コンクリートの打ちっぱなしの壁に描かれた、スタイリッシュなデザイン富士。
2022年10月にリニューアルした富士見湯は、品川区の荏原地区で創業70年以上の歴史を持つ。今回のリニューアルに伴い、サウナ室を男湯側に新設。銭湯としては斬新な値段設定で新規顧客を取り込み、人気銭湯に駆け上がった富士見湯の三代目にお話を聞いた。

 

●良質なサウナ空間を作りたい

温和な笑顔で対応してくれた三代目の渡部泰男さん。家業の銭湯を祖父、父親から継いで15年になるが、実はサウナは初心者だったという。今回のリニューアルにあたり、サウナ文化の基本を学び、サウナで得られる効果などをしっかり理解してから始めようと、かなりの数の本を読み漁ったそうだ。

そして出た答えが「禅をイメージした空間を作る」こと。

「無心になって、日頃のくたびれたものをマインドリセットするというイメージかな。グループで来るのもいいんですけど、どちらかといえば、一人で来て楽しんでいただく、というのがウチのコンセプトに合っているのかな、というのはあります」と話す。


中にも富士山! 総ヒノキ造りのサウナ室

ほのかな灯りの静かな空間の中には、全面ヒノキで造られたサウナ室、青白く光る水風呂、その横には、広めの畳敷きスペースが用意されている。ここで寝転ぶのもよし、座るのもよし。めいめいの時間を過ごすことができる。


広い畳敷きスペース。壁には「整い方は自分で決める」の一文が

●お客が来ない

今でこそ入場制限がかかるほどの人気店になっているが、改装前までは、減る一方の利用客対策に頭を悩ませていたそうだ。どうやったらお客さんが入るかを考え、浴槽をヒノキにし、水を軟水に換え、また、宣伝効果を上げようと、マスコミに取材してもらったり、SNSで発信してみたりと、いろいろ試行錯誤した。しかし、全然(お客が)入らない。

そこで新たに考え出したアイデアが、“ターゲット層に合わせたものを作り、それに見合った値段設定をすること”。現在、地域の再開発が著しい品川区。ここに在住、もしくは在勤している人は、ホワイトカラーの割合が多い。そこで、その人たちに向けた施設を用意すれば、自ずと来てもらえるのではないか、と思い付いた。


サウナ施設の外観に描かれたスタイリッシュなデザイン

まずは、サウナによるマインドリセットができる空間作りだ。無の境地になれるよう、サウナ室は98℃の温度設定に、そして水風呂は14℃に。始めは16℃にしていたが、最近は、それでは満足できないとの声が多く、2℃下げたそうだ。この2℃の差が大きいらしい。

そして大胆な価格設定を行う。銭湯としては高めの1,500円(入浴+男湯サウナ)という料金設定だ。


青白い光が神秘的な印象を醸し出す「超軟水」の水風呂。1.2mの深さもポイント

作ってそれで終わり、というわけではない。

季節の変化に対応した温度の調整や、施設の使い心地を知るために、渡部さんが自ら体感することを心がけている。営業時と同じ状態にし、利用者の目線で見て、使いづらい、または不快だと思ったセッティングは外す、といった調整を常に行っている。
「値段を高くした分、施設もそれなりに良くしているんで、分かってもらえる人には分かってもらえると、自負しています」と話す。


インフィニティチェアも用意

●銭湯にとって基本は“掃除とお湯”

「我々は肉体労働者、体を動かすのが仕事です」という渡部さん。営業後の掃除は、業者等には委託せず、毎日弟さんと二人で行っているそうだ。その仕事ぶりは店内を見れば一目瞭然。明るく開放感のある浴室では、磨き上げられた鏡やタイル、浴槽が迎えてくれる。時々落ちない汚れを見つけると「どうやったら落ちるのか?」と、いろいろな洗剤を試してみるなど、掃除にも余念がない。


清潔感あふれる浴室。真ん中に浴槽があるためどこからでも入りやすい

営業中にも、髪の毛を取り除いたりシャンプーを詰め替えたりするため、こまめに掃除に入るのだが、その時に「最高に良かったですよ」と声をかけられることもしばしばあるという。その度に「よしっ」という気持ちになるそうだ。


湯船カランも全て軟水を使用。女湯側のアメニティは「ボタニカル」を設置

●明確なコンセプトに基づいて

リニューアル以来、客層がそれまでと180度変わり、ビジネスパーソンが増えたとのこと。まさに渡部さんの狙い通り。また、サウナを少し高めの料金設定にしたため、ルールをきちんと守ってくれる人が増えたという。

「体をきれいにするだけでなく、“精神をきれいにする”、言わば“精神と時の部屋”みたいな場所として使ってもらえたら」と渡部さん。
「現代社会、皆さん疲れてきていると思うんです。なんか嫌な嘘が出回っていたり、SNS等で悪口を言われたり、荒んだ世の中だなと。そんな中で、サウナに入ることによって、精神を洗い流し、清らかな心になって、慈愛に満ちた生活をする、っていいじゃないですか」と話す笑顔が印象的だ。


優しい笑顔が印象的な三代目

次は女湯を充実させていきたいという。そのためにヒアリングをしっかり行い、満足度の高い施設を作りたいそうだ。これからの温浴施設は、非日常の空間を求めてくる人たちが増えることが予想される。その中でいかに他店と差別化を図るか。三代目の挑戦はこれからも続いていくのだろう。

(写真・文:銭湯ライター 荒木久美子


浴室には2種の浴槽 熱めの北投石風呂とぬるめの泡風呂を用意


渡部さんがサウナを設置するにあたって参考にした書籍の一部


【DATA】
富士見湯(品川区|荏原中延駅)
●銭湯お遍路番号:品川区 9番
●住所:品川区東中延1-3-8(銭湯マップはこちら
●TEL:03-3782-6120
●営業時間:15~23時半、日曜12~23時半
●定休日:水曜
●交通:東急池上線「荏原中延」駅下車、徒歩5分
●ホームページ:https://www.fujimi-yu.com
●X(旧Twitter):@Fujimiyu1010
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