「いたわるように掃除をしている」 大盛湯3代目ご主人の坂詰一仁(くにひと)さんが発した言葉には、大盛湯に対する思いやりが詰まっている。

大盛(たいせい)湯は昭和25(1950)年に創業し、20年ほど前に番台からフロントに変更したという。その姿を目にすると郷愁が込み上げる。これまで数えきれないほどの銭湯を撮影してきたが、大盛湯を目の前にした瞬間、「まだこんな銭湯が残っていたのか」という感慨と同時に「撮影したい」という気持ちが湧き上がった。

最寄りの西大井駅から徒歩5分ほどの場所にある大盛湯は、周囲を住宅に囲まれ、唐破風の正面につけられた懸魚(げぎょ)が目を引く。脱衣場の折り上げ式の格天井は、互い違いに格子が組まれた個性的な造りで、創業当時の技術水準がうかがえる。浴室のタイルも一枚一枚がとてもきれいで、70年以上も使われているとは思えない。昔ながらの模様や柄が施されたタイルを見ると、すでになくなってしまった銭湯のことをふと懐かしく思い出し、胸が熱くなる。

そして、最も驚かされるのが、通常は背景画がある位置に溶岩と植栽で造られた庭があることだ。当初は池もあり、湯船に浸かりながら鯉が泳ぐ姿を眺めることができたという。これまで、鯉が泳ぐ池がある銭湯は何度か見かけたが、大盛湯のように背景画の代わりに本物の庭がある銭湯は見たことがない。

確かな裏付けがあるわけではないが、現在は持ち出し禁止となっている富士山の溶岩を利用している可能性が高いと思われる。都内の老舗の銭湯には今でも溶岩を利用した浴室や庭が残っているところがある。2013年に廃業した文京区のおとめ湯には、男女の浴室を仕切る壁の位置に庭があったが、大盛湯の庭はその配置と状態から大変貴重であり、写真に残すべき銭湯であることは間違いない。

創業当時の姿を残す大盛湯は貴重な銭湯であるが、その陰には店主夫妻の苦労があることを忘れてはならない。営業を終えた深夜に掃除を欠かさず行い、定休日前には早朝まで掃除をすることもあるという。大盛湯は、丁寧な清掃によってその雰囲気が保たれている。実際、この清潔さこそが、訪れる人々に昔ながらの趣を伝える秘訣なのだろう。冒頭の「いたわるように掃除をしている」という言葉の通り、お二人の愛情をかけられた大盛湯には、心も裸にしてくれる不思議な力がある。

さて、一仁さんは、もともと銭湯を営む家庭で育ったわけではなく、20年ほど前に結婚してから奥様の実家の銭湯を継ぐことになった。何もわからないまま始めたので最初は苦労の連続であったという。幸運なことに、近所の銭湯に親切な番頭さんがいて、困ったときはその方を頼り、わからないことがあれば足繁く通い、徐々に銭湯のノウハウを身に付けていった。これまで出会ってきたご主人や若旦那のほとんどが、子どもの頃から銭湯の営みに関わり、親の背中を見て育っている。一仁さんのように婿入りというケースで銭湯を営むご主人に出会ったのは初めてで、一仁さんは「よくあることだ」というが、私には驚きであった。

私が東京の銭湯の撮影を始めて18年目になるが、まだまだ知らないことばかりだ。大盛湯のような銭湯に出会えることは大きな喜びである。撮影を開始した頃は約1000軒あった都内の銭湯は、今(2023年12月)では442軒にまで減っている。新しい銭湯がメディアに取り上げられがちだが、古い銭湯にも長年培われてきた個性や大切に維持されてきた空間の魅力がある。

皆さんにはぜひとも、営む人々の愛情がこもった銭湯が持つ風情を感じてもらいたい。それは後世に残すべき日本の美意識にもつながるものであると私は信じている。
(写真家 今田耕太郎)


【DATA】
大盛湯(品川区|西大井駅)
●銭湯お遍路番号:品川区29番
●住所:品川区二葉2-4-4(銭湯マップはこちら
●TEL:03-3788-8477
●営業時間:15時~23時
●定休日:金曜
●交通:東急大井町線「下神明」駅下車、徒歩7分
JR横須賀線「西大井」駅下車、徒歩5分
●ホームページ:https://shinagawa1010.jp/list/oomoriyu/
●Twitter:@taiseiyu

※記事の内容は掲載時の情報です。最新の情報とは異なる場合がありますので、あらかじめご了承ください。

3代目ご主人の坂詰一仁さん

 


今田耕太郎

1976年 北海道札幌市生まれ。建築写真カメラマン/写真家。
2014年4月よりフリーペーパー「1010」の表紙写真を担当。2015年4月からはHP「東京銭湯」のトップページ写真を手がける。
http://www.imadaphotoservice.com/

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帝国湯(荒川区)

 

小平浴場(小平市)(※廃業)