こんにちは、銭湯ライターの山口安代です。今回は、京王線「上北沢」駅にほど近い北沢湯さんを取材させていただきました。実は、以前京王線沿線に住んでいたことがあり、この上北沢駅を毎日通勤で通る度に、車窓から見かけて気になっていたお店が、この美容室です。
たとえチリチリヘアーにされて、「ハイ、開運ヘアーよ」と肩を叩かれても、笑ってお店を出られるくらいの懐の深さができたら行ってみようなどと考えたまま、別の場所に引っ越してこの美容室のことを忘れていました。
さて、個人的な思い出はさておき、上北沢駅を出てスーパーや商店の並ぶエリアを抜けて、閑静な住宅街に足を踏み入れると、右手に青空をバックにして立派な瓦屋根が見えてきました。入り口横の掲示板には、カラフルな可愛らしい手描きのお知らせがいくつも貼ってあり、見る者の目を楽しませてくれます。銭湯に限らず、こういったお店発信のメッセージは、例えばシンプルなワープロ文字や、墨痕みずみずしい筆書きなどさまざまですが、店主の人柄がにじみ出る気がします。行く先々の銭湯でこういったお知らせを拝見するたびに、「どんなご主人なんだろうなあ」と想像を膨らませるのも楽しみです。
こちらの店主さんは、とても明るくやわらかい笑顔の女性でした。外のお知らせの印象そのままで、この方がやっていらっしゃる銭湯なら、心も裸になってぜんぶ丸ごとあったまれそう。
炭酸泉が新しいお客さんを呼んでくれた
2018年8月にリニューアルしたという北沢湯さん。お客様におすすめしたいポイントは、「リニューアル時に導入した炭酸泉」とのことです。炭酸泉はぬるめの温度設定なのでじっくりつかってものぼせないし、お湯から上がってもポカポカがずっと続くので、これからの寒い季節にぴったり。
また、ぬるめの浴槽を導入したことで、「子供と一緒に炭酸泉に入ってきれいになれる」と、小さなお子様連れのお母さんたちが、たくさん来てくれるようになったのも嬉しい驚きなんだとか。美肌にも良い炭酸泉。もし、上北沢周辺でつやつやの美人やイケメンを見かけたら、それは北沢湯さんのお客さんかもしれません!
北沢湯さんは昭和の初めに創業、現在の女将さんで3代目。初代と2代目のご主人は早くに亡くなられたため、経営は家族の中で女性が大きな役割を果たしてきたそうです。2代目だったお父様が亡くなって、長女である女将さんが跡を継ぐことになったそうですが、その経緯は本人曰く「家族や親戚、周りの人から、私が跡を継ぐことを勝手に決められていて、反抗する余地すらなかった」のだとか。自分の意思で銭湯をやろう、やりたい、と考えたことは一度もなかったのに、と笑いながら仰る女将さんに、尋ねてみました。「私は銭湯の仕事を1日体験したことがあります。本当に朝から晩まで気を抜く暇もない、生半可な気持ちでやっても続けられない大変なお仕事だと思います。それでも、続けて来られたというのは何か理由があるんでしょうか?」
女将さんが、ゆっくりと言葉を紡ぎながら出してくれた答えは、「やっぱり銭湯が好きだからだと思います。自分は銭湯で生まれ育ったし、天井が高く広いお風呂場で友達と遊んで過ごした、たくさんの思い出があります。毎日の仕事は休みもなく大変ですが、それでも、お客さんのお風呂上がりの気持ち良さそうな様子や、元気になったよ、ありがとう、なんて言葉をかけてもらえると、私の方が元気をもらっちゃいます」と、心の底から銭湯愛がにじみ出たお言葉でした。
また、北沢湯さんはどんな方にお勧めですか? と伺ったところ、「常連さんには年配の方、膝が痛いとか歩きづらいというお客さんが多いので、銭湯に来て元気になって欲しい。年配の方にとって、昨日できたことが今日もできる、そのできることを維持するということ自体が、もう成長なんです。そういうお客さんをいつでもあたたかく迎えられる銭湯でありたいです」と、お風呂にまだ入っていないのに、なんだかほっこりするお答え。あったまる~!
銭湯は、「21世紀の茶室」である
女将さんとの雑談の中で、「どうして銭湯では人に話しかけやすくなるのか」という話題になりました。お互い知らない者同士で偶然隣り合わせた、というのは電車の中や食事に行ったお店などでも同じなのに、お風呂に入ると不思議と話しかけることへのハードルが下がります。「裸だからかな? 人間どんなにお金持ちだったり偉かったり、着飾っていても、服を脱いだらみんな同じっていうのが目で見えるからじゃないかな」と、ニッコリ笑った女将さんはとてもチャーミング!
例えば、茶道では茶室のにじり口は誰もが頭を下げて入らなければならず、入った後は身分に関わらず、みなが平等にお茶を楽しみます。銭湯も、社会的ステータスや年齢やその他のものに左右されず、お客さんひとりひとりが同じ人間として平等に、お湯や人との一期一会を楽しむ場所。そういう意味では銭湯は「21世紀の茶室」と言えるのかもしれません。
どんなお客さんも「ゆっくり、あったまっていってね~」と優しく迎え入れてくれる女将さんの懐の深さが、北沢湯さんのあたたかい雰囲気を作り出していて、この銭湯がある上北沢の、どことなくほんわかした(冒頭の占い美容室さえも許容する)街の空気につながっているのかな、なんて考えました。ほっこりしたい時は、北沢湯さんへ行きましょう!
(写真・文:銭湯ライター 山口安代)
【DATA】
北沢湯(世田谷区|上北沢駅)
●銭湯お遍路番号:世田谷区 30番
●住所:世田谷区上北沢4−10−11
●TEL:03-3302-5265
●営業時間:15時半~23時半
●定休日:水曜(祝日は翌日休)
●交通:京王線「上北沢」駅下車、徒歩3分
●ホームページ:https://www.setagaya1010.tokyo/guide/kitazawa-yu/
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