今回、訪問する前に編集部から届いたメールには「奥様が切り盛りしている銭湯」だと書いてあった。「男社会の銭湯経営に奥様が切り盛り?」と驚き、目をパチクリした。一体どのような方なのだろうかと俄然興味が沸いてきた。

当日、脱衣場の掃除を終え、店先に笑顔で迎えてくれた女将・平野早織さんは、明るく凛とした印象のご婦人だった。きっと、女将さんと話したいと楽しみにしている常連さんが多いだろう。それが第一印象だ。

今回は平野さんが切り盛りする「松の湯物語」をお届けしたい。

 

【下町の趣を残し、お客様のニーズに応える銭湯】

都営新宿線「菊川」駅とJR総武線「錦糸町」駅の中間にある松の湯は、地域の方が日常的に通う銭湯だ。近所に相撲部屋があるため、運がよければ力士に遭遇する銭湯でもある。

平野さんは先代の経営者から6年前(2013年)に経営を引き継いだ。これまでの松の湯のよさを残しながら、券売機やWi-Fiを設置し、近況をSNSで発信している。デジタル対応が進む一方で、下駄箱の鍵を脱衣場に置き忘れないように、下駄箱の鍵とロッカーの鍵をフロントにて交換する、人の温もりが伝わる店作りをしている。
浴室に入り、まず目に飛び込むのは、ヨーロッパの風景を思わせるタイル絵だ。白鳥、ヨット、虹、城などが描かれている。ジグソーパズルも面倒くさいと思う筆者は、この壮大なタイル絵を見て純粋に「気が遠くなる作業だ」と思った。作業工程はわからないが、工程を想像しながら眺めるのも楽しい時間だ。

タイル絵が目を引く浴室

薬湯もやっています

浴槽は、仰向けにつかると体に心地よい角度でジェットが当たる寝風呂、座り姿勢の電気風呂、肩までつかれる深めの風呂、水風呂の4種類。水風呂以外は40℃前後で入りやすい温度だ。特にマッサージ効果を期待したい電気風呂は、肩までしっかり湯船につかることができ、電気のピリピリ感によって、ゆっくりと疲れを癒す。筆者は日頃の疲れのせいか、ジェット付きの寝風呂で本気でウトウトしてしまうという初の経験をした。

心地よい角度でジェットが当たる寝風呂

サウナーの必須アイテム・水風呂

浴室内には高齢者や体が不自由な方でも座りやすい高さの椅子があり、ここでも多様化に向けた策が講じられている。

 

【銭湯の女将さんになりました】

平野さんは元々銭湯とは縁もゆかりもない人生を歩まれていた。ご主人との結婚を機に自分が銭湯経営をしていく日がくるなんて、ゆめゆめ考えもしなかったと当時を振り返る。

――銭湯を営むと決断したきっかけは?

「きっかけというか、銭湯をやると夫が考え抜いて決めたことだから、ついていくだけだと思いました。正直、全く想像しなかったことだったので驚きましたが、自分が支えなくては! と思ったんです」

―― さまざまなご苦労があったのでは?

「経営を引き継いだ当時は、育児にまだ手がかかる時期で、初めての銭湯経営と育児の両立は、何がなんだかわからないうちに時間があっという間に過ぎていきました。子供が熱を出せば家にいなくてはいけないし、スタッフや先代の女将さんに助けてもらいました。一人では両立できなかったと思います。それでもよいこともあって、子供と一緒に店番をすれば、お客様が遊んでくれるし面倒を見てくれるので、うちの子は地域に育ててもらったと感謝しています」と、ほほえむ顔が誇らしい。

――銭湯を経営してみて感じることは?

「年中無休なので、気が抜けない毎日です(笑)。体力的に大変だけど、地域の方の励ましの言葉や、先代の女将さんとスタッフが支えになっています。あとは子供に寂しい思いをさせたくないので、シフト休みの時は子供との時間を大切にしています。何がなんでも、子供が最優先ですね」

――ご自身が描く松の湯さんの夢や目標は?

「お客様が帰る時に、みんないい顔で帰っていく銭湯でありたいですね。それと地域の皆さんにとってコミュニケーションの活性の場になるといいな」

平野さんの話を伺い、女性ならではの気配りを目にして改めて気がついた。銭湯という職業は力仕事と接客業だ。もしかすると、男女の特性をどちらも活かせる職業ではないか? 力仕事が女性に不向きであれば男性が補い、番台が男性に不向きであれば女性が補えばいい。単純ではあるが、よくある「女のくせに」「男のくせに」といわれることもなく、互いの得手を活かせばいい。

周りの支えを得ながら、母として女将として松の湯を切り盛りする平野さん。お客様の「いい顔」を毎日見ているせいか、キラキラして見える。ご主人を信じ、地域を大切にする平野さんの愛情たっぷりの松の湯へ出かけてみては。

(写真・文:銭湯ライター 山村幹子


【DATA】
松の湯(墨田区|両国駅・錦糸町駅)
●銭湯お遍路番号:墨田区 39番
●住所:墨田区緑3-4-6
●TEL:03-3846-8988
●営業時間:15~24時/日曜は8~13時も営業
●定休日:無休
●交通:総武線「両国」駅、「錦糸町」駅よりそれぞれ徒歩10分
総武線「錦糸町」駅よりバス。「緑3丁目」下車、徒歩2分
●ホームページ:http://www.matsuno-yu.com/
●Twitter:https://twitter.com/sentoyoitoko
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※記事の内容は掲載時の情報です。最新の情報とは異なる場合がありますので、あらかじめご了承ください。

「Free Wi-fi」と「Welcome」に旅行者の足も止まる

いつも清潔な脱衣場。湯上がりは縁台でひと休み

コインランドリーもあります

錦糸町駅付近から見えたスカイツリー

ロビーの水墨画は、すみだクリエイターズクラブとの
コラボイベント「LIVEペインティング」で描かれたもの