この記事はリニューアル工事をする前に掲載された記事です。2023年3月16日に全面改装してリニューアルオープンし、「深川温泉 常盤湯」として営業中です。


今回お邪魔したのは江東区常盤町。いわゆる深川です。深川と言えば古くは粋と鯔背(いなせ)が売りの江戸前文化の中心地。東京在住30余年、普段はいっぱしの東京人っぽく振る舞う筆者も背筋がピンとなります。そういえば、電気のない時代の江戸の銭湯はとても暗く、湯船に入る時にはぶつからないように「田舎者でござい!」と言いながら入るのが所作だったと聞いたことがあります。今日は僕もそうするかな、ホントに地方出身だしな(笑)、なんて埒(らち)もないことを考えながら都営地下鉄森下駅から南へ少し歩くと、見事な宮造りの常盤湯が見えてきます。

正面玄関(バリアフリー化のため、現在は出入りできません)

ご主人の山本安雄さんにお話しを伺いました。山本さんは大正生まれ。100歳まで番台に座り、今年5月にはなんと103歳を迎えられます。代々お身内の方で受け継がれてきた常盤湯は、江戸期には既にこの地で営業されていたとのこと。かつては隅田川近くの萬年橋から木管の水道を引いてお湯を沸かしていたことから「水道浴場」と呼ばれていたこともあったとか。

山本さんが引き継がれたのは終戦後で、昭和30(1955)年に現在の建物に改築されたそうです。当時は木場の製材所から出るおが屑をお湯を沸かす燃料にしていたそうで、毎日のように木場に通ううち、ついには丸太の良し悪しまでわかるようになったという山本さん。気に入った丸太を見つけては製材所で切り出して、これはここの柱に、これはこの梁に、と頭の中で改築プランを組み立てられたんだそうです。

100歳まで番台に座り続けたご主人の山本安雄さん

「その頃は設計事務所も建築許可もなかったからね」と笑ってらっしゃいました。そうやって作った資材を銭湯建築専門の大工さんに見せたら「ウチではできない」と断られ、結局、深川不動尊を建てた宮大工さんが引き受けてくれたのだとか。そう、常盤湯はご主人が自らが資材を選び切り出して、宮大工さんが作った銭湯なんです!
「物事に法則があってね。もちろん、木にも、建物にも、庭にもね。それらを一生懸命勉強したんだよ」「大工さんや職人さんたちの仕事への敬意があるから、柱に画びょう1本打てないんだ」とおっしゃる山本さん。自分の仕事に対する矜持と、他人の仕事に対する敬意。もはやこれは銭湯だけの話ではありません。年齢を重ねているから偉いんじゃない。偉いから本当の年齢を重ねられるんですね。

山本さんのお話があまりにも素晴らしくて、肝心の常盤湯の紹介が後回しになってしまいました。外観は先ほども書いたように見事な宮造り。石段を一段上がった正面玄関は、今は出入りには使われていません。左サイドにスロープ式の入り口が設けられ、玄関ホールに入ります。ここの様式が本当に美しいんです! 中央にタイル画がはめ込まれ、緩やかな弧を描いた造作は優美の一言。先ほど「職人さんの仕事への敬意」という言葉が出てきましたが、まさに作った人の温もりと誇りが感じられる仕事です。

美しい弧を描く玄関ホールの造作

玄関ホールのタイル画

そして、ここを抜けると番台へ。昨今はほとんどの銭湯がフロント形式ですが、こちらは昔ながらの番台です。しかもここも凝った美しい造り。うれしいですね。入り口は現代標準のバリアフリーだけど、ここは昔ながらのオールドスタイル。つまり正面玄関の石段は肉体的なハードルですが、番台は精神性のハードルってことなんですね。日本の銭湯文化を愛するなら、照れくさいってハードルくらい、越えてみましょうよってね。しかも今回あらためて思ったのですが、番台形式はお客さんとお店の方とのコミュニケーションが取りやすい。お店の側からしても脱衣場や浴室の中での様子もわかりやすいし、あらためて良いシステムだなーと思った次第です。

話の弾みそうな番台です

ご主人が丸太から選定した梁や柱が見える脱衣場

そしていよいよお風呂へ。常盤湯は「熱湯(あつゆ)」で名高い銭湯です。真ん中に大きな湯船(こちらが中温)を挟んで、両端に高温と低温の湯船がしつらえられています。あまり熱湯が得意じゃない筆者は、まずは低温から入って馴らそうと思ったのですが、既に定員一杯。仕方なく真ん中の中温に行きましたが、ここも熱い! とまどう筆者を見かねた常連さんに「いきなりそっちじゃ熱いよ。こっちにおいで」と低温を譲っていただきました。ご親切に感謝! 「皆さんここで馴らしてから中温、高温に順に移られるんですか?」と聞いたら「いやー、私たちはここで十分、だって熱いもん」と(笑)。

時代のついた富士山の画(故・早川絵師作)

まずはこちらからの、低温湯船

しばらく様子を見ていましたが、低温はいつも一杯。中温も込んでいきますが、肝心の高温は誰も入りません。意を決して高温風呂に入ってみました。おー、ビリビリくる! こりゃ、熱いっていうよりシビレる感覚です。そうすると、隣の中温に入っていた別の定連さんにも声をかけられました。「あんた、よくそこに入れるね。エライよ」って。え!? ここの熱湯って、入るとほめられるんですか(笑)。そうか、この熱湯も、番台と同じく銭湯愛を試される場だったんですね! しかし、銭湯でほめられたのは初めてかも。てか、こんなに皆さんに話しかけられた銭湯自体が初めてかも知れません。

銭湯愛を試される(!?)高温の湯船

低・中・高と3つの湯船が並んでいます

お湯もアツいが人情もアツい! そしてなによりご主人の心意気が最もアツい江戸前銭湯。ここを知らなきゃ東京の銭湯は語れません!
(写真・文:銭湯ライター 品川致審


【DATA】
常盤湯(江東区|森下駅)
●銭湯お遍路番号:江東区 1番
●住所:江東区常盤2-3-8
●TEL:03-3631-9649
●営業時間:15時半~23時
●定休日:木曜
●交通:都営大江戸線「森下」駅下車、徒歩3分
●ホームページ:http://koto-1010-sento.jp/
銭湯マップはこちら

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こちらの庭もご主人が石を選び配置

池には見事な鯉が泳いでいます

こんなところもとても美しいんです(月極ロッカー)

カランの上部にも凝ったタイル画が