レンガって不思議だ。見ているだけで、あったかい気持ちになる。そのレンガの壁に頭を預けて湯につかりながら、勢いのいいバイブラに当たる。ここは極上の銭湯、新宿区にある福の湯。

●扉を開ければ、ノスタルジー

大通りから一歩路地に入れば見える屋号の看板、蔵をイメージした外観、おしゃれな外灯……など、外観からして期待していたものの、店内がこんなに胸が熱くなる空間だとは思ってもみなかった。入り口から脱衣場までは、怒涛のノスタルジー。そしてそれらは「大正ロマン」という言葉に集約される。

入り口の飾りが店のコンセプトを物語る

「親父は“古っぽい”……、今でいう“レトロな雰囲気”が好きでした」
福の湯・現店主(4代目)の高田勝美さんはそう語る。現在の「大正ロマン」をイメージした造りに改築したのは、今から約30年前のこと。当時、勝美さんは銭湯の手伝いはしていたが、リニューアルに関しては「親父の判断が一番間違いない」と思い、先代に任せていたそうだ。「昔はこういう和風な感じ、そこまで好きではなかったんですよ。でも、今はこれじゃないと落ち着かないくらいですね」

早速、中へ進む。格(ごう)天井の下に広がる脱衣場は、レンガとこげ茶の木目がほどよく調和をとっている。天井に次いで目に入る、のっぽの水銀灯。ここが脱衣場ということを忘れ、いつか来た街角のように懐かしんでしまう。そんなふうに心を動かされてしまうのは、私だけではないはずだ。

女湯の脱衣場

●レンガと日差しはあったかい

そして、浴室へ。薄桃色と水色のタイルの床に足を踏み入れれば、頭上には高い高い天井。どっしりと据えられたレンガの壁が、視覚的にも温かい。関東では浴槽は奥に位置することが多いが、福の湯は男女の境界に寄せた配置だ。浴室のど真ん中に位置する浴槽から湯気が立ちこめる景色はとっても美しい。

男女の境にはどっしりとレンガの壁

浴槽は2つ。広い主浴槽は多機能で、勢いのいいバイブラ、ジェット2機。またそれらの泡が流れてこない静かなエリアもあり、1つの浴槽で3種の機能が楽しめる。中でも私が感動したのはバイブラ。とてもいい勢いでプクプク弾けている。お鍋の中の具材になったかのように、その振動に身を委ねる。

手前にあるのが主浴槽

奥にはコンパクトな深湯がある。フツフツフツ……と、くすぐったい気泡が床から出ている。隣のバイブラの威勢のよさと打って変わって、だ。このギャップが心地よい。

奥にある深湯。浴槽の底から気泡が出てくる

どちらの浴槽に浸かっていても、高い高い天井を眺めることができる。湯気と一緒に、悩みごとも消えてゆきそうな気がする。そんな心地よさは、「熱すぎず、心地よく熱い」という温度のせいかもしれない。湯の温度は、季節ごとに調整しており、寒い冬は最高約44℃、夏は最高約42℃。先代の頃はもっと熱い温度だったが、お客様に合わせて現在の適温に落ち着いたそうだ。燃料代の負担は、他のお風呂屋さん同様悩みの種ではある。しかし楽しみにしてきてくれる常連さんを思うと、「いい湯」「いい温度」をしっかりと準備をしておきたいと思うそうだ。

 

●レンガのサウナ小屋に、いらっしゃい

またひときわ存在感のあるレンガで囲われた一画は、サウナとなっている。浴室内にレンガの建物があるので、海外のサウナ小屋に来ているような(注:筆者は行ったことはないので妄想である)錯覚が味わえる。

中は、横一列で座れる造り。親切なのは、傾斜のある背もたれが高い位置までついている点。遠慮なく体を預けられるのが最高だ。水風呂はないが、サウナのすぐ隣にレンガで囲まれたシャワーエリアがある。レンガだと一般的なタイルよりも水ハネが少ない気がする。なので、周囲に気を配りながら、ちょっと強めの勢いで水シャワーに当たってみてほしい。しっかりと交互浴も楽しめる。

背もたれしやすいサウナ

サウナ横のシャワーブースもレンガ造り

●家族の思いが詰まったおもてなし

湯上がりに改めて見渡すと、お湯と建物以外にもおもてなしの魅力をヒシヒシと感じた。

まずは、前述の先代による装飾だ。
建築の造形による郷愁に加えて、店内に丁寧に飾られた品々がいい味を引き出している。提灯、傘、浮世絵、お面……。一つ一つを眺めるのが楽しい。先代は旅好きで、店に飾る小物をお土産に帰ってくるのがお決まりだったそう。どこにどんな土産を飾ろうか? と思いながら、旅先で買い求めたのではないだろうか。先代が飾った位置はほとんど変えず、今も店内の雰囲気を作っている。

玄関に飾られる先代が旅先で購入した装飾品

リニューアル前に玄関の屋根に掲げられていた「懸魚(げぎょ)」

もう一つは、奥様による草花の鉢。入り口からたくさんの種類の草花が迎えてくれて、とてもにぎやかだ。陽の当たる時間に鉢を移動させる世話等も、奥様がマメにしているそう。なるほど、どおりで草花たちが元気そうな訳である。

その奥様、占いでは“天職は風呂屋”と出たそうで、勝美さんは「かみさんにはかないませんよ」とほほえむ。

奥様が手入れされる鉢は約75個

先代は旅好き、奥様はお花好き、と知ると、勝美さんの趣味もふと聞きたくなった。「実は、休みの日は温泉に行くのも好きで……」。ならば、ご自身もお風呂屋さんが天職なのでは! しかし「湯上がりのお酒が好きなだけです」と謙遜されていた。

さて、福の湯はお風呂屋さんが天職ともいえる高田さん夫婦と娘さん、掃除を手伝う甥御(おいご)さんの4人で営まれている。かつてこの空間を守り抜いてきた、先代ご夫婦が今いらっしゃらないことは寂しい。しかし、勝美さんは両親の思いが詰まった場所で、こうして家族で銭湯を経営できることはありがたいと思うそうだ。「おかげさまでどうにか成り立っています。このままできる限り、お湯を沸かし続けたいですね」と勝美さん。

大正ロマンだけではない、高田家のおもてなしが込められた福の湯。ぜひ立ち寄ってみてほしい。
(写真・文:銭湯ライター 銭湯OLやすこ


【DATA】
福の湯(新宿区|下落合駅)
●銭湯お遍路番号:新宿区 2番
●住所:新宿区下落合4-25-10
●TEL:03-3951-5925
●営業時間:16~24時
●定休日:月曜
●交通:西武新宿線「下落合」駅下車、徒歩8分、西武池袋線「椎名町」駅下車、徒歩10分
●ホームページ:http://1010yuge-g.jp/
銭湯マップはこちら

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<福の湯トリビア>
フロント前にある柱と腰掛けは、改装前の「番台」の位置だそう。こうして、さりげなくいにしえへのリスペクトが盛り込まれている。