性が、銭湯にまだ残っているのでは? と可能性を探っている自分がいる。

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入り口に立つ筆者。たまに店番しています!

最後に感謝の気持ちをお伝えしたい。

お客様が帰る姿をみて「お客様が来てくれるって、ありがたいな」としみじみ感じます。帰り際に「もう何歳になった?」と聞かれると、懐かしさと、嬉しさと、恥ずかしさで心がほっこりします。

この場をお借りして感謝申し上げます。

足を運んでくださる全ての皆さまが励みになっています。

銭湯経営は大変です。

父と母の人生がどれ程大変だったのか、やっと気が付きました。

「風呂屋は明るく、綺麗であればいい」。父の言葉を信じて精進します。

(写真・文:銭湯ライター 山村幹子


【DATA】
宇田川湯(世田谷区|代田橋駅)
●銭湯お遍路番号:世田谷区 4番
●住所:世田谷区羽根木1-14-11
●TEL:03-3328-2574
●営業時間:16~24時20分
●定休日:月曜
●交通:京王線「代田橋」駅下車、徒歩5分
●ホームページ:https://www.setagaya1010.tokyo/guide/udagawa-yu/
銭湯マップはこちら

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th_10_番台

懐かしの番台は母・女将がお出迎え

th_11煙突と夕焼け

台風や震災にも耐えた23mの煙突

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女湯の背景画は先祖の出身地、石川県の見附島

th_13_冬至_ゆず湯の様子

たっぷりとゆずが入った平成最後のゆず湯