『女子が踊れば!』『王子と赤ちゃん』『うわばみ妊婦』などのコミックエッセイを出版し、コミカルなタッチの作風が人気のイラストレーター、カワハラユキコさん。会社勤め時代から銭湯に足を運び、長男出産後も子連れで銭湯に通う大の銭湯ファンです。新刊『週末プチ冒険はじめました』でも、ストレスを解消する場所として銭湯を紹介。子連れで銭湯に通う「阿佐ヶ谷銭湯部」も主宰するカワハラさんに、子連れ銭湯ライフや阿佐ヶ谷の魅力などについて語っていただきました。

■イラストで初めてギャラをもらったのが『1010』だった!

 富山県に生まれ育ったのですが、温泉が多いところなので子どものころから温泉には家族でよく出かけていました。町にある銭湯によく通うようになったのは、東京に来て一人暮らしを始めてからです。

 編集プロダクションに勤めていた頃は、会社の隣に銭湯があったので、徹夜になりそうなときには会社の仲間とよく入りに行ってました。フリーランスになってからは、やはり徹夜で寝ちゃいけないときのリフレッシュや、イラストを描いていると右腕が疲れるので、電気風呂でコリをほぐしたり(笑)。

 ところで、私がフリーのイラストレーターとして初めてギャラをもらったのが、なんと銭湯PR誌『1010』(※WEB1010の前身)なんですよ! 最初に勤めた編集プロダクションが、編集、デザイン、イラストとなんでもやらせてくれたんですね。そこで一番褒められたのがイラスト。次にデザイナーとして転職した先でも、一番褒められたのがイラストでした。最初は記事の穴埋めに描いていたのが、カラーになり、大きく扱われるようになって。そのうち、ご縁があって『1010』から仕事をもらったのをきっかけに、いろいろな媒体でイラストを描くようになり、最終的にイラストレーターとして独立したんです。

 コミカルタッチのイラストを描いているうちに、漫画の依頼も来るようになりました。一番最初に出した単行本が、いろいろなダンスに挑戦した体験を描いた『女子が踊れば』です。『王子と赤ちゃん』は産後クライシスのシリアスなものですが、それ以外は基本的にコミカルなものが多いですね。

 新刊の『週末プチ冒険はじめました』は、日ごろのストレスをリセットするいろいろな体験を紹介しています。ひとりピクニック、朝ごはん小旅行、写経、エアリアルヨガなどに加え、銭湯のことも紹介しています。どこの銭湯かは、どうぞ本を読んでください(笑)。

 少し前ですけど、雑誌の仕事で、京都の銭湯を紹介したこともあります。レンタサイクルで京都の銭湯をめぐったんですが、京都は戦災を免れた、古い銭湯があるんですよね。いろいろ特色ある銭湯があって面白かったです。

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■「阿佐ヶ谷銭湯部」の活動目的は「育児疲れの癒し」

 息子は今3歳なんですが、生後3ヵ月ぐらいから温泉に連れていったりしていたので、お風呂が大好きになりました。もともと私は銭湯だけでなく温泉やスーパー銭湯も好きなんですけど、そんなところへ頻繁には行けない。でも近所にある銭湯なら気軽に出かけられる。それで銭湯へ子連れで行っていたんですが、あるとき近所の友達も子連れで銭湯へ行っていることがわかったので、週1回程度一緒に行くようになりました。一緒に行けば小さい子どもを預けたり協力できるので、のんびり風呂につかることもできる。

 それで、せっかくなのでいろいろな銭湯をまわる部活にしようということで、作ったのが「阿佐ヶ谷銭湯部」。まあ、子連れで銭湯に通うだけなんですが(笑)。銭湯はだんだん数が減ってきているし、頑張ってほしい。じゃないと私が利用できなくなる、という勝手なエールの意味も込めて結成しました。

 現在の部員は、2家族計4名です。阿佐ヶ谷や高円寺の銭湯などをはじめ、いろいろ遠征もしています。活動内容はブログFacebookで発信しているので見てみてください。

 子連れで銭湯に通う最大の目的は、「親の育児疲れを癒す」こと(笑)。私は家で仕事をしていて、夕方になったら保育園に子どもを迎えにいく。旦那は忙しくて夜は遅い。子どもと二人でずっと一緒にいると、生活がマンネリになるんです。でも食事、風呂は絶対にやらないといけない。だから、どうせやるなら楽しもうと。それで、なんだかストレスがたまっているなというときに、銭湯へ出かける。子どもは夜、寝付きが悪いときもありますが、銭湯でお湯につかった日はよく寝てくれる(笑)。

 子どもにとっても銭湯に行くのはちょっとしたお出かけなんですね。家と違って大きなお風呂に入るのが、いつもと違ってうれしい。

 子どもと出かけるときはおもちゃを一つ持っていきます。例えば車とか。すると湯船の縁なんかを「ブーン」と走らせて勝手に遊んでくれる。その間にゆっくり湯につかることができる(笑)。

 阿佐ヶ谷銭湯部のキャッチコピーは「日常と非日常の真ん中に」なんですが、温泉は非日常、銭湯は日常の先にあるちょっと非日常みたいな感じですかね。

■銭湯やお風呂を愛する人の役に立つ「LINEスタンプ」を制作

 銭湯部で活動を始めてから銭湯のことを調べているうちに、いろいろなつながりができました。以前、WEB1010のインタビューで紹介していた東京外国語大学銭湯同好会の学生さんたちとも知り合いになって、LINEスタンプの需要を尋ねてみたところ、「あるんじゃないか」ということで、阿佐ヶ谷銭湯部の公式スタンプ「猫の湯次郎(ゆ〜じろう)とお風呂ラバーズ」を作りました。

 まあ、元々同業者からLINEスタンプは売れないと聞いていたので、思い切り趣味に走りました。基本的には、銭湯部内の連絡が楽にできればいいかな、と(笑)。銭湯部でよく使うセリフをはじめ、風呂で妄想したものなどをスタンプにしてみました。「ココロの服も脱いでみない?」という若さあふれるセリフは、外語大銭湯同好会の銭湯動画からいただいたものです。

 それと同好会には、外国語大学という強みを生かして外国語の紹介文でも協力してもらいました。英語、スペイン語に加えアラビア語も。LINEの設定にアラビア語がなくて載せられなかったのが残念でした。中国語も外国語大学卒のママ友に協力してもらいました。

 趣味と風呂愛でLINEスタンプを作ってみたんですが、やっぱりあんまり売れてません(笑)。銭湯部内の連絡は格段に楽になったんですけどね。お風呂や銭湯関係のやりとりに役立つので、銭湯好きの皆さん、よかったら見てみてください。

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LINEスタンプ「猫の湯次郎とお風呂ラバーズ」

■「浴育」の場として、銭湯はもっと活用できる

 銭湯は入浴するだけでなく、いろいろなことを学べます。例えば、下足札の鍵。銭湯に行った時は必ず息子に下足札の番号を指差して「これ何番?」て聞くんです。それで、息子は二桁の数字も覚えつつあります。

 それと買物の方法を覚えたり。テレビで「初めてのおつかい」ってありますよね。うちの場合は、銭湯でお金を渡してアイスを買ったのが、息子の初めてのお買物です。銭湯なら買物の練習も安心してできる(笑)。

 あとは社会のルールが学べるのもいいですね。浴室や脱衣場は走っちゃいけないとか、大声出しちゃいけないとか。母親は年中怒りまくって疲れているのですが、銭湯だと他人がやさしく注意してくれることもある。そういうのってありがたいと思いますね。まあ、やさしくないおばちゃんもいますが(笑)。

 入浴を通していろいろなことを学ぶ「浴育」の場として、銭湯はもっと活用されてもいいのかな、と思います。

 今、核家族で世代を超えた交流が少なくなってますけど、いろいろな年代の人達と交流できるのも銭湯のいいところですよね。

 よく行く阿佐ヶ谷の玉の湯は、お孫さんがいるんですよ。番台のおばちゃんがお孫さんをおんぶしてたりする。それで息子はそのお孫さんと一緒にお風呂に入ったり。兄弟ができたみたいで楽しそうですよ。そういうのもいいですよね。

 お風呂は熱い湯船しかないと子連れには厳しいですね。私は大丈夫でも、子どもは入れない。熱いのとぬるいのと、湯船が2つあるとうれしい。こちらの成宗湯はご主人の趣味の模型や大きなスピーカーがあるので、子連れはちょっと気を遣うんですが、ぬるいお湯の浴槽が充実していて子どもも喜びます。

 浴育とは話がずれますけど、今の世の中、心が狭い感じになっている気がしませんか? 重箱の隅をつつきあう、人の揚げ足をとって攻撃する……。SNSの炎上とかヘイトスピーチなど、人を攻め立てることが目立つ気がするんです。

 そういうことを見聞きするごとに「みんな銭湯の広い風呂に入ればいいんじゃないかな。人にやさしくなれるのに」と思うんです。単純すぎますかね(笑)? 銭湯って、お客さん同士が気を遣って、コミュニケーションをとろうとしますよね。人とつながりたい、つながろうと考える人が銭湯へ足を運んでいる。それが銭湯に来るとリラックスできる理由の一つなのかなとも思います。

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■オシャレじゃないけど住み心地がいい「阿佐ヶ谷」

 阿佐ヶ谷には10年以上住んでいるんですが、高円寺ほど若者カルチャーがはじけているわけでなく、あまりオシャレな場所でもないんです。

 子育てでも、とりわけ何かが充実しているわけではない。保育園に入れない子どももいる。子連れ向けの施設が多いわけでもない。でもなんだか、お母さんたちがあまりギスギスしていない。飲み屋が多くて、昔ながらの人の繋がりが濃厚で、祭りがとにかく多い。夏だと七夕祭り、ねぶた、バリ舞踊祭、タンゴのゆうべ、サンバ、と小さな祭りも入れると毎週のように行われている。

 飲み屋、お祭り、銭湯ってなくても生きていけるけど、あると人生に味わいが出る、というのが共通点じゃないかと思うんです。阿佐ヶ谷はそういう味わいを大事にする人が集まっている街なので、オシャレではないけど、そういうところも全部含めて性に合うのかもしれませんね。

■「子連れしか入れない」銭湯イベントを実施してみては!?

 最近リニューアルする銭湯が増えて、お母さん達が通いやすい銭湯も増えてきました。子育てで煮詰まっているお母さんにはぜひ銭湯へ行ってほしい。他のお客さんもくつろぎにやってきているから、子どもが騒いだら迷惑かもしれないけど、やさしく注意したり見守ってくれたらうれしいですね。

 今のお母さん世代には銭湯のことを知らない人もいます。銭湯は好きだけど、子連れで行くという発想がない人も。そんな人に一度でも銭湯を体験してもらえれば、きっと気に入ってくれると思うんです。

 今、大手シネコンでは「小さい子ども連れでもOK」の映画鑑賞イベントを実施しています。小さな子どもを連れた親子を対象にして映画を上映するというイベントです。子連れしか入れないから、泣いても騒いでもお互いさまなんですね。その銭湯版として、月1回、小さな子どもを連れた親子しか入れない時間帯を設けてみるのはどうですかね。お母さんがいっぱい来てくれたら、お互いに子どもを預けたり助け合いができる。

 1軒でも2軒でも、そういったイベントを開催してくれる銭湯ができれば、きっと子連れで通うお母さんが増えると思いますよ。

 週に1度でも銭湯に行くと、お母さんの気分は全然変わる。近くに銭湯があるなら、うまく育児に取り入れるといいんじゃないかなと思います。

(写真:望月ロウ 文:タナカユウジ)


【プロフィール】

カワハラユキコさん イラストレーター。雑誌、書籍、広告と幅広いジャンルで活躍する。銭湯好きが高じて阿佐ヶ谷銭湯部を立ち上げ、子連れで銭湯めぐりを楽しむ。2015年8月『週末プチ冒険はじめました』を上梓。

ブログ:http://ameblo.jp/new-kaityo/

Twitter:https://twitter.com/yukky_kk

阿佐ヶ谷銭湯部ブログ:http://ameblo.jp/asagayasento/

阿佐ヶ谷銭湯部Facebook:https://www.facebook.com/asagayasento

LINEスタンプ「猫の湯次郎とお風呂ラバーズ」:

https://store.line.me/stickershop/product/1130558/ja


【取材地DATA】

今回の取材はカワハラさんがおすすめの成宗湯で行われた。店主の趣味の模型が飾られたロビーには大型スピーカーも設置されていて、まるでJAZZ喫茶を思わせるクールな銭湯。ぬるめのお湯に、浴槽設備が充実した銭湯だ。

【廃業】成宗(なりむね)湯(杉並区)

●銭湯お遍路番号:杉並区17番

●住所:杉並区成田東5-3-19

●TEL:03-3391-4957

●営業時間:16〜24時半

●定休日:月曜

●交通:東京メトロ丸ノ内線「南阿佐ヶ谷」駅下車、徒歩8分

●ホームページ:–

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店主の趣味の世界が広がる成宗湯のロビー

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息子さんの銭湯お出かけセット


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コミカルなタッチで人気の
カワハラさんの著書

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新刊『週末プチ冒険はじめました』
(KADOKAWA/メディアファクトリー)
価格:1080円