50年以上、銭湯で働いてきた京川さん

「銭湯で働くって、最高ですよ。家の中なので自由にいられるし、待っていればお客さんが来てくれるんですから」
笑顔で語るのは、2020年7月から世田谷代田の新寿湯をご主人と経営している京川陽子さん。これまで浅草橋、新宿、江戸川橋など数々の銭湯で働いてきたという。
「もう50年以上、銭湯で仕事をしていますね。しばらく休んでいたんですが、主人が脳内出血で倒れて面倒をみないといけなくなって。夫婦で一緒に住みながら働けるところはないかと探していたところ、こちらの銭湯が経営者を探していて、ご縁をいただいたんです」
ご主人の体も今はほぼ回復し、陽子さんと一緒に銭湯の仕事をされている。
「主人も私も石川県出身なんです。東京に出てきてからずっと夫婦で銭湯で働いていますね」

この道50年のベテランの京川さん

これまでの銭湯で楽しかった経験を聞くと、浅草橋の銭湯時代、近くのお相撲さんが来ていた話を教えていただいた。
「近くに高砂部屋があったんですね。平成の初めで、塩をバーンと派手にまく水戸泉さんがいたころで。銭湯に来た部屋の若い力士さんから『場所を見に来てよ、おねえさん』とか冷やかされたりしてね。まあ、私も若かったですから(笑)」。まさに銭湯のプロという感じで、京川さんの話には長年勤めあげてきた余裕を感じる。
新寿湯は元は番台式だったが、このたびのリニューアルでフロント式になった。
「リニューアルといっても、あまり大きくは変わっていないんですよ。湯船もひとつのままで水周りもあまりいじってなくて。それよりも地元の人たちのために銭湯を早く再開することが大事だと思いました」

7月にリニューアルされ、きれいになった入り口

薪で沸かしているためお湯がやわらかいと評判

銭湯の周りも自分の家だと思って心を込めて掃除しています

この日の取材でオープン前の銭湯を訪れたところ、ちょうど店の前を京川さんが掃除していたところだった。
「秋冬は木の葉が多く落ちてきますから、ていねいに掃除をしないと。やっぱりお客さんに気持ち良く入ってきていただきたいですからね。銭湯の周りから先の環七の信号のところまで掃除するのが日課です。銭湯の周りも自分の家だという気持ちで、心を込めて掃除しています」
京川さんのお客さんを大切にする気持ちが強く伝わってくる。各地で長年、銭湯の仕事をされてきた京川さんから見て、世田谷のお客さんはどのように映っているのだろうか?
「下北沢が近いせいか、やっぱり若い方が多いと思います。営業時間を夜12時までに延ばしたこともあって、男女のカップルとかも来てくれるようになったと思いますね。もちろん、これまで常連だった高齢の方たちもよく来ていただいています」
特に高齢のお客さんからは、仕事をしていく上で元気をいただけるという。
「腎臓が悪くて週3回透析しているお客さまが、週2回くらいいらっしゃるんですが『やっぱりお風呂だよなあ』という言葉を聞くと、銭湯の良さを感じます。その一方で、お年寄りの常連さんを何日も見ないと『どうしちゃったのかなあ』と心配にもなりますよね」
若いときは気がつきにくかった高齢の方々の気持ちが、自分も60歳を越えた今はよく分かると京川さんは言う。

薬用成分入りの大きな湯船はジェット座風呂も楽しめる

とてもリラックスできる広い洗い場

マルシェのような食材の販売が大好評

今回のリニューアルで大きく変わったのが、フロントの隣で野菜と果物の物販を始めたことだ。見るとトマト、キャベツ、キュウリ、玉ねぎなど、赤、緑、黄と色とりどりのフレッシュな食材が並んでいる。まるでマルシェ(市場)である。

カラフルな野菜の中には、バラ売りをしているものも

「娘が飲食店をやっているので、そのルートで。特に地元の世田谷産というわけではなくて、静岡や山梨などいろいろなところから良いものを仕入れることを心がけています」
この物販のアイデアは大ヒット。お客さんからも「近所のスーパーより安い」と好評だという。

野菜販売は入り口の目立つところで

「銭湯に来ていただいたお客さんが喜んでくれたらいいと思っているだけなんですけど、評判がいいのはとてもうれしいです。ほとんどの野菜はここで間に合わせるというお客さんも何人かいらっしゃいますね。私も売れ残ったものを食べていますけど、とってもおいしいですよ」。
料理も好きだという京川さんにこちらの食材を使ったおすすめのメニューを尋ねてみた。
「サラダなんてどうでしょう。新鮮な野菜を食べていると、調味料もいらないと思うんですよね。昔は肉や魚が大好きでしたが、最近は旬の野菜だけを食べていればいいんじゃないかとさえ思うんですよ」
さっそく食材を購入して、サラダを作ってみた。お世辞抜きで本当においしかった!

新寿湯の野菜で作ったサラダ

まさに体の外側を銭湯でキレイにしたあとは、家で野菜や果物を食べて体の中もスッキリというわけである。銭湯とマルシェ、この組み合わせはなかなかの発明ではないだろうか。
「もっともっとこの銭湯を地元の人たちに知ってほしいと思います」という京川さん。ご主人とふたりで協力しながら、地元密着の銭湯としてこれからも頑張っていただきたい。
(写真・文:銭湯ライター  目崎敬三


【DATA】
新寿湯(世田谷区|世田谷代田駅)
●銭湯お遍路番号:世田谷区 6番
●住所:世田谷区代田5-11-7
●TEL:03-3421-1126
●営業時間:16~24時
●定休日:月曜
●交通:小田急線「世田谷代田」駅下車、徒歩3分
●ホームページ:https://www.setagaya1010.tokyo/guide/shin-kotobuki-yu/
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