永泉湯の正面に向かい、しばらくその立ち姿を眺めてみる。澄んだ空の広さと青さに負けないくらい鮮やかに、千鳥破風の青い大きな瓦屋根が堂々と映える。道路から少し下がってゆったりとした玄関、屋号を白く抜いた紺地ののれんが景観をグッと締める。傍らに植栽があふれ、その緑の濃淡が瑞々しい。黄土色の外壁は西陽に照らされて輝き、青と緑をいっそう引き立てる。目の前いっぱいに、美しい銭湯。銭湯なんて見慣れたはずなのに、思わず感嘆のため息を一つ。この色彩と素材の美しい調和を、もう少し眺めていたくなる。


季節の草花が玄関先を飾る


よく手入れされた大きな庭木も印象的

■街を彩る銭湯
永泉湯へのアクセスは幾通りかあるが、今回は東武伊勢崎線「西新井」駅を経由して東武大師線「大師前」駅から歩いてゆくルートを選ぶ。その理由の一つは「腹ごしらえ」。足立区散策の前にホームで駅そばならぬ「駅ラーメン」を食べるのも一興だ。年季が入った西新井駅のホーム、丼を片手に素朴なラーメンをすする。行き交う人の姿や列車到着のアナウンス、シンプルな醤油味を郷愁と一緒に味わえば格別だ。そして単線の大師線でガタゴトと揺られること2分、あっという間に「大師前」駅に到着。ジャージ姿の学生たちがワッと駆け出す後から、ゆっくりと下車。どこか懐かしくていつも身近な、足立区らしい雰囲気も楽しみたい。


西新井駅ホームのレトロな立ち食い「らーめん」


シンプルな醤油味、ついスープまで飲み干してしまう


「西新井」駅から「大師前」駅まで2分、たった一駅の電車旅。西新井大師名物にあやかった緑色の「草だんご列車」もあるそうだ

都内でも珍しい無人駅の改札を出て、西新井大師を背に北上する道をゆく。ゆるやかなカーブが続くこの道は昔から「七曲がり」と呼ばれ、平成6(1994)年に区制60周年記念事業の一環として、正式名称とされたという。ラーメンの腹ごなしに、散策気分でゆっくりと歩を進める。


電信柱に通り名の表示が続く

「七曲がり」と聞いて連想するのは昭和の刑事ドラマ。ブラインド越しにボスが眉をひそめる場面や、聞きこみに走り回る刑事の姿を思い懐かしみながら歩くこと数分。信号がある角を左に入ると突然、永泉湯がその彩り豊かな姿を現す。同じ足立区で2021(令和3)年6月に閉店した「大黒湯」をふと思い出す。東京銭湯の代表格と称された宮造りの名銭湯だ。北千住駅から日光街道に出て北上、千住寿町の角を左に入ったところで突然出くわす「大黒湯」の立ち姿も美しかった。街並みの先、急に視界が開けるように「ハッ」とする景観。美しい銭湯とはそういう出会い方をしたいものだ。だから、このルートを選ぶ。素朴な駅ラーメン、単線の列車、昭和の刑事ドラマ、古き良きものを味わいながら辿り着いた、レトロで美しい永泉湯。こうして眺めれば、訪れた喜びはひとしおだ。軒先の狸に迎えられ、のれんをくぐる。


角を曲がると 思わずハッとする景観が目に飛び込む


存在感ある街のシンボル


今日も変わらずお出迎え

■足立区生まれの銭湯
永泉湯の開業は1968(昭和43)年。「足立区の銭湯の中では新しいほうなんだよ」と語るのはご主人の山崎義昭さん。当時この辺りは田畑が広がり、農家ばかりだったという。開業前もこの場所で代々農業を営んでいたそうだ。「初代の娘さんが嫁いだ先が風呂屋でね、景気も良かったから『これからは銭湯だ!』って農業辞めて銭湯建てちゃったんだよ」。笑いながら話すご主人の傍らで、懐かしむように奥さんもうなずく。


朗らかに話す山崎さんご夫婦は笑顔が絶えない

そのもくろみ通り、銭湯が大勢のお客でにぎわう時代がしばらく続く。その隆盛を担ったのは二代目、奥さんのお父さんだった。「お爺ちゃんは建てちゃっただけ。だから二代目のお父さんが実質の初代ね」と奥さん。そんな頃、大学を出て仕事をしていたご主人が営業先のお得意さんの紹介で奥さんと出会い、この家に婿入りしたそうだ。「俺も足立区生まれの足立区育ち」と胸を張るご主人。銭湯に婿に入りその家業を継ぐという覚悟、それから経てきたお二人の歳月はいかばかりか。言葉や文字にしなくても、脱衣場や庭を彩る鉢植え(ご夫婦共通の趣味だという)やよく手入れされた調度品の数々、今も大切に飾られているご近所からの開業祝いなどが、いたるところで温かく、そして雄弁に「生粋の足立銭湯:永泉湯」の歴史を語りかけてくる。美しい銭湯は美しい愛情、人のぬくもりによって育まれていることを改めて感じる。


「どちらのご趣味なんですか?」と尋ねると「あっち」とご夫婦お互いに譲り合う様子がほほ笑ましい


ちょっとした鉢植えでも気持ちが安らぐ


ぬくもりが溢れるフロント回り


永泉湯の歴史と歩みをともに見てきた、開業祝い

お話を伺いながらフロントの上に目をやると、ここにも青い瓦屋根がある。三州瓦といい、愛知県三河地方を産地とする日本三大瓦の一つで、耐久性に優れた瓦だ。なぜ青色を選んだのかはわからないそうだが、青い瓦屋根は永泉湯の代名詞。そして昔も今もこの街を彩るシンボルだ。

 

■暮らしを彩る充実した機能
平成11(1999)年の中普請で番台をフロントに替えた。時代やニーズに応えるように、フロント後ろの青い瓦屋根の下にはスチームサウナを増設。 以来、薬湯やジェットの類も次々と導入してきた。これら設備のクオリティがどれも高いことも、永泉湯の魅力だ。スチームサウナはコンパクトだがたっぷりの蒸気でまさに「蒸される」ことを体感できる。「ね、しっかり温まるでしょ」と奥さんが太鼓判を押すのもうなづける。


たっぷりのスチームで「蒸気浴」が「浴」であることを実感

「みんな疲れを癒しに銭湯へ来てくれるからね」と、ご主人の推しは種類豊富なジェットバス。強めの水流が心地よく、四肢に効く。特に「スーパーエステ」の効果は相当なもので、ジェット好きなお客さんの高い欲求を完璧に満たしてくれるとの声も多いそうだ。


これこれ! この強さがありがたい

L字型に連なる広い浴槽の端には薬湯を設えた。日替わりの色と香り、タイルのカラーリングとも相まって、浴室の美しいアクセントとして楽しめると人気だ。


バイブラの気泡で煌めく美しいグラデーションは、つかってこそ実感


たっぷりの湯量でゆったり、銭湯好きもうなる居心地の良さ


西側の窓から陽が射し込む明るい女湯


男女境壁には美しいモザイクタイル


白を基調とした明るくきれいな浴室。以前はペンキ絵が描かれていたという

永泉湯には経営者の意志が意図となって随所に活かされている。意匠も同様だ。安らげるから鉢植えを、この街が好きだから開業祝いを、くつろいでほしいから設備仕様を「こうしたいから、こうしている」のがよくわかる。それはお客さんのために、そしてご自身たちのために。「銭湯が好きな人にこそ、ぜひ来てほしいんだよ」とご夫婦は揃って口にする。きっと永泉湯の一番のファンは、このお二人に違いない。

現在は息子さん夫婦も家業に携わり、家族のチームワークでお客さんを迎えている。そう話すご夫婦が少しうれしそうに見えた。お二人がそうしてきたように、次世代の永泉湯もきっとまた、受け継がれてゆく心意気で街と暮らしを豊かに、そして美しく彩ってゆくだろう。

永泉湯に来て、銭湯がもっと好きになった。

(写真・文:銭湯ライター 佐藤明俊


【DATA】
永泉湯(足立区|竹ノ塚駅)
●銭湯お遍路番号:足立区 47番
●住所:足立区西新井3-10-2(銭湯マップはこちら
●TEL:03-3897-2641
●営業時間:16~23時
●定休日:火曜
●交通:東武伊勢崎線「竹ノ塚」駅下車、徒歩15分
●ホームページ:https://adachi1010.tokyo/archives/423

※記事の内容は掲載時の情報です。最新の情報とは異なる場合がありますので、あらかじめご了承ください。


女湯脱衣場。今にも朗らかな会話が聞こえてきそう


コインリターン式に代えてから鍵の紛失がなくなった


2羽の会話が聞こえるようで、近づいて見てみるのもまた楽しい


春の風、夏の音、秋の気配、冬の清々しさが銭湯の窓辺にはある


今日も、また明日も元気に銭湯がある暮らしを


夜の玄関も風情の極み


この街に永泉湯があって良かった、皆そう思っている