JR西日暮里駅から徒歩3分。道灌山通りを西へ向かい、最初の信号を右に曲がったところにある「富来(とぎ)浴場」を訪ねた。

 出迎えてくれたのは、店主の新谷節子さんと修一さん親子。節子さんは、御歳78歳。そのお姿は若々しく元気そのものだが……「それが5年ほど前に脳梗塞になってしまって。幸い発見が早かったので後遺症もほとんどないんだけど、自転車に乗れなくなったのがくやしくてねえ」。なんでも、病気をするまでは西日暮里から浅草あたりまで、自転車で出掛けていたんだとか! 現在は修一さんと二人で、店の掃除から仕込みまで全てをこなしている。「たまにお客さんが掃除を手伝ってくれるんです。“お風呂屋さん、やめないでね” なんていいながら(笑)」(節子さん)。ちなみに屋号の「富来」は、創業した初代の出身地である石川県の能登にあった町名からとったものだ(現在は合併により志賀町に)。

 富来浴場の開業は、昭和32年12月5日のこと。当時、結婚したばかりの節子さんは、建築中から富来浴場の住居部分にご主人と住んで、開店の準備をしたのだという。「自分で開店したから、開店日のこともよく覚えてるんです。今年で58年目になりますが、店は私そのもの。私の城なんです。だから、やめるにやめられない(笑)」。修一さんが小学校5年生のときにご主人を亡くして以来、三人の子どもを一人で育てながら店を守ってきたというから、お店に対する愛着も人一倍だろう。

 早速、浴室に足を踏み入れると、あれ? 壁が真新しい水色一色! 以前は背景画があったはず!? 「実は背景画の下地に穴が開いちゃって、全部張り替えたところなんです。そのうち、富士山を描いてもらおうと思っています」(修一さん)。一面水色なのは新鮮ではあるけれど、富士山がないとちょっと寂しい。新しく描かれる日が楽しみだ。

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 富来浴場は関東では珍しく、浴室の真ん中に小判型の湯船がある。この配置だと後ろに人がいないからお湯がかかるのを気にしないで済むのがいい。しかし、銭湯の経営者からすれば、配管などの設備が傷むと、浴室のタイルを壊して大掛かりな修理をしないといけないので大変らしい。とはいえ入浴客の利便性を優先し、昭和32年の開店以来この配置を守っている。

 2つに分かれた湯船は広くて浅いほうが、ややぬるめ。深いほうは熱めだ。水色一色の壁を見ながら、そのうち描かれるであろう背景画を思い浮かべて湯につかった。

 浴室の角にある湯船は日替わりの薬湯。りんご、緑茶、備長炭などが好評だが、一番人気は体が温まる「靄(もや)」(乳白色の入浴剤)だそうだ。

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 さて、修一さんが店を継いだのは22歳のとき。おじいさんが「自分でやりたいというまで、やらなくていい」という方針だったので、高校を卒業してから継ぐまでの4年間は家にもあまり寄り付かず、銭湯の仕事も手伝わなかったという。そして、同級生が大学を卒業して社会人になる頃、風呂屋を継いだ。「もともと風呂屋を継ぐつもりだったんですが、遊んでいた4年間で覚悟ができました。あの4年間があったから今も風呂屋を続けていられるんだと思います」。節子さんは「自分から継ぐって言ったんだから、責任持ってやらなくちゃね」と笑う。

 訪れるお客さんは早い時間はお年寄りが多く、駅に近いことから夕方以降は会社帰りのサラリーマンが立ち寄ることも多い。また、最近は非日常感を求めて来る若い人が増えているとか。「ネットでうちのことを知って来てくれた人は、またネットで情報を発信してくれることが多いのでありがたいです」(修一さん)。ボディーソープとシャンプーは備え付け、貸しタオルもあるので身一つで入れるのがうれしい。

「よくいらっしゃるお年寄りのお客様は、一人暮らしの方が多いですね。風呂屋に来て、その日初めて人としゃべる、という人もいます。お客さん同士、時間を合わせて来てお風呂でおしゃべりして帰る。もし来ないときは、心配してお客さんがその方の家へ様子を見に行くこともあります。コミュニケーションの場であり、見守りの場でもありますね。だから、地域のためにも店を守っていかなきゃなと改めて思いますね」(修一さん)。

 ところで、荒川区では現在29軒が営業しているが、廃業が続く銭湯業界を盛り上げるため、PR活動に力を入れている。

 例えば、スポーツ大会に参加した子どもに入浴券を配る「少年スポーツ大会応援事業」、親子の入浴料が無料になる「親子ふれあい入浴」(6〜11月の第3土曜実施)、70歳以上の高齢者が200円で利用できる「ふろわり200」など。ほかにも「荒川銭湯寄席」、銭湯で体操する「銭湯deころばん体操」なども実施。9月19日からは「荒川銭湯スタンプラリー」も開催する。こうしたイベント情報を盛り込んだ「あらかわ銭湯マップ」も配布中だ。

「昔は親や友達と銭湯に行くのは当たり前の光景でした。今は下町といえども銭湯を知らない子どもが増えていますから、イベントを銭湯の楽しさを知るきっかけにしてほしいですね。高齢の方は銭湯を健康増進に役立てていただければと思います」(修一さん)。

 富来浴場は、北区、文京区、台東区との区境に位置し、谷中銀座や夜店通りなどの人気スポットも近い。散歩のついでや会社帰りにもぶらりと立ち寄りたくなる駅近銭湯だ。また、ランナーの荷物の一時預かりにも対応しているので、上野公園界隈でランニングする機会があれば、ぜひ利用したい。

(写真・文:編集部)

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脱衣場には昔ながらのカゴも設置(女湯)

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新谷節子さんと息子の修一さん

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正面の上のほうに破風屋根が見える

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日替わりの薬湯を実施

6-荒川銭湯マップ

イベント情報を掲載した

荒川区の銭湯マップを配布中


【DATA】
富来浴場(荒川区|西日暮里駅)
●銭湯お遍路番号:荒川区17番
●住所:荒川区西日暮里4-22-10
●TEL:03-3828-0230
●営業時間:15時半〜24時
●定休日:日曜
●交通:山手線「西日暮里」駅下車、徒歩3分
●ホームページ:–
銭湯マップはこちら

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