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(上写真)梅の湯(荒川区)でも大人気の実母散の薬湯


銭湯らしい伝統的なサービスといえば薬湯、ではないでしょうか。この薬湯はいつごろから始まったのでしょうか。日本浴用剤工業会のホームページに、「入浴剤の歴史」が次のように紹介されています。

「日本は世界でも有数の温泉国であり、古くから人々は天然の温泉を利用して病気やけがの治療に、健康保持増進にと役立ててきました。また同様の目的で薬用植物の利用が盛んに行われ、今日まで伝えられています。入浴剤の発生は、これら天然の温泉と薬用植物による薬湯に由来しているものです。

薬用植物を用いた薬湯は、端午の節句の菖蒲湯や、冬至の柚子湯のように古くから庶民の間で慣習として受け継がれ、江戸時代には治療を目的としたものがすでに処方化され、皮膚病の治療などに用いられました。

入浴剤としては、明治中期、種々の生薬を配合し、布袋に入れ、煎じ出して用いる商品が作られたのが初めです。その後、種々の効果を持つ温泉(子宝の湯・腫れものの湯・中気の湯・美人の湯など)を、温泉地に行かなくても、家庭で簡単に応用できないかという考え方から、当初は天然の温泉成分を乾燥、粉末化したものから始まり、昭和初期に無機塩類入浴剤(ノボピン・バスクリン等)が開発されて発売されました。これらは温泉を構成している成分のうち、安全性が高く、効能効果を有し、品質が安定していて、原料としても確保しやすい基剤が選択されました」(「入浴剤の歴史」

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日替わりの薬湯を実施する銭湯も多い(写真は足立区のタカラ湯

 

では、この薬湯、どんな効果を狙っているのでしょうか。東京都市大学の早坂信哉教授によれば、主な効果は保温(無機塩類)、保湿(油分、植物エキス)、血行促進(炭酸ガス)、清浄(重曹など)などで、基本的な5大入浴効果である「温熱作用」「静水圧作用」「浮力」「粘性・抵抗性」「清浄作用」をより高める要素になっています(『たった1℃が体を変える』角川フォレスタ発行)。

現在、銭湯の薬湯はバリエーションが多く、ユニークなものも増えてきましたが、専門的に言うと入浴剤は大きく分けて、浴用化粧品、医薬部外品、医薬品の3種があります。

 薬事法という法律でこれらはきちんと定義されていますが、浴用化粧品は「人の身体を清潔にし、美化し、魅力を増し、容貌を変え、または皮膚もしくは毛髪を健やかに保つために、身体に塗擦、散布その他これらに類似する方法で使用されることが目的とされているもので、人体に対する作用が緩和なもの」。したがって、化粧品としての入浴剤はこの定義に適うものでなければなりません。表示できる効能は「(汚れを落とすことにより)皮膚を清浄にする」「皮膚をすこやかに保つ」「皮膚にうるおいを与える」などに限定されます。

一方、医薬部外品は薬事法によると「人体に対する作用が緩和であること」とされています。人体に対する作用が緩和であるとは、強い作用を起こさないことを意味します。医薬部外品の浴用剤に認められている効能効果は、あせも、荒れ性、打ち身、肩こり、神経痛、しっしん、しもやけ、冷え性、にきびなど。

そして医薬品には、医師の処方箋がなければ使えない医療用医薬品と、薬局やドラッグストアで専門家のアドバイスを受けて買うことができる一般用医薬品の2種類があり、後者は消費者に対する情報提供の必要性の程度によって第1類から第3類まで3つに区分されています。当然、医薬部外品より幅広い効能・効果をうたうことができますが、反面、副作用なども強くなります。

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薬師湯(墨田区)では100種類以上の薬湯を日替わりで提供する

 

さて、入浴剤に話を戻しましょう。季節のお風呂行事に使うショウブやユズも広い意味で入浴剤と呼べるかもしれません。生の植物の葉や果実を使うものですから薬事法で分類されるものではありませんが、温熱効果を高めることは実感できます。一般に銭湯で使われる入浴剤といえば浴用化粧品が多いのですが、実は医薬品の入浴剤も長い間使われてきました。

医薬品の入浴剤は複数の生薬を組み合わせたもの。生薬とは、主に薬効のある植物の草根木皮を乾燥したものです。中国伝来の漢方薬も複数の生薬を組み合わせたものですが、日本で開発された民間薬にも複数の生薬由来のものが多数あります。ここでは漢方薬と区別するために「生薬湯」としますが、昭和の雰囲気を感じさせる生薬湯を続けている銭湯は都内にも多く、根強い人気があります。

この生薬湯の中でもいちばん伝統的なのは「実母散」(じつぼさん)。実母散の起源をたどると面白い話がたくさん出てきます。有名なのは「喜谷(きたに)実母散」で、江戸時代中期、江戸・中橋の喜谷市郎右衛門が長崎からやって来た医師を世話したお礼として、とある妙薬の作り方を教わったものが始まりとされています。この妙薬は、難産の妊婦を救ったことから「実母散」と命名され、人々に広く知られることとなったそうです。現在でも、本家の喜谷こと株式会社キタニから販売されていますが、もともとは煎じて飲むものでした。

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梅の湯(荒川区)の薬湯の湯船(写真右)では、イベント時を除いて実母散が入れられている

 

江戸の川柳に「中橋に嘘の実母も二三人」と詠まれたものがありますが、日本橋から京橋あたりには本家、元祖を名乗る『○○實母散』が数軒あったようです。しかし、古文書では由緒正しい生まれのはっきりした実母散は「喜谷実母散」と「千葉実母散」であると言われています。そして「千葉実母散」が後に入浴剤の実母散となったとされています。

文治元年(1186年)、千葉勘兵衛の嫁が産前産後の不調のため人事不省におちいりました。勘兵衛は千葉県の名の由来である源頼朝の四天王の一人、千葉之介常胤(ちばのすけつねたね)から数えて十三代目。その勘兵衛の夢枕に観音様が立ち、17種の薬草を煎じて21日間服用するように伝えたところ、この霊験あらたかな薬のおかげで勘兵衛の嫁は回復。千葉実母散はこれを始まりとすると伝えられています。つまり最初は千葉実母散も煎じて飲むものでしたが、これをベースに入浴剤に転用したのが「千葉実母散浴剤」で、2015年に厚生労働省から第2類医薬品に指定されました。日本で唯一の医薬品の入浴剤です。配合されている生薬は当帰(とうき)、川芎(せんきゅう)、蒼朮(そうじゅつ)、大黄(だいおう)、黄連(おうれん)、芍薬(しゃくやく)、菖蒲根(しょうぶこん)、木香(もっこう)、香附子(こうぶし)、茯苓(ぶくりょう)、木通(もくつう)など。

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当帰(とうき)

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蒼朮(そうじゅつ)

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芍薬(しゃくやく)

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茯苓(ぶくりょう)

千葉実母散浴剤の成分である当帰と川芎は婦人薬の中心的な生薬として知られ、特に川芎はメンタル面にアプローチし、血の道症やヒステリーを改善します。大黄、黄連、茯苓、木通には炎症を抑えて鎮静する作用があります。芍薬、当帰、木香は鎮痛効果があります。温熱効果を高め、冷え性を緩和する作用があるのは蒼朮、菖蒲根。子宮弛緩作用があり、女性特有の辛い症状を緩和するのは香附子の役割です。

もともと婦人薬をもとに作られた薬用入浴剤でしたが、次第にリウマチ、神経痛、腰痛、しもやけなどの効果が認められるようになり、女性だけでなく男性にも有効であることがわかってきました。配合生薬の性質から、実母散は更年期障害、冷え性、腰痛、頭痛、のぼせ、肩こり、めまい、動悸、便秘、むくみなどに効果があるとされていますが、入浴剤として使用した場合は、さら湯よりも温熱効果がぐんと高まり、低体温症や冷え性の人にいい効果を及ぼすと期待されます。また産後はホルモンのバランスが崩れ、体調を崩す女性も多いので、そういった人に実母散はおすすめです。


(「銭湯で元気!」は毎月第2金曜日に更新します)

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東京銭湯マップでは、薬湯のある銭湯の検索ができる