いつまでたっても終わりの見えない新型コロナウイルスの影響で、春の兆しを感じても晴れ晴れしい気持ちにはなれない日々が続きます。

新型コロナウイルスが私たちにもたらす影響は、感染による諸症状にとどまりません。たとえ感染しなかったとしても、社会的な対策の副作用として“コロナ太り”や“コロナうつ”が問題となってきています。

2021年6月の読売新聞オンラインで、経済協力開発機構(OECD)のメンタルヘルス(心の健康)に関する国際調査によると、日本では、うつ病やうつ状態の人の割合が2013年の7.9%から、新型コロナが流行し始めた2020年には約2.2倍の17.3%となったことが報じられました。さらに、他国においても、米国は6.6%(2019年)から23.5%となり、3.6倍に急増。英国も9.7%(同)から19.2%と倍増したというのですから見過ごせません。

ご存知の通り、うつ病は、気分の落ち込みや倦怠感、不安感、不眠、意欲の低下などの症状が強く、日常生活に支障をきたす心の病です。症状が長引き、苦しい状況から立ち直れなくなってしまうと思考能力が低下して最悪の事態を招きかねないため、決して放置してはいけない病気といわれています。長引くコロナ禍のストレスで心身の不調が続いているのであれば、迷わず専門家に相談することをお勧めします。

ところで、もともと春はこのような症状が出やすい季節です。寒さが緩和する春は、むしろ気分が上がってもいいようなものですが、実際には逆の状態に苦しむ方も少なくありません。東洋医学に造詣の深い薬剤師・恵木弘氏は『体がよろこぶ!「効く」漢方の正体』(草隆社刊)の中でこう述べています。

五月病という心の病は広く知られた病気ですが、実はその病名は医学用語にはなく、決まった概念や定義があるわけではありません。元来、五月病とは大学入学後の学生が、5月の連休が終わる頃から気持ちが落ち込み、無気力な状態になる状態が「語源」です。しかし、この心のスランプは5月に限りませんし、学生ばかりか一般社会人にも見られます。よく見られる五月病の症状は、抑うつ気分、思考抑制、不安感、焦りなど。不眠や疲労感、無気力などを訴える場合が多いようです。原因は新たな環境に適応できずにストレスがたまり、解決しようとして気持ちが焦ることにあるようで、なんとかしようと思えば思うほど深みにはまってしまいます。ひどくなると自己嫌悪に陥って、死んでしまいたいなどと考えることもあるようです。

かつて五月病と呼ばれた春特有のこの不調を、いつからか世間では「春バテ」と呼ぶようになりました。春バテは倦怠感やめまい感、気分の落ち込みや不安感、不要なイライラ感、集中力の欠如、不眠などの症状が現れると言われていて、季節性とはいえ全く侮れません。

2021年に医師や各界専門家、企業で構成される「ウーマンウェルネス研究会supported by Kao」が発表した首都圏在住の835人(20~50代の男女)を対象にした「春の不調に関する意識調査」では、例年季節の変わり目である春(3〜5月)に、身体の不調を感じている人が6割を超え、精神面の不調を2人にひとりが感じていることが明らかにされました。こんなに多くの人に春バテ症状があるのならば、放置せずもっと積極的な対策が必要でしょう。

春バテの原因の1つに、春の新生活による環境の変化が精神的なストレスとなっているという説があります。それでなくても春は日照時間が長くなりますから、その分1日の活動量も増え、疲れやすさに影響するとも言われています。

しかし一番の原因は「春は一年の中で最も寒暖差や気圧の変動が激しいこと」にあるでしょう。三寒四温というように、春は寒かったり暖かかったり、ひどいときは1日の寒暖差が10℃以上になることもあります。そのような環境に自律神経が振り回され、バランスが乱れてエネルギーを無駄に消耗してしまうのです。

同じように、低気圧と高気圧の入れ替わりが激しいこともストレスになります。耳の奥の内耳が気圧の変化を感知しますが、これにより交感神経が刺激されれば、興奮状態になって心拍数の増加、血圧の上昇などを引き起こし、副交感神経が刺激されれば、全身の倦怠感、低血圧などを引き起こします。これが繰り返されることにより自律神経が乱れやすくなるのです。

春は穏やかで過ごしやすいというイメージを抱きがちですが、実のところは気付かぬうちに自律神経が疲弊し、ひどくなれば春バテの諸症状がもたらされるというわけです。

では、春が来たくらいでバテてしまう自律神経の弱さの原因は一体何なのでしょうか? これについて専門家は、いつもコントロールされた空調で過ごしていることや、運動不足、睡眠不足、昼夜逆転の生活、バランスの悪い食生活など、人間として不自然な生活が原因だと指摘しています。よく食べ、よく動き、よく寝て、よく休む。どんな健康法にもあてはまる大原則ですが、何かと思い通りにいかないストレス社会においては、これを完璧にクリアするのはなかなか難しいもの。どこかに歪みが出てきがちです。

そんなときには入浴習慣を味方につけるのが一番。正しい入浴法によりよく眠れたり、効率よく疲労回復ができたり、疲れにくい体質になったり、血流を改善したりと健康状態を簡単にグレードアップさせることができるのです。今回のテーマである、崩れてしまった自律神経のバランスをリセットしたい場合も入浴が最強の対処法です。普段、湯船に浸からずシャワー浴しかしないという人ほど効果が感じられるはずです。一般的に、40℃程度のお湯にゆっくり入ると副交感神経が刺激され、42℃以上の熱いお湯は交感神経を刺激して心拍数が増え、血圧が上昇するといわれていますので、症状に合わせてお湯の温度を選ぶといいでしょう。

入浴で大きな効果を得るためには、なんといっても銭湯のような大きな湯船での入浴がおすすめです。銭湯は浴室自体が広く、天井が高く、湯船も大きく、ジェットバスやサウナ、水風呂など特別な設備があります。これにより、小さな家庭風呂では得られないさまざまな健康効果が脳波、ホルモン、血流、自律神経などで如実に現れることが、これまで東京都浴場組合が行ってきた実験で分かっています。

銭湯の大きな湯船ではさまざまな健康効果が期待できる(写真:狛江市・富の湯

 

「自律神経」や「冷え」についての多数の著書がある、医師で東京有明医療大学の川嶋 朗教授は、春バテ対策の入浴として、炭酸ガス入りの入浴剤を入れた38~40℃のお湯に10~20分浸かることを推奨しています。

炭酸泉の効果については、以前当コラムでもご紹介したとおりですが、川島教授もまた、炭酸ガス入りのお湯は、血管を拡張し血流をよくするため短時間で身体を温めることができ、身体の疲れやだるさの改善が期待できるとしています。

炭酸ガスといえば、自宅のお風呂で使える入浴剤も話題を呼んでいますが、実際に効果があるかどうかは炭酸ガスの濃度に密接に関係します。多くの市販品の炭酸濃度は60〜150ppm程度。効果があるとされる1000ppmの高濃度タイプだとその分、高価です。銭湯には本格的な1000ppm以上の人工炭酸泉装置を備えたお店もたくさんありますので、ぜひお試しください。

最後に、銭湯ならではのメリットとして“移動”を要することが挙げられます。例えばリモートワークで家にこもりがちの人にとっては、銭湯に行くこと自体がちょっとした運動となり、ウォーキングの効果が期待できますし、面倒くさがりやの方にとっては、ただあてもなく散歩するよりも、目的があったほうが歩く意欲も湧くというわけです。医師で入浴研究の第一人者でもある早坂信哉教授は、銭湯の数ある入浴効果の一つとして「転地効果」をあげています。

リニューアルで高濃度炭酸泉を導入する銭湯も増えている(写真:台東区・改栄湯

ウォーキングとメンタルヘルスの関係については、長きに渡り多くの専門家が提唱しています。よくいわれるのがウォーキングにより「幸福ホルモン」と呼ばれるエンドルフィンやオキシトシン、セロトニンなどの分泌が促進されるということ。ウォーキングを継続することで心の不調が解消できるというものです。オキシトシンといえば、温冷交代浴により上昇することは以前お伝えしたとおり。結論として、ウォーキングと銭湯の相性の良さは抜群といえそうです。銭湯まで歩いて、温冷交代浴をして、身も心もさっぱりしたらまた歩いて家路につく。銭湯通いの習慣化で、春バテのみならず運動不足も心身のモヤモヤも疲労感も完全にリセットできるはずです。

このような時代において、ワンコインでここまで強力にリフレッシュできる場として、銭湯ほどコストパフォーマンスのよい施設は他にないでしょう。寒い冬を乗り越えてきたからこそ、春は銭湯で身も心も整えて、軽やかに過ごしていきたいものです。


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