銭湯の浴室には景色がある。浴槽から眺めたその景色は至福の景色。

この連載は、銭湯OLやすこが、銭湯の浴槽内から撮影した写真を中心にご紹介する「浴槽から眺めた景色がとっておきな銭湯」がテーマです。銭湯の写真は浴室全景がわかるものが一般的ですが、ここでは浴槽から眺めた浴室の風景を紹介します。

温かなお湯に浸かっている至福の時間。その魅力を少しでも感じていただければ幸いです。

※紹介する写真はすべて許可を得て撮影しています。


~新名物「ガラス絵」のある太平湯に迫る!~

とぷんと湯に浸かる。思いがけず目に入るのは、「地元の四季」。

左:春の六郷水門 右:春の蒲田 あやめ橋 (2021年4月撮影)

大田区の太平湯では、他では見られない「ガラス絵」があると最近話題だ。浴室のガラス面に絵が描かれていることにまずハッとするが、そのぬくもりある絵が店主のご子息の手によるものと知ると、さらに驚いてしまう。歴史ある銭湯が始めた新しい試みと、その魅力に迫ってみたい。

浴槽からの景色

【1】歴史ある宮造りに添える「新しい華」

「常連さんがね、“奇麗だね”とか“季節を感じるね”とか仰ってくださって」
そうほほえむのは、店主・渡邉和雄さん。先代が昭和31(1956)年に創業した太平湯を守り抜いてきた2代目だ。昭和41(1966)年に建て替えた宮造りはそのままに、平成19(2007)年にリニューアル。ノスタルジーを感じるレトロな「宮造り」と「最新設備」が融合した太平湯が誕生した。毎日の丁寧な清掃により、リニューアルしたばかりといっても過言ではないピカピカの浴室が出迎えてくれる。


ガラス絵を描く渡邉大和さん

「この建物は、自分にとっては“慣れ親しんだ場所”です。そこに変化を加えることは、ちょっとしたチャレンジでした」
そう話すのは和雄さんのご子息で、ガラス絵の作者・渡邉大和(ひろかず)さん。実はガラス絵のチャレンジに突き動かしたのは、大和さんの職業である「作業療法士」の経験によるものが大きい。

「ちょっとでも“四季”を感じていただけたらうれしいと思ったんです」
ご年配の常連さんがとても多い太平湯。高齢になると足腰が衰え、出歩ける距離も狭まり、日々の生活範囲が閉鎖的になってしまう方も少なくない。そのような中で毎日のように太平湯に来て下さっているお客さんたちに対し、少しでも季節の移ろいを感じていただきたい。店に変化があると気分も変わるのでは? そんな思いを大和さんは感じていた。だからこそ描くガラス絵の四季は、思いやりのカタチの一つなのだ。当初は地元以外の景色もモチーフにしていたが、男湯に地元「六郷水門」を描いた際、お客様からの反響がとても大きかった。お客様がより共感できることで、ガラス絵は常連さんにとって欠かせない存在となったようだ。

ガラス絵を描き替えた日の一番風呂では、「あ、変わった!」という、うれしそうな常連さんの声が筆者にも聞こえた。
「コロナ禍になり、移動の自粛が呼びかけられる中で、『遠くに行きたい』、『旅行に行きたい』とストレスを感じている人も多いと思いますが、でも地元に目を向けてみてほしいと思うんです。地元に題材を絞って描くようになってから、当たり前の風景、忘れられがちな風景が、実は一番愛おしいんじゃないかって思うようになったんです。地元には魅力的な場所があふれてます。それに気づくきっかけほんの少しでもなってもらえたら」と大和さんは語る。

 

【2】ガラス絵の大田。ペンキ絵の富士。

改めて太平湯の絶景をご紹介しよう。まず脱衣場からは、二つに重なる芸術を眺めることができる。ガラス絵の大田の景色、そしてその先にペンキ絵の富士。その段階的な奥行が、一刻も早く湯に浸かりたいと思わせる。

脱衣場からの景色

また、サウナの中からも二つの景色が美しい。営業中は心地よいミストが充満して窓についた水滴に、ほんのちょっとガラス絵の色合いが加わるとなんとも幻想的な景色になる。サウナで長居しなくとも、それを堪能するだけでもありがたく、満足感が得られる。

スチームサウナからの景色

そして、浴槽からの景色も、日中は日差しに照らされたり、夜間は電灯が当たったりと、時間帯によってガラス絵は表情を変える。やはり、浴槽から眺めるのが最も生き生きして見える気がする。

浴槽からの景色(2021年01月撮影)

浴槽からの景色(2021年05月撮影)

【3】全制覇したい、太平湯のおもてなしいろいろ!

これらの景色を眺めながら浸かれる、太平湯の設備のラインナップは豊富だ。コンパクトながらも充実した内容をご紹介したい。

 

◆ガラス絵の景色を見る特等席!? 寝風呂

次の写真をご覧いただきたい。2種類のジェットの穴の位置の違いを! 異なるポイントを刺激できるので、ぜひとも両方を体験したいところ。

噴出穴の位置が異なるジェットの浴槽2種

◆電気風呂・天然鉱石を利用した岩盤泉・ボディマッサージャー

心地よい刺激の電気風呂。お尻から背中まで、全身を包むことができる岩盤泉。全身シェイプアップ気分のボディマッサージャー。それらの体の隅々まで刺激する設備が横一列にズラッと勢揃い。全て一つの浴槽にあるので、わざわざ他の浴槽に移動する必要もなく、移動中にバイブラの泡に包まれるのも最高である。

いろいろな浴槽が並ぶ

◆トロトロと流れる「バイタル温泉」

お湯の揺らぎが気持ちいい「バイタル温泉」では、麦飯石を通った湯を満喫できる。この浴槽の底にもバイブラが設けられている点もぬかりないぜいたくさだ。

壁面の柵の中にある麦飯石を通った湯が湯船に注ぐ

思わず読み込んでしまうバイタル温泉の紹介

 

【4】もう一度いいたい、「ピカピカ」であること

ガラス絵の取材をする中で、改めてお伝えしたいと思ったことがある。それは太平湯さんのピカピカ具合だ。開店準備の丁寧なお掃除を拝見しながら、ぜひ多くの方に太平湯さんにお越しいただきたいとしみじみ思った。来店したことがない地元の方々にもおすすめしたい。

上から見たシャワーとカラン。ピカピカ!

【5】銭湯OTのまい進

作業療法士(OT=Occupational Therapist)として働く大和さんの思いから生まれたガラス絵だが、家業のお手伝いは絵にとどまらない。現在も定休日以外、毎日番台と清掃を手伝い、就寝時間はわずかだという。その多忙さを心配すると、「自分の本職のOTという立場でも、実家に対してできることは精一杯頑張りたいと思うんです」と屈託なく語る。そして、「やすこさん(筆者)が“銭湯OL”なら、私は“銭湯OT”といってみようかな」とも。OT視点で太平湯を新しくしてゆく大和さん。その真摯な姿から学ぶことは「ガラス絵」だけではないはずだ。後編はそんな「銭湯OT・大和さん」に迫り、「ガラス絵の制作ステップ」もクローズアップしたいと思う。
後編に続く)

ガラス絵を描いた後に清掃する大和さん

(写真・文:銭湯ライター 銭湯OLやすこ


【DATA】
太平湯(大田区|雑色駅)
●銭湯お遍路番号:大田区 7番
●住所:大田区南六郷1−5−17
●TEL:03-3738-1665
●営業時間:15時半~22時半
●定休日:毎週水曜+最終火曜
●交通:京浜急行線 雑色駅 より徒歩 10分/京浜東北線「蒲田」駅よりバス。「七辻通り」下車、徒歩2分
●ホームページ:http://ota1010.com/explore/太平湯/
●Twitter:@taiheiyu
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