JR常磐線の三河島駅から線路の高架の流れに沿った道路を歩いて7分。焼肉店などの飲食店やマッサージ店などが立ちならぶ活気あふれる通り。その中で藤の湯は元気に営業している。創業は昭和23(1948)年。今年で75年目という長い歴史を誇る。

通りに面した入り口はオープン前には行列も

お正月に銭湯をずっと支え続けてきたおばあちゃんが亡くなる

現在、藤の湯は二人の女性によって経営されている。母親の加藤節子さんと娘の恭子さん。60代と30代のお二人だ。昨年、2022年末までは祖母のらく子さんと3世代の女性3人が働いて、藤の湯を支えていた。
しかし今年のお正月にらく子さんが亡くなってしまう。95歳だった。

母・加藤節子(右)さんと恭子さん

長らく藤の湯を支えてきた祖母のらく子さん

節子さんが思い出を語る。
「1月4日に息を引き取りました。次の5日がおばあちゃんの96歳の誕生日だったんですけれどね……。90歳を過ぎてもフロントに座っていて、とても元気だったんです。フロントに上がるときは、おしゃれをして身ぎれいにしていたんですよね」

らく子さんのご主人で節子さんにはお父さまにあたる、恭子さんのおじいさまが85歳で亡くなったのが2010年。その3年後には節子さんのご主人も病気で亡くなるという不幸が続いた。
「そのころは大変でしたねえ。でも、きっといまごろは空の向こうでみんな楽しく会っているんじゃないでしょうか」と、節子さんは過去に思いをはせる。

 

まるで竜宮城のようなタイル絵

「うちは特にサウナもありませんし、ごくごく普通の銭湯です」と節子さんはいうが、藤の湯の浴場には“名物”がある。

海をモチーフにした、巨大なタイル絵だ。鮮やかな色に輝く魚の群れが泳ぐ。サンゴや亀も描かれている。小さなタイルがモザイクのように敷きつめられて、壁画のように描かれている。脱衣場からガラス越しに洗い場の中を見ると、まるで水族館のようなきらびやかさだ。本物の魚が泳いでいるようである。

さらに浴槽に入り、湯船中からタイル絵を見上げると、今度は自分が魚になった気分に。まさに海の中の竜宮城に来たような気分が味わえる。ちなみに、タイルの絵柄のデザインは、男湯と女湯が対になっている。

男湯から見たタイル絵

女湯から見たタイル絵

脱衣場からタイル絵が水槽のように見える

藤の湯が中普請をして改修工事を行ったのは1990年のこと。タイル絵もそのときに完成する。当時、まだ子供だった恭子さんが思い出を話してくれた。

「海のイメージは、そのときの、おじいちゃんが選んだ趣味なんです。そのころおじいちゃんはまだ60歳くらいだったのかな。当時でもけっこうな年だったのに、よくこんなかわいいのを選んだなあって思いますね(笑)。もしかしたら、おばあちゃんとも話し合ったのかも。でも、自分が銭湯を継ぐことになってから思うのは、タイル絵は掃除がしやすいということ。見た目の奇麗さに加えて、手間がかからないタイル絵を銭湯に残してくれたことに、あらためておじいちゃんとおばあちゃんに感謝しています」

ファンタジー感あふれるタイル絵は、子供たちにももちろん好評だ。
「このお風呂のお魚の絵を、近くの小学生の子が描いてくれて。その絵が、近くのJRの駅に貼られたんですね。そうしたら絵を見てくれた人が、遠くからわざわざお風呂に入りに来てくれたこともありましたねえ」(節子さん)
おじいさんの残したタイル絵という財産が、いまも藤の湯に新たなお客さんを呼び込んでくれている。

洗い場も湯船も広くてゆったり(女湯)

勢いのある水流が体に効くジェット風呂(女湯)

ほどよい刺激が心地よい電気風呂(女湯)

SNSで情報を発信して若い人にも銭湯にきてもらいたい

このように歴史のある藤の湯だが、2022年から新たな試みにチャレンジしている。ツイッターとインスタグラム、SNSでの情報発信だ。

担当しているのは、娘の恭子さん。
「去年の2月からツイッターを、4月からインスタグラムをはじめました。きっかけは臨時休業とかの告知をしたかったんですね。ときどき機械の故障で臨時休業の日とかあるので。あとは特別な入浴剤や果物を入れたりする“変わり湯”の情報ですね。“今日はミカンを入れたいよかん湯ですよ”とか、面白い情報をお知らせできたらいいと思って。やっぱりお客さまは、生活の一部としてお風呂に来ていただいていると思うんですね。なにか変わったものがあると楽しみになるんじゃないかと。銭湯のスタンプを集めながら各店を回っている若い人もいますよね。そういう人たちが来てくれるきっかけにもなればいいと思っています」

 

藤の湯のTwitter


藤の湯のInstagram


“インスタ映え”という言葉があるように、SNSの世界では、かわいい写真が大ウケすることがよくある。恭子さんにある提案をしてみた。
「インスタグラムで、タイル絵の全体の写真を載せていますが、お魚一匹ずつとか、サンゴだけとか、もっとアップの写真を載せてみてはどうでしょうか。インスタのこのお魚はどこにいるんだろう、と探しにやってくるお客さんもいるかもしれませんよ?」
「フフフ、面白いですね。ちょっと考えておきます」と恭子さん。ぜひ、写真がバズってもらいたいものだ。

近くで見るとタイルの微妙な色使いが分かる

祖父の代から引き継がれた「しっかりと挨拶」の伝統

「明るく清潔、大きなお風呂。挨拶をしっかりしています」
これは藤の湯を紹介するサイトに書かれている紹介文だ。
とても素敵なコピーだが、これについて尋ねると「おじいちゃんが昔聞かれてそう答えたんでしょうね、きっと」と恭子さん。

「『いらっしゃいませ』『ありがとうございます』というのは商売の基本ですよね。場合によっては常連さんには『こんにちは』とか。最後のお客さんには『おやすみなさい』とか。言葉を交わすと、言ったほうも言われたほうもお互いに気持ちいいじゃないですか? 父親からも『返事と挨拶は基本だからね』と言われていました。たぶん、父もおじいちゃんから言われていたんでしょうね」

節子さんも「挨拶はしっかり」というのは言われてきたという。
「この子(恭子)が中学生の時、銭湯でアルバイトをしてもらったんですけれど、『挨拶だけはちゃんとしてくれ』というのは、おじいちゃんから言われましたねえ」
告知がネットのSNSになっていくように時代は変わり、受け継ぐ人も代わる。
だが銭湯は続いていく。変わらないのはその店独自の銭湯のスタイルだ。
藤の湯のスタイルは「しっかりとした挨拶」にあった。
「最近ではコロナの影響もあって、ひと同士が無口になっていますよね。でも、銭湯のようなある意味社交の場での最低限の声かけは必要なのではと思いますね」

このあたり、荒川区という下町的な温かさのあるエリアの良さも影響しているのだろうか。
「他の地域と比べて雰囲気がどうとかは正直分かりません。でもまあ、お年寄りが多いというのはあるんでしょうか。高齢者のみなさんは、脱衣場なんかでも『最近は体の調子はどう?』とかお互い声を掛け合っているように感じます。あと三河島にはコリアンタウンがあるんですが、やさしい方が多いですよね。近所のおばさんが、よくキムチを持ってきてくれるんですよ」(恭子さん)
コリアンタウンをはじめ、長く住んでいる人たち同士の人情というのは間違いなくあるようだ。

この日の変わり湯は果実を入れた“いよかん湯”だった

洗い場のタイルには屋号の藤が描かれている

高齢者用に座面の高いいすも用意されている

これからもずっと銭湯を続けていきたい

すぐ隣に日暮里という大きな街がある三河島。だがひと駅離れるだけで、まるで昭和のころに戻ったような懐かしい雰囲気を感じる。
「だけど、この辺りにも大きなマンションとか建つようになっていますから。住む人の年齢層が上がっていくと、だんだん銭湯に来る人も少なくなりますからね。これからもずっと銭湯を続けていくためにいろいろと考えながらやっていかないといけません。若い人も来てくれるように、娘もSNSなんかを使って、頑張ってくれていると思います」(節子さん)

幸い今はボタンを押すだけでお湯が沸くガスの時代で、昔のように薪を使うような男手がかかる力仕事は減っているという。
「そうでもないと、やっていけないですよ」と節子さんはほほ笑んだ。
これからも藤の湯は荒川区の三河島において子どもからお年寄りまで、まさに水族館のようなシンボルとして愛されていくことだろう。
(写真・文:銭湯ライター  目崎敬三


【DATA】
藤の湯(荒川区|三河島駅)
●銭湯お遍路番号:荒川区 26番
●住所:荒川区荒川3-16-4(銭湯マップはこちら
●TEL:03-3807-1569
●営業時間:15時50分~23時45分
●定休日:木曜
●交通:常磐線「三河島」駅下車、徒歩7分
●ホームページ:http://arakawa-sento.jp/藤の湯
●Twitter:@fujinouarakawa
●Instagram:instagram.com/fujinouarakawa/

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脱衣場にあった「商売繁盛」と書かれた団扇。お客さんが持ってきてくれたという