京急雑色駅西口を出て、雑色商店街を抜けた住宅街のマンションの1階に「第一相模湯」はある。初代は戦前石川県から上京し両国や川崎などの銭湯を経て、戦時中にこの「第一相模湯」の経営を始めた。現在も2代目・3代目店主ご夫婦で家族営業を続けている。今回、お話を聞かせて頂いたのは3代目店主ご夫妻。終始柔和な雰囲気で取材をさせて頂いたが、その言葉の端々に徹底した銭湯へのこだわりを垣間見る事ができた。

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大田区西六郷にある「第一相模湯」

◆とにかく清潔に!

「ウチは設備に関しては普通だけど、清潔さは常に意識しているよ」
店主の力強い言葉通り、脱衣場・浴室は細部まで徹底的に清掃が行き届いており、現に昭和53(1978)年から約40年間、タイル絵や脱衣場の床はそのままだという。
湯船に近いタイル絵は、壁面全体に日光の「竜頭の滝」が大胆に描かれおり、思わず見入ってしまうほど圧倒される。このタイルは角が欠けてしまわぬ様、こまめに店主が目地埋め等の手入れを施し、原型を保ってきたとのこと。

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風情溢れる「竜頭の滝」が描かれたタイル絵

また、脱衣場の板張りの床面は、湿度が高くて傷みやすいこともあり、1時間半に1回は見て回り、汚れや水滴をためないことを意識し、固く絞ったモップで隅々まで清掃を行っているという。ニス塗りも約2年に一度のサイクルで行う。1カ月前に塗り替えたばかりの床は、差し込む陽の光を綺麗に反射して、日々の清掃への気遣いを物語っていた。

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きれいに清掃された男湯の脱衣場

「我々が綺麗にしていれば、お客さんも綺麗にしてくれる。常連さんなんかは、椅子や桶もきちんと片付けてくれるし、汚れていれば自ら清掃してくれたり、番台に声をかけてくれる。お客さんには本当に助かっているよ」と、感謝を忘れない姿勢も非常に印象的だった。

◆実は、設備は更にお墨付き!?

「設備は普通」と冒頭で店主の言葉を引用しているが、実は設備に関しては更なるこだわりがあることが、今回の取材を通して分かった。

湯船は男湯・女湯に3つずつ。それぞれに黒湯と白湯と炭酸泉がある。銭湯に黒湯の天然温泉があるだけでも御の字だが、なんと美容・健康効果が期待できるという高濃度人工炭酸泉までも備えているのだ。

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湯あたりがやわらかく、肌がツルツルになると言われる天然黒湯

「大田区は少し歩けば黒湯があるから、黒湯は特徴にならない」と、他との差別化を模索していた2005年に、釜屋(浴場設備の会社)がお湯に炭酸を効率よく溶け込ませる三菱レイヨンの中空フィルター技術の話を持ってきて、導入する決断をした。

当時はまだ炭酸泉がメジャーではなく、東京都では江東区の白山湯に次いで2番目の導入だった。設備投資としてはチャレンジングな決断だったが、すぐに効果を発揮。ぬる湯(約38度)なので身体に負担がかからないこともあり、常連の高齢者からも好評で、羽田のほうから通ってくれる常連客も出来たという。また翌年のサッカーのワールドカップで、疲労回復を目的に日本代表チームに導入したことも更なる追い風になり、一気に炭酸泉が定着した。

お湯に浸かると肌の表面はすぐに炭酸の気泡で包まれる。この気泡にある炭酸ガスが皮膚から吸収されて血管を広げ、血行を良好にする。お湯に浸かっていた部分がピンク色になり、ぬる湯にも関わらず湯上がりのポカポカ状態が長く続く、不思議な温まり方を体験できる。

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高濃度人工炭酸泉が体をポカポカに

◆店主の細かな配慮と進取の気性

更に取材を通じて筆者が気付いた「第一相模湯」ならではのエピソードを簡単に3つほど紹介させて頂きたい。

1.飲料のラインナップ

「この店の裏手にコンビニがあるので、そこに置いていない商品を幾らか並べるよう心掛けている。例えば、王冠付きの瓶ジュース、SANPELLEGRINO(サンペレグリノ)というイタリアの炭酸飲料、AQUA CARPATICA(アクアカルパティカ)というルーマニアの水など、お客さんに楽しんで貰いつつ、親子でのコミュニケーションツールとしても活用して欲しい」と、稀有な商品を積極的に仕入れ、販売を行っている。

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上段右側にイタリアの炭酸飲料。下段中央にルーマニアの水

2.干支タオル

毎年干支をデザインしたタオルを販売しており、取材時には2018年の干支である戌(いぬ)のデザインのタオルが置かれていた。「縁起物でお客からも喜んで頂き、10年ほど前から続けている。前回は調子に乗って酉(とり)のデザインのタオルを仕入れすぎて、余っちゃったよ」と、ほほ笑む姿に店主の人となりが溢れていた。

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大好評の干支タオル。今回は2つのデザインを用意

3.営業時間前に開店

「営業開始は14時半だけど、毎日14時にはお店を開けている。その日の天気や気温などもあるし、常連のお客さんや高齢者の方々を外で待たせる訳にはいかない。早めに開けて待合室に入ってもらっている」と、お客さんへの配慮を常に欠かさない。取材時も10名ほどの常連さんで待合室はいっぱいに。世間話をしながら高齢者の体調にも気を配る、店主の一面も見て取れた。

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常連さんご用達の待合室

このように、本銭湯には随所に店主のアイデアや気配りが散りばめられていた。

◆最後に……

取材後に筆者もお湯をいただいた。清潔感、設備、気配り、それぞれの特徴が相まって、特別な時間を過ごすことができた。ここ10年で銭湯ランナーや子供たちの利用が増えている、という理由も腑に落ちた。

また余談だが、脱衣場のロッカーの前に色違いの可愛らしい象のデザインの足ふきマットが並んでいた。取材当日は、毎月第1日曜日に開催している小学生以下の無料入浴デー。もしかしたら自然体で細部まで気遣いのできる店主の心の表れなのかもしれない、と筆者なりに解釈しながら帰宅の途についた。

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可愛らしい象の足ふきマット

外柔内剛の店主を具現化したような銭湯「第一相模湯」。お湯は申し分ないうえに、店主の心意気にもひたれる銭湯である。一度行ったらファンになること間違いなし。胸を張ってお薦めしたい。

(写真・文:銭湯ライター 工藤 亮


【DATA】
第一相模湯(大田区|雑色駅)
●銭湯お遍路番号:大田区 30番
●住所:大田区西六郷2-29-2
●TEL:03-3731-1993
●営業時間:14時半~23時
●定休日:月曜
●交通:京浜急行線「雑色」駅下車、徒歩10分
●ホームページ:http://daiichi-sagamiyu.com
銭湯マップはこちら

※記事の内容は掲載時の情報です。最新の情報とは異なる場合がありますので、あらかじめご了承ください。

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常連さんの体調もフロントから常に気配りしている

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脱衣場の足拭きマットは色のバリエーションもいろいろ