「やらなきゃしょうがない」と苦笑いを浮かべる、明神湯ご主人の大島昇さん。そのお話を元に、貴重な宮造り銭湯を営むための苦心と苦労をご紹介しよう。

大田区にある明神湯の創業は1957(昭和32)年。現在の建物は創業当時の姿のまま、部分的な修繕を繰り返しながら営業している。屋号の由来は、創業の5年前(1952年)に伊豆諸島南部の海底火山の噴火によってできた明神礁にちなんで命名されたなど諸説あるが、ちょうどその年に生まれたのが現在のご主人である。

先代で父親の良弘さんが銭湯経営者の多い石川県出身で、兄弟の多くが銭湯を営み、ご主人も若い時から親戚の銭湯で見習いの仕事に携わるようになった。
親戚の銭湯が中普請となれば、当然のようにかり出され、大工や釜屋、タイル屋の職人と一緒に仕事をしているうちに、教わった技術が身について、ことあるごとに職人からその技術を頼りにされるようになっていったという。

さて、明神湯はドラマや映画のロケ地としても有名な銭湯で、頻繁に撮影の予定が入っている。今回の撮影の数日後にもドラマの撮影があるため、普段は入り口脇に置かれている自動販売機も、撮影時には別の場所に移動されていた。そのような対応ができるのも、ロケ地として重宝される理由なのかもしれない。
最近は海外ブランドのCMが増えているそうだが、日本の銭湯が欧米のファッションと融合するとは、明神湯の建築に関わった職人たちは夢にも思わなかっただろう。

夢は夢でも、ご主人が見る夢はまたひと味違う。
若い時から銭湯にかかわる職人の仕事を手伝っていたご主人は、銭湯を営む上で必要な修理のほとんどは自分でできてしまう。部品の交換はもちろん、すでに部品がない機械に至っては、ボルトのネジ山も自分で彫ってしまうほど手先が器用だ。下足箱の木札も、紛失した場合はご主人自ら彫刻刀で鍵穴を彫り、替わりの木札を作っている。創業から65年も経つ建物は、常にどこかの修理が必要で、それが寝ている時もご主人の頭から離れない。夢の中でも修理の段取りをしているほどで、だからこそ目が覚めた時にはその日何をするのか順序がはっきりしているという。先人たちの教えを生かし、工夫をするご主人がいるから、今も昔のままの姿を保てているに違いない。

いろいろとお話を聞かせてもらううちに、ご主人を突き動かす原動力は、明神湯に来たお客さんに喜んで帰ってもらうことに生き甲斐を感じていることだと気付いた。高齢のご主人と女将さんの二人で銭湯を営むことは容易ではない。ましてや撮影の対応となると神経も使う。それでも喜んでくれる人がいるから、必要としてくれる人がいるから続けているという。

ドラマや映画の中の明神湯には、その苦心や苦労は映り込んでいるのだろうか。海外ブランドを身につけている人たちは、そのことを知っているのだろうか。私が抱くそんな愚問はどうでもよいことなのだ。
四の五の言わずにやらなきゃしょうがない。
その心意気が日本を代表する銭湯である由縁であると私は思う。
(写真家 今田耕太郎)


【DATA】
明神湯(大田区|雪が谷大塚駅)
●銭湯お遍路番号:大田区 50番
●住所:大田区南雪谷5-14-7
●TEL:03-3729-2526
●営業時間:16~22時
●定休日:5、15、25日(日曜・祝日の場合は翌日休)
●交通:東急池上線「雪が谷大塚駅」より徒歩14分、またはバス「雪谷中学前」下車、徒歩1分
●ホームページ:http://ota1010.com/explore/明神湯/
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明神湯ご主人の大島昇さん


今田耕太郎

1976年 北海道札幌市生まれ。建築写真カメラマン/写真家。
2014年4月よりフリーペーパー「1010」の表紙写真を担当。2015年4月からはHP「東京銭湯」のトップページ写真を手がける。
http://www.imadaphotoservice.com/

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