「湯治」とは、お風呂(一般には温泉)に入って病気の治療をするという伝統的な言葉です。温熱や泉質が体に作用して不調をケアするわけですが、薬を飲むのと違って即効性があるわけではなく、少なくとも10日間以上温泉場に逗留して行うのが一般的です。

ただ、温泉でなくても、入浴自体に不調をケアする効果があることを、私たちはなんとなく感づいているのではないでしょうか。例えば、体が冷えて震えている時に、ざぶんと熱い湯に入り、汗をかいて調子を取り戻すとか、憂鬱さを感じている時にぬるめの湯に入り、たまったストレスを体外に流すような気分になったりとか。

お風呂に入って心身の変化に気付くことは、われわれ日本人ならほとんどの人が味わったことのある経験です。では、私たちはどんな心身の不調からの回復を入浴に期待しているのでしょうか。そして実際、入浴行為によって期待はかなえられているのでしょうか。昨年行われた全国調査「銭湯利用と健康指標との関連」では、そんな点にも焦点を当ててみました。調査対象者にこんな質問をしたのです。

現在あるいは過去、あなたの体調は以下に当てはまるものはありますか? また、それは銭湯での入浴によって改善が見られましたか? 改善した、変わりなし、悪化した、から該当するものを選んでチェックしてください。銭湯以外で改善した場合は「変わりなし」をお選びください。

表1がその結果です。また、上記の質問の「銭湯での入浴」を「家庭での入浴」に変えて、銭湯の非利用者にも質問しています。こちらの結果は表2です。取り上げた症状は、腰痛、肩こり、冷え性、カゼをひきやすい、肥満、膝が痛い、物忘れが激しい、不眠、便秘、疲れやすい、精神的ストレスが強い、の11項目。この調査項目を作成した東京都市大学の早坂教授が選定したものです。

《表1 銭湯での入浴による不調の改善》

表1の銭湯利用者の回答から見ていきましょう。「元から症状なし」と答えた人のうち、「物忘れが激しい」が半数近い47.0%、次いで「膝が痛い」の41.5%が回答者の多い項目。一方、少ない項目では、「肩こり」の20.7%、「疲れやすい」の24.8%となっています。なんらかの症状がある回答者の、「改善した」症状は「冷え性」がトップで19.6%、次いで「肩こり」の17.0%、「精神的ストレスが強い」の16.3%、「疲れやすい」の15.9%、「腰痛」の15.6%などが僅差で続き、「不眠」の12.2%までが2桁パーセンテージでした。

上記の数字は回答した銭湯利用者270名に対する割合ですが、270名から「元から症状なし」を差し引いた各項目では、「冷え性」27.5%、「肩こり」21.5%、「精神的ストレスが強い」22.8%、「疲れやすい」21.2%、「腰痛」20.9%、「不眠」19.8%となります。面白いのは、全体で9.6%だった「便秘」改善者が15.6%に、8.5%だった「膝が痛い」が14.6%に、それぞれ割合が高まったことです。

もちろんこれらは、入浴の効果として医学的に証明できる因果関係ではありませんが、銭湯を利用することによって冷え性が3割弱、肩こりが2割強「改善した」と自覚する人がいるということは注目できるでしょう。また、腰痛、膝痛といった老化と関連する骨格の症状、ストレスや疲れやすい、不眠などの精神性が強い症状も銭湯入浴で改善できたと感じている割合が高いのはすばらしいことです。

一方、全項目において、「変わりなし」が半数付近であることは当然かもしれません。推測ですが、各項目の症状を持っている方が「銭湯入浴で改善しよう」「改善できるはずだ」と確信して銭湯にやってくるとは考えにくいからです。「あの浴場に頻繁に行っていたら腰が痛いの、治っちゃったよ」という噂を聞いて、「じゃあ行ってみるか」という人もいるかもしれません。しかし前述したとおり、湯治は即効性があるわけではありませんから、「行ってみたけど変わらないや」という人は多くて当たり前なのでしょう。

ちなみに、この調査では次の質問もしています。

銭湯に行くとき、「体をきれいにする」以外にどんなことを期待していますか?

複数回答可の質問ですが、トップは「リラックスしたり、疲労が取れたりすること」の76.7%、次いで「老化防止、健康増進や体調不良の改善効果」の25.2%、「ダイエットや美肌効果」の20.4%となっています。4人に1人が健康改善を期待しているという意味で、銭湯はそれなりの責任を負っているのですが、「改善した」という数字と比較してみれば、そこそこ期待に応えることができているのではないでしょうか。

次に、銭湯非利用者に聞いてみた結果を見てみましょう(表2)。全体的に見ると、10%を越える「改善した」症状項目は、銭湯利用者の場合6項目あったのに対して、1つもありませんでした。「元から症状なし」を差し引いた割合で見ても、20%を越える「改善した」症状項目はゼロ(銭湯利用者は5項目)。10%台は「腰痛」15.0%、「カゼをひきやすい」14.0%、「肩こり」13.7%、「冷え性」13.4%と続きます。

《表2 家庭での入浴による不調の改善》

銭湯利用者と比較すると、非利用者は入浴によって日常的な心身の不調を改善することにあまり興味がないか、あるいは関心がないか、もしかすると入浴に対する期待度が低いのか、といったことが推測されます。この調査を主導した早坂教授によれば、銭湯入浴には温泉療法の「転地効果」と似たような要素があるかもしれない、とのことですが(「1010」誌第145号参照)、確かに家から出て銭湯に通う行動の動機には、家庭での入浴以上の健康効果に対する期待があると考えられるのかもしれません。

銭湯利用者と非利用者の調査結果から、ちょっと気になる数値の差に気がつきました。入浴によって「悪化した」症状項目のいくつかが、銭湯非利用者に目立つことです。「元から症状なし」を差し引いた割合で、「精神的ストレスが強い」の悪化が8.6%、「疲れやすい」の悪化が8.4%を占めているのです。この項目の悪化した銭湯利用者は、「精神的ストレスが強い」3.6%、「疲れやすい」が2.5%でした。家庭の風呂に入浴してより強くストレスを感じたり、疲れが取れなかったりする人の割合は、銭湯利用者の倍以上!

入浴を侮るなかれ、を明示する調査結果ですが、さらなる詳細な分析が望まれるところです。次回から、銭湯で「改善した」割合の多い症状項目のそれぞれについて、さらに深く追究していきましょう。


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