みなさん、こんにちは。銭湯ライターの山口安代です。本日ご紹介する銭湯は、中央区の小伝馬町駅から歩いてすぐの場所にある、十思湯(じっしゆ)さんです。ところで小伝馬町という名前の由来を、みなさんはご存知ですか? 子供の頃から勉強が嫌いだった私は知りませんでした。当たり前のように地名として認識していますが、考えてみれば不思議な名前だな、と思っていたら、小伝馬町駅の近くに「大伝馬町」という地名も発見したので、ますます気になって調べてみました。

もともと“伝馬”とは、江戸時代に幕府や諸大名が人や荷物を運ぶための馬を主要な街道の宿駅ごとに配置した制度のことだそうです。この伝馬の施設でより多くの馬を準備している方が大伝馬町、馬の数が少ない方が小伝馬町と呼ばれるようになったとか(ちなみにこの伝馬の仲介業者がいた場所は、現在の馬喰町だそうです)。

同様に、十思湯というちょっと珍しい銭湯の名前の由来をご主人の黒川さんに伺ったところ、この銭湯が入っている建物は、かつて十思小学校があった場所に建っているからだそうです。十思湯さんが他の銭湯とちょっと違うポイントとして、まず「十思スクエア」という中央区の複合施設の中にあることがあげられます。建物の中には保育園やデイケア施設、地域包括支援センターが存在しており、十思湯は新しく建てられた別館の2階にあります。

十思スクエア別館入り口。十思湯は2階で営業

フロントではステキな笑顔のご主人がお出迎え

また、十思湯さんならではの特徴として「生活感がない」こともあげられます。今まで伺った銭湯は、ご家族で経営されているところがほとんどでしたから、リニューアルオープン直後のお店であっても、例えばご主人のご趣味やこだわりが反映された内装だったり、あるいは受付の飾り付けが心和むものだったり、どなたかのお宅にお邪魔しているような気分になることが多かったように思います。

一方、今年の7月で5周年を迎える十思湯さんは、例えて言うならホテルや旅館の大浴場のようです。脱衣場から浴室、サウナまでどこもかしこもピカピカで、洗い場はカランごとに仕切りが設けてあり、一人一人のスペースがたっぷり取ってあります。エントランス、通路、浴室にいたるまで、ゆったりとした、バリアフリーの考え抜かれた現代的な設計です。新しく建てられた区の施設内の銭湯ならではだなあと、広々したロビーの天井を眺めながら思いました。

清潔で気持ちの良い脱衣場

浴室にも手すりがあるので安心

洗い場のスペースもゆったり&仕切りが設置

立ちシャワーは2つ

さて、ご主人の黒川さんは以前、台東区の蔵前で別の銭湯を43年間も経営していた大ベテラン。蔵前の銭湯を閉めた後、縁あって十思湯を営むことになったそうです。

十思湯さんでの開店準備は毎日11時から始めるそうですが、ご近所で整体の仕事もされている息子さん、奥様と手分けして行なっているそうです。作業の様子をちょっとだけ拝見したのですが、ご主人も息子さんも、寡黙にお仕事されている様子がなんとも清廉かつ非常にカッコ良くて、剣術に打ち込む武士のようだと不謹慎極まりないことを考えてしまいました。

お客さんは常連さんが多いものの、仕事帰りに寄る社会人の方、ランニング後に汗を流しに寄るランナーの方など様々だそうで、日本橋という土地柄なのか、外国人のお客様もいらっしゃるそうです。

十思湯のおすすめポイントをお伺いしたところ、あつ湯(44℃)と普通の湯(41℃)の2つの大きい湯船でのんびり温まっていってほしいとのことでした。浴槽の背後の壁はブロックガラスの窓になっており、開店直後は明るい光が差し込む中で入浴が楽しめます。また、浴槽の脇の壁には大きな浮世絵風の絵があり、日本橋の歴史に想いを馳せながら入浴ができます。

広々とした浴槽!!

あつ湯とふつう湯の2種類

男湯の壁絵は歌川広重が描いた江戸時代の日本橋と富士山

女湯の壁絵は明治初期の日本橋川にかかる橋の賑わい図

男湯は乾式サウナ。水風呂も

女湯はスチームサウナ。タイルが可愛い

取材を終え、お礼を申し上げて十思湯さんを辞した時のことです。建物の入り口に石垣風の壁があり、よく見ると「伝馬町牢屋敷跡の発掘調査により出土した石を利用した」と書かれていました。また、入ってすぐのところには大きな牢屋敷の立体ミニチュアがあり、ちょうど通りかかった小学生らしき男の子がガラスに貼りつくような勢いで見ていました。ここは小学校が建つ前は牢屋敷だったのです。

安政の大獄で有名な吉田松陰も、ここに投獄されたそうです。松蔭先生が門下生に向けて詠んだ辞世の句は、石碑となってお隣の公園に立っています。公園で、ちょうど咲き始めた桜を眺めながら、この街を流れてきた長い長い時間に思いを馳せました。

私が立っているまさにこの地で、かつて牢に入れられたり釈放されたりした人。もしかしたら冤罪の人もいたかもしれません。そしてその家族。時代を下って十思小学校に通った児童と、その成長を見守る周りの人たち。

そして、21世紀の現在は温かいお湯を求める入浴客を、まるで剣術に励む侍のように仕事に打ち込む湯守人が迎えてくれる。数えきれない人たちがこの土地の上を行き交う姿が目に浮かび、胸が熱くなりました。

過去から続いてきた小伝馬町とその街に住む人々、またそれらに優しく寄り添う十思湯さんが令和を迎え、これからどんな風に発展していくのかを楽しみに、今後もお邪魔したいと思います。
(写真・文:銭湯ライター 山口安代

※浴室内の様子を動画でも紹介しています。下記からご覧ください。

【DATA】
十思湯(中央区|小伝馬町駅)
●銭湯お遍路番号:中央区 12番
●住所:中央区日本橋小伝馬町5-19
●TEL:03-6264-9920
●営業時間:15~23時
●定休日:日曜
●交通:東京メトロ日比谷線「小伝馬町」駅下車、徒歩1分
●ホームページ:http://www.268chuou.com/list/detail11.php
銭湯マップはこちら

※記事の内容は掲載時の情報です。最新の情報とは異なる場合がありますので、あらかじめご了承ください。

十思湯さんの入り口は別館の2階

すみずみまで丁寧に清められた浴室

十思スクエアの一階にある伝馬町牢屋敷の立体ミニチュア像

旧十思小学校の「十思」の名前の由来について記した説明板

牢屋敷跡から出土した石で復元した壁