前編はこちらからどうぞ


銭湯の浴室には景色がある。浴槽から眺めたその景色は至福の景色。

この連載は、銭湯OLやすこが、銭湯の浴槽内から撮影した写真を中心にご紹介する「浴槽から眺めた景色がとっておきな銭湯」がテーマです。銭湯の写真は浴室全景がわかるものが一般的ですが、ここでは浴槽から眺めた浴室の風景を紹介します。

温かなお湯に浸かっている至福の時間。その魅力を少しでも感じていただければ幸いです。

※紹介する写真はすべて許可を得て撮影しています。


~「銭湯OT(作業療法士)」が描くガラス絵~

大田区の太平湯には、他では見られない「ガラス絵」があると最近話題だ。脱衣場と浴室の間のガラス戸の上に描かれたその風景は、浴槽から眺めるとまさに「絶景」。前編では、太平湯そのものの魅力を中心にご紹介させていただいたが、今回は、その作者であり太平湯店主のご子息でもある渡邉大和(ひろかず)さんのガラス絵制作風景に迫ってみた。

 

【1】ガラス絵制作風景

平日は作業療法士として病院勤務後に、番台と掃除を手伝う大和さん。そのためガラス絵の制作は仕事が休みの日に行う。「完成した状態でお客様に見ていただきたい」ため、午前中に開始し、15時半の開店までに完成させる必要がある。そのため、制作時間は約6時間に限られている。

「もったいない!」と思うが、それが「ガラス絵」。季節ごとに違った表情を見せるため、まずは今ある絵を消すところから始まる。何度も色を重ねているため、雑巾でギュッギュッと力を込めて消してゆく。これは結構力がいりそうである。

 

2:水平線等を引く

定規をガラス面にあて、基準となる水平線等を丁寧に引く。吸い込まれるような奥行は、こうして作られてゆくのである。

 

3:下絵を描く

描くモチーフの色合いに合わせた画材(キットパス)で下絵を描く。メインとなるモチーフは線を何度も重ね、濃く太く描いてゆく。ガラスに直接描くため、「カンカン」「コンコン」という音が室内に響きわたる。

 

4:全体を眺める

時折ガラスから離れては、ガラス絵を眺める大和さん。ガラス絵全体と、浴室とのバランスを確認しながら進行するのである。

 

5:ディテールを描く

各モチーフの彩色を進める。キットパスの単色だけでは再現しきれない色合いは、複数の色を重ねる。根気強く、色と向き合う時間である。

 

 

6:ぼかしを入れる

スポンジで、空等をぼかす。拝見していると、ぼかしにも強弱があることに気付く。大和さんのガラス絵らしい、やさしい雰囲気がどんどん増してゆくステップだ。

 

7:メインのモチーフを再調整する

メインとなるモチーフ……例えば「あやめ橋」「桜」「花火」等を再度調整する。主役をより際立たせるために工夫を凝らす。花火を描く際は、「花火って、派手なほうが好きですか?」と筆者に聞いてくださった。

 

8:作品名を添え、完成!

絵の下のマスキングテープに作品名を書き入れて、ガラス絵が完成。約6時間の制作、お疲れ様です! お客様の喜ぶ声が今にも聞こえてきそう。
これらのステップは、あくまでも記事用に順序立てているが、他にもお伝えしきれないほどたくさんの工夫を経て、作品は完成している。細やかな工夫の一部を、少しでも感じていただけると幸いだ。

 

大和さんの相方「キットパス」

ガラスに描くのに最適な画材である「キットパス」が、大和さんの相方。環境や体にやさしい原料でできていて、ツルツルした面だったら水ですぐに消すことができる優れもの。製造元の日本理学工業株式会社さんは、チョークの全国シェアNo.1のメーカーさんで、社員さんの70%以上が知的障がいを持たれた方。まだ日本では障がい者雇用が一般的でなかった昭和35(1960)年から現在に至るまで積極的に取り組み、社員さんの個性や長所を活かした働きやすい職場作りをされていることに感銘を受けたのだそう。このように画材にも思いが込められている。ちなみにたくさん使う色は「白」だそうで、単色で調達することも多いそうだ。

 

【2】銭湯OTは銭湯なしで語れない

渡邊大和さんは自称「銭湯OT」である。OT(Occupational Therapist=作業療法士)とは、病気やケガなどで生じる生活の不便さを緩和・解消させるために、そのひと個人に合わせたリハビリテーションプランを設計し、患者さんと共に取り組みながら支援を展開していく職業。患者さんはご年配の方々が多くを占めるが、時には40~60歳代の方を担当し支援することも。

「人の役に立ちたい」という思いから辿り着いた職業だが、人付き合いは決して得意なほうではなく、仕事としていく上で悩むこともあった。しかし、「僕の実家、銭湯なんです」は魔法の言葉。そこから一気にコミュニケーションが進み、距離も縮まることが多いのだとか。「作業療法士である自分は患者さんからよく『リハビリの先生』などといわれてしまいがちですが、私の場合は『風呂屋の息子』っていってくれるんです。親しみを込めて」と大和さんはほほえむ。「広いお風呂っていいよね~」「昔よく行ったんだよ」「また行きたい」「銭湯行けないと困るんだよ、うちに風呂がないから」などなど、魔法の言葉をきっかけにその人の想いがあふれ出す。そして気付かされたことは、銭湯は人をつなぐということ。
銭湯は先のない仕事、これから必要とされない時代になると親や親族にいわれ、自分の道を模索し辿り着いた場所で「銭湯は必要とされている!!」と感じた。それはとても衝撃的であったのと同時に、うれしさと、改めて家業に誇りを持つようになったと大和さんは語る。

またOTのプログラムには、絵を描くことや、折り紙等が組み込まれることもある。「モノを自分の手で扱い、作る楽しみ」は誰もが持っているはずなので、できる限りその機会を作るようにしているそうだ。
こうしてOTという仕事についてうかがうほど「銭湯OT」は、大和さんにとって天職であると感じる。実際に患者さんだった方が、太平湯に顔を見せに来てくれることもあるそう。「お風呂屋さん」と「健康」は、やはり繋がっているようだ。

 

【3】楽しみながらこなす、二足のわらじ

病院勤務をしながら家業を手伝うことは、いうまでもなく忙しい。1週間休みなしのため、時には床で寝てしまう日もあるそうだ。それでも大和さんのSNSからは「二足のわらじ」を、楽しみながらこなす様子がうかがえる。
例えば、太平湯の閉店後にしか見られない「逆さ富士」。大和さんは夜の掃除の後、脱衣場のロッカーの上のショーケースに反射するペンキ絵の富士山がなんとも美しいことに気付いた。SNSでも反響があったこの景色は、「アド街ック天国」(テレビ東京)でも紹介されることに。この景色を眺められるのは、太平湯のご家族だけ。しかし大和さんならではの日常を楽しむ視点が、こうして多くの人の心を打つ。ちなみに、お湯を抜き、水かさが減った浴槽で毎夜「V字腹筋」もされているとのこと。「運動不足なので……」とおっしゃるものの、その絶え間ない努力には感服してしまう。

https://twitter.com/taiheiyu/status/1308765030125416448?s=20

私たちが直接感じる「ピカピカで清潔」「ガラス絵が美しい」太平湯はほんの一部にすぎない。こうして毎日裏方で励む姿を知ると、その湯はよりありがたく、心地よく感じられる。

「ガラス絵」という、新たな魅力をそなえた太平湯。地域のお客様、銭湯好きから愛され、より生き生きとしてゆく銭湯だろう。これからもその動向から目が離せない。

(写真・文:銭湯ライター 銭湯OLやすこ


【DATA】
太平湯(大田区|雑色駅)
●銭湯お遍路番号:大田区 7番
●住所:大田区南六郷1−5−17
●TEL:03-3738-1665
●営業時間:15時半~22時半
●定休日:毎週水曜+最終火曜
●交通:京浜急行線 雑色駅 より徒歩 10分/京浜東北線「蒲田」駅よりバス。「七辻通り」下車、徒歩2分
●ホームページ:http://ota1010.com/explore/太平湯/
●Twitter:@taiheiyu
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