業種を問わず名物店主がいる店は、とかく話題になることが多い。提供するサービスや味、技術や情報で人を集めるだけでなく、際立った個性を持つ店主がいる店にはたいてい活気や独特の引力があり、さらに人が集まってくるものだ。銭湯業界にも本業に加え、マジックや木版画など、趣味の域をはるかに超えるレベルの価値を提供して人を集める、名物店主がいる。

今回ご紹介する「堤柳泉」(台東区千束)の店主もその一人。銭湯経営の傍ら、フルマラソン42.195Kmをなんと2時間台で走りきる「サブスリー」と呼ばれる市民ランナーでもある。フィジカルがタフな銭湯店主はいくらでもいそうだが、こちらの店主はタフに加えて極めて、かなり、人並み以上に脚が速いらしい。
「堤柳泉の自慢はどんなところですか?」と尋ねれば、即「店主ですね」と返事も速い。
そんな「サブスリー銭湯店主」「走るお風呂屋さん」が牽引する「堤柳泉」の魅力を、こちらはゆっくりと探っていくとしよう。

ウワサの「サブスリー銭湯店主」

<銭湯激戦区の中で>
「堤柳泉」が店を構える台東区千束4丁目は、台東区を隅田川の言問橋から鶯谷まで東西に横断する言問通りの北側に位置している。台東区のホームページによれば、2021年11月現在、台東区には休業中を含め23軒の銭湯があり、その過半数がこの言問通り以北の徒歩圏内エリアに集まっていることがわかる。

また台東区は東京都の自治体の中で人口及び面積に対する銭湯軒数の割合が最も高い。東京メトロ三ノ輪駅から裏浅草までを結ぶ土手通り沿い、山谷や吉原という下町文化の匂いも強く残るこの浅草エリアは、まさに銭湯激戦区であり、銭湯はこのエリアではまだまだ身近な生活の一部として機能している。昔から、そして今もなお「浅草っ子は銭湯好き」だ。

昨今のサウナブームを反映してか、あるいは最近活発になってきたSNS発信の影響だろうか、また人気アニメの舞台が吉原遊郭であることから聖地巡りに訪れる若者も増えてきたようだが、銭湯発のブームや情報共有を起点とした人流の変化が、このエリアに顕著に見られるとも聞く。

台東区HPより

吉原大門「見返り柳」を目印に

吉原大門交差点の「見返り柳」を目印に、一本奥の路地へ入れば「堤柳泉」の建物が見えてくる。昭和25(1950)年にこの地で創業、隅田川の土手としての「堤」、吉原大門の「柳」、清らかな地下水の「泉」が屋号の由来。平成4(1992)年に現在のビル型銭湯に改築した。3代目店主は 梅澤重成さん。例の「サブスリー銭湯店主」である。大学卒業後数年間の教育関係の仕事を経て、27歳から家業の銭湯に従事。地域町会の青年部長も務めながら44歳で当代を継ぐことになり、その時の決意のしるしとして、ランナーサインを入れたあの印象的なスカイブルーののれんを新調したそうだ。このランナーサインは今では「ランナーズ銭湯としての堤柳泉」を象徴するアイコンとして広く知られるようになってきた。銭湯激戦区の中で「堤柳泉」が際立つ、まず一つ目の側面だ。

「堤柳泉」を象徴するのれんのランナーマーク

<ふろともランニングクラブ>
梅澤さんが走ることを始めたのは意外にも35歳の頃。遅咲きのランナーかもしれない。近所の年上ランナーに誘われて、初めはジョギング程度だったそうだが、元々さまざまなスポーツの経験を持つアスリート体質と、負けず嫌いな浅草っ子気質にマッチし、次第に大会にも出るようになっていったという。

東京マラソン2014 記録 2:56:18!

大会でもひときわ目立つのぼり

繰り返し走るうちに梅澤さんが気付いたのが「ランと銭湯の親和性」。走った後のクールダウンや疲労回復、リフレッシュには銭湯が効果的だと改めて体感しているそうだ。「堤柳泉」の浴室壁にはランナーにもおすすめの温冷交代浴の方法が貼り出されている。サブスリー銭湯店主がいうのだからきっと間違いないだろう。

人見知りせず、すぐに周囲の人と仲良くなれる梅澤さん(名物店主たるゆえん)だけに、「走りを楽しんだ後こそ、銭湯が効果的ですよ」「近所の隅田公園周辺はおススメのランニングコースです」など、いつも気さくにお客さんと会話を楽しむ。ランナー仲間が増えるに連れ、一緒にランを楽しんでから「堤柳泉」でひとっ風呂! というメンバーが自然と増えてきた。

こうして結成されたのが「ふろともランニングクラブ 堤柳泉」。年齢も住まいもさまざま、現在は30名以上で定例のランニングや駅伝大会、マラソン大会へのエントリーなど「みんなで走るときは楽しく、個人で走るときはガチで」活動中。

梅澤さん曰く「なによりみんな、走るのと同じくらいウチの銭湯が好きですね」と胸を張る。なるほど「ランとも風呂クラブ」ではなく、まず「ふろとも」ありきだということがうかがえる。そしてこの愛される自分の銭湯を、店主自身が大好きであることも素直に伝わり、その銭湯愛に遠くからも近くからも、人が集まる。

アットホームな雰囲気でランと銭湯を楽しんでいます!

ランニングで名所めぐりも!

大分ゆっくり進めてしまったが、少々ピッチを上げて「堤柳泉」の中を見てみよう。

 

<解放感とバリエーション豊富な変わり湯でくつろぐ>
平日昼の1時、開店時刻を待ちわびたお客達が次々にスカイブルーののれんをくぐって行く。大方は近所の旦那衆。銭湯好きの浅草っ子たちだ。そこにちらほらと若い女性の姿も見える。そして土日になると、遠方からのランを楽しんだ後、汗を流し疲労を回復させようとランナー達も大勢集ってくる。

爽やかなのれんが迎えてくれる

下足を納め、階段を上がった2階にフロントがある。かなり広めに空間をとった、開放感あふれるフロントスペースだ。新型コロナウィルス感染拡大防止に向けた対策もきちんと行われている。フロント周りには諸々の営業案内と並んで、Tシャツなどオリジナルグッズの展示や「ふろともランニングクラブ」の活動記録、「堤柳泉」周辺の観光を兼ねたおすすめランニングコースの紹介などが掲出されている。フロントスペースは湯上がり後の談笑や、店主とのコミュニケーションの場として適した広さであることもうれしい。近所の常連客にとってもクラブハウスのような明るい雰囲気だ。

広々とした空間でコミュニケーションも弾む

NO 銭湯、NO RUN

 

男女それぞれののれんの奥、脱衣場も広々としてかなり開放感がある。浴室を含めたフロア床面積の半分以上はフロントスペースと脱衣場で占めているのではないだろうか。ランナー達にとって使い勝手が良い広さを有したスペース、というのが後付けの理由だとしても、この広いフロントスペースと脱衣場はうれしい。ランナーだろうがなかろうが、くつろぎ指数がグッと上がる。
後編に続く)

居心地の良い脱衣場は広々!

(写真・文:銭湯ライター 佐藤明俊


【DATA】
堤柳泉(台東区|三ノ輪駅)
●銭湯お遍路番号:台東区 14番
●住所:台東区千束4-5-4(銭湯マップはこちら
●TEL:03-3871-2395
●営業時間:13~22時/日祝は12時から営業
●定休日:月曜
●交通:東京メトロ日比谷線「三ノ輪」駅より徒歩10分/
東京メトロ日比谷線「三ノ輪」駅よりバス。「吉原大門」下車、徒歩1分
●ホームページ:http://teiryusen.jp/
公式Twitter:@teiryusen
公式Facebook:https://www.facebook.com/堤柳泉-321566937856771/

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