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 都営新宿線・曙橋からなだらかな坂道を上り、少し脇道に入ったところに「大星湯(たいせいゆ)」の看板が見えた。屋号の中央に星マークを組み合わせた、緑色のよく目立つ看板だ。

 その看板の隣には「AED」の看板も掲げられているのが銭湯では珍しい。「AEDとは自動体外式除細動器のことで、簡単に言えば心臓が突然止まりそうになったときに電気ショックを与える機械です。ショックを与えると心臓の動きを元に戻すことができます」と話すのは三代目の前田哲也さん。このAEDを2005(平成17)年4月、銭湯で初めて備え付けたのが大星湯だ。

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 AEDを設置するに至った、そもそもの始まりは、1995(平成7)年に起きた阪神・淡路大震災。
 哲也さんはその惨状を見て、自分が地域のために何かできないかと考えた。その結果、応急手当普及員の資格を取得し、1998(平成10)年から大星湯で救命講習会の企画・指導を始めた。講習会は心臓マッサージ、心肺蘇生法、初期消火訓練、浴槽に溺没した場合の救出法などだ。
 2004(平成16)年、AEDの使用が医師や救急救命士に限らず一般市民にも認められると、すぐに大星湯にも設置し、救命講習会でAEDの使用方法もあわせて指導するようになった。これまで年に4、5回のペースで継続してきた結果、約20年間にのべ1800人近くが受講したという。2020年の東京オリンピックの頃には通算100回、2000人に達する予定だ。
 その結果、大星湯の浴槽で気を失った人を受講生のお客さんが救助したり、AEDを使用して救命したことが何度もあり、講習会の開催が着実に役立っている。使用しないにこしたことはないが、もしもの時の備えは万全だ。哲也さんは「銭湯は深夜まで開いているので、地域の救急拠点になります」と話す。ロビーには東京消防庁から贈られた感謝状が幾枚も掲げられている。また、AEDの導入について紹介した朝日新聞の「天声人語」の記事も店内に掲示されているので、訪れた際はぜひ一読を。

 

 さて、AED救命銭湯として名高い大星湯、そのお風呂を見てみよう。浴室はこぢんまりとしているが、奥のタイル絵が空間の奥行きを感じさせる(男湯はヨット、女湯はルノアールの絵がモチーフ)。

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 湯船は3つあり、勢いよくジェットが噴出する中央の大きな湯船には備長炭が入っている。電気風呂の湯船はあまり大きくない場合が多いが、こちらはゆったりと広くとられている。お湯はいずれも42℃くらいで、ちょうどいい。水風呂は他の2つに比べて深く、肩までしっかりつかれる。お湯の湯船と深い水風呂を行き来するのが気持ちいい。水風呂の傍らには5~6人入れるサウナが設置されている。

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 脱衣場は整理整頓が行き届き、注意書きの張り紙までもビシっと並んで気持ちがいい。大星湯の古い写真が掲載された案内板も掲載されている。
 フロントには新宿浴場組合のキャラクター「ゆげじい」と東京都浴場組合の「ゆっポくん」が仲良く並び、その上にいつでも取り出せるようにAEDが置かれている。また、フロント前に置かれた盆栽は、哲也さんの父・恒二さんが丹精込めて育てているもの。毎週取り替えられることで季節感を演出し、常連さん同士の会話が弾むこともあるという。本棚には子ども用の絵本が並べられているが、今後さらに充実させていく予定だ。

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 さて、大星湯を訪れるお客さんは、周辺にマンションが出来て新しい住人が増えていることもあり、現在増加傾向にある。それも特に子供連れのお客さんが増えたという。
「以前は入り口の看板を出していなかったので、新しく越してきた人には風呂屋だと気づかれにくかったようです。6年ほど前に看板を設置したことで、じわじわと風呂屋があることが広まっているみたいですね(笑)」と哲也さん。
 また、以前はほとんど来なかった赤ちゃんも来るようになり、長らく使われていなかったベビーベッドに赤ちゃんが並ぶこともあるとか。これは入り口や脱衣場に写真が飾られている哲也さんの娘、みさとちゃん(1歳)が呼び寄せているのかもしれない!?

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 さて、冒頭で紹介したようにAED救命銭湯として知られる大星湯だが、現在はさらに一歩進んだ取り組みに力を入れている。哲也さんは元々災害に備えて食料、水、発電機などを備蓄して避難民を受け入れる準備をしていたのだが、2011年の東日本大震災で授乳所に困る母親たちのニュースを耳にしたことから、「授乳所兼避難所」として銭湯を活用することを決意した。その結果、現在はミルク、コンロ、ポット、哺乳瓶、温度計、おむつ、ゴミ袋などを大量に備蓄しているほか、利用者への案内板まで制作して災害に備えている。
 AEDをはじめ、これらの備えにかかる費用はすべて哲也さんの持ち出しだ。生半可な決意でできるものではない。「救急と防災の拠点としても銭湯を活用し、地域に貢献したい」。哲也さんの地域貢献にかける思いは、毎日沸かすお湯よりも熱い。
(写真・文:編集部)


【DATA】
大星湯(新宿区|曙橋駅)
●銭湯お遍路番号:新宿区 21番
●住所:新宿区市谷台町18-3
●TEL:03-3351-7625
●営業時間:15~24時
●定休日:月曜(月曜が銭湯の日、しょうぶ湯、ゆず湯の場合は営業)
●交通:都営新宿線「曙橋」駅下車、徒歩6分
●ホームページ:http://1010yuge-g.jp
銭湯マップはこちら

※記事の内容は掲載時の情報です。最新の情報とは異なる場合がありますので、予め御了承ください。

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AEDが数多くの命を救ってきた

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災害時のために用意されている案内板

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屋上には「お風呂マーク」が描いてある。

Googleマップで見ることができる

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店の裏手にもAED、SAUNA、銭湯と大きく掲げてPR

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入り口上の大きな緑色の看板が目印

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フロントに立つ前田さんの奥には、

人命救助への感謝状が幾枚も掲げられている


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前田さんの銭湯の師匠は、新宿・松の湯の故笠原五夫氏。

遺作の『絵でみる ニッポン銭湯文化』は、前田さんおすすめの一冊だ