大田区民の筆者にとって、荒川区はアウェイです。荒川区に限った話ではないけれど、銭湯を目指して知らない街を歩いていると、見慣れない街並みや交差点の角度に、ちょっとだけ緊張します。と同時に、自分が今まで見たことのない素晴らしいお宝を発掘できるのではないか、とワクワクするのも事実です。
都電荒川線の車窓からどんどん流れていく見慣れない風景に、そこはかとなく旅情をかき立てられます。そんな中、ふと目に飛び込んでくる堂々たる銭湯の姿。荒川車庫前駅から徒歩わずか1分。都電の車内からも見えるのが、今回ご紹介する神田湯さんです。
のれんをくぐると、4代目店主の小倉さんと番頭の長谷川さんが笑顔で迎えてくれます。このお二人の絶妙なコンビネーションと街への深い愛情がとてもすてきで、神田湯を特別な場所にしている理由だなぁと思います。
■「神様が宿るような田んぼ」が名前の由来
「ここいらは、昔は神田という地名だったんです。この土地は水質が良くて、水田が多かったらしいです。その田んぼで収穫される米もとても良く、神様が宿るような田んぼというところから神田と名付けられたそうです」
小倉さんが語るように、神田湯がある地域は古くから水質の良さで知られていたとのこと。昔は温泉も湧き出で、温泉街としても栄えたそうです。温泉はなくなってしまったものの、神田湯さんでは現在もその地下水を汲み上げて使用していて、その清冽さは多くの銭湯の設備を手掛けるプロも認めるところ。
「地下水を汲み上げると砂が出ちゃうようなところが多いと聞くんですけど、この辺は全然砂が上がらない。釜を交換する時も、釜の下のサヤ(お湯を溜めるところ)に砂が全然溜まってないきれいな状態で、前回の工事の時もほとんど溜まってなくて、工事する設備屋さんも“珍しい”とすごく驚いてました」
何軒も銭湯を回っている設備業者すら驚くほどの水質。この恵まれた水脈こそが、神田湯の「良い湯」の源なのですね。
■「一言で言うと良い風呂」- シンプルで力強い自信
神田湯の特徴を尋ねると、長谷川さんは即座に、そして力強く答えてくれました。
「本当にもうストレートにね、一言で言うと良い風呂です。それは水のおかげ。小倉さんの言う通り、水がいいので必然的にお湯になっても良いんですよ」
このシンプルな言葉の裏には、1957(昭和32)年創業から4代にわたって守り続けてきた誇りと確かな自信があるんだな、と思いました。「良い風呂」――お風呂好きにとって、シンプルでいてとても魅力的な表現です。
■多彩なお風呂、あなたはどれから入る?
神田湯の魅力は数多くありますが、その一つは浴槽のバリエーションです。
「3種類の温度の、高温・中温・低温風呂を用意しているお風呂屋さんって、そんなにないと思います」と長谷川さん。
熱い湯が好きな人も、ぬるめが好きな人も、その日の体調や気分で選べます。途中で水シャワーを浴びたり、後述する外気浴スペース(男湯のみ)でクールダウンなど、組み合わせも自由自在。自分の好きな温度のお風呂を好きなだけ楽しめます。さながら、お湯のビュッフェレストランのようです。
二つめの魅力は「薬湯」です。創業当初から続く伝統の薬湯は、現在は漢方薬局と協力して独自にブレンドしたオリジナル。
「昔から実母散という薬湯はあったんですが、以前はなかった“じっこう”などをブレンドして、自分なりにちょっとオリジナル要素を加えたのが、神田湯の薬湯です」
一般的に薬湯はぬるめに設定されることが多いようですが、神田湯の薬湯は昔ながらの高温設定。その効果は、店主自らが日々体感しているのだそう。
「冬に掃除するときは、お湯を抜く前にちょっと足を突っ込んで温まってから抜くんですけど、他の浴槽のお湯と比べると、薬湯のほうがだいぶ温まったなって思います」
約8〜9年前に増設されたシルク風呂も見逃せません。ぬるめのお湯に微細な泡が広がり、お湯はミルク色。小さな泡が肌を包み込む心地よさは、一度体験したら忘れられません。もちろん、ぬるめに設定しているのにもちゃんと理由があります。
「シルク風呂の効果って、ちっちゃい泡がたくさん出て、それが肌を刺激して汚れも落とすし、きれいにしてくれるっていうのが売りだと思います。その効果はいわゆる炭酸泉とかと同じで、ゆっくりつかっていただきたいので、シルク風呂がぬるめなのはすごく良いと思っています」
2025年には、貯水タンクやボイラーの入れ替え工事を行ったそうですが、それと合わせて男湯・女湯ともすべてのシャワーヘッドが高性能なものに交換されました。
「今回の入れ替え工事に合わせたシャワーヘッド交換はもう圧倒的に他の浴場と違う。全部こういうタイプになってるお風呂屋さんってあんまりないと思うんですよ」
私もお湯をいただいた際に、シャワーヘッドのお湯の勢いと水流の細かさに驚きました。こういった細部へのこだわりの一つ一つが、神田湯の居心地の良さを作り出しているのだろうと思います。
男湯のみではありますが、脱衣場横に新設された外気浴スペースもイチ推しポイントの一つです。板張りの屋根のある屋外空間に休憩用の椅子が並んでいます。ここに座って、風に吹かれながら火照った体を冷ます……想像しただけで至福の時間ですよね。
■都内で一番売れてる!? 「トーキョーハイボール」
脱衣場の一角に掲げられた「トーキョーハイボール」の文字が目に留まりました。筆者は下戸なので、ハイボールはウイスキーのソーダ割りということくらいしか知りませんが、トーキョーハイボールって普通のハイボールと何が違うんだろう? と思って質問してみました。
「最初はキャンペーンで導入したんですけど、あまりにも売れるのでずっと続けて、ロングセラーなんですよ。もしかして神田湯はトーキョーハイボールを都内で一番売ってる銭湯なんじゃないかな!?」
人気の秘密は「しそ梅の絶妙なハーモニーにある」と話す小倉さん。
「梅サワーっていうのは普通にあると思うんですが、こっちはしそ梅風味。しそがほんのり香る」
風呂上がりの一杯。しその香りが鼻を抜けていく爽快な瞬間は、飲めない私が想像しただけでも喉が鳴ります。もちろん、トーキョーハイボール以外にもソフトドリンクも含めて幅広い飲み物が揃っているので、私のような下戸の方でも大丈夫! ちなみに神田湯のドリンク売り上げランキング1位はオロナミンCだそうです。
■神田湯の湯上がりはここで決まり! ふじ家での至福タイム
トーキョーハイボールの話が出たので、湯上がりの一杯ができるお店が近所にありますか? とうかがってみたところ、ありました! 神田湯を語る上で外せないのが、歩いてすぐの都電の車庫の先にある「家庭料理の店 ふじ家」です。
「さっきまで神田湯でお湯につかっていたお客さんたちが、そのままスライドしてふじ家さんにいます」と小倉さんが笑いながら教えてくれました。
神田湯の常連客が集う、まるで“はなれ食堂”のようなお店です。名物はチャーハン。
「これが不思議で、食べた感じがチャーハンとは違う。かといって、ピラフかっていわれるとピラフでもない」
なのに「一度食べると、しばらくすると無性に食べたくなる」というおいしさがあり、長谷川さんも小倉さんも必ず注文するのだとか。唐揚げと餃子もマストメニュー。日替わりメニューも充実しており、「何を食べてもおいしい」とのこと。神田湯の良いお湯で汗を流し、ふじ家で舌鼓を打つ。これ以上の夜があるでしょうか? いや、ない!(反語)
■子どもたちが大きくなったら自分の子どもを連れてこられる銭湯へ
取材の終わりに、小倉さんが思い描く未来の神田湯について語ってくださいました。
「お子さんに来ていただける銭湯を目指して、その子たちが大きくなった時に、自分たちの子どもをまた連れてきてくれるといいなと。そのためには今、お父さんお母さんと一緒にお湯に入って、お子さんに喜んでいただける銭湯を目指していきたい」
クリスマスにはお子さんを対象に、あひるのシャボン玉やおもちゃのプレゼント企画を実施しました。子ども向けの企画やアイデアについて話すときの小倉さんと長谷川さんの表情が、とてもやわらかかったのが印象的でした。
銭湯経営でいちばん大事にしていることを尋ねると、即座に返ってきた答えは「衛生面です。清掃、衛生。常にきれいに保つことを心がけています」
毎晩2時間半から3時間をかけ、時には夜明け前までふたりで隅々まで掃除をする。その努力の上に、神田湯の快適さは成り立っているんだなあ、と清潔な店内を見まわしながら実感しました。
■行きたいと思った時が「行き時」
レンタルタオルセット(バスタオル・フェイスタオル・ナイロンタオル)は驚きの50円。ボディソープは無料。つまり、手ぶらで行ける銭湯です。何かの用事で都電荒川線に乗った時は、「あ、神田湯行こう」と思い出していただけるとよいと思います。
最後に、長谷川さんが語った言葉が心に響きました。
「とりあえず一度来てください。ちょっと気になる、ちょっと行ってみたい、と思った時が行き時です」
都電荒川線の1日乗車券を活用して、沿線をあちこちのんびり散策しながら、気になるお店、映える風景、不思議な外観のお家など、自分だけのお宝をいっぱい発見してください。歩き疲れたら、沿線最大のお宝、神田湯へ行きましょう。神田湯さんは、都電沿線の宝石みたいな存在だと思います。良質な水を沸かした湯に身を委ね、薬湯で芯から温まり、外気浴でクールダウン。湯上がりにはトーキョーハイボールを片手に一息入れ、ふじ家でチャーハンを味わうのを想像してみてください。あなたの「行きたい」という気持ちが芽生えたら、それが行き時です!
(写真・文:銭湯ライター 山口安代)
【DATA】
神田湯(荒川区|荒川車庫前駅)
●住所:東京都荒川区西尾久8-38-3 (銭湯マップはこちら)
●TEL:03-3893-3413
●営業時間:15〜24時
●定休日:金曜
●交通:都電荒川線「荒川車庫前」駅下車、徒歩1分
●ホームページ:https://arakawa-sento.jp/2026/03/06/kandayu/
●X(旧Twitter):@kandayu1010

























