銭湯の浴室には景色がある。浴槽から眺めたその景色は至福の景色。

この連載は、銭湯OLやすこが、銭湯の浴槽内から撮影した写真を中心にご紹介する「浴槽から眺めた景色がとっておきな銭湯」がテーマです。銭湯の写真は浴室全景がわかるものが一般的ですが、ここでは浴槽から眺めた浴室の風景を紹介します。

温かなお湯に浸かっている至福の時間。その魅力を少しでも感じていただければ幸いです。
※紹介する写真はすべて許可を得て撮影しています。


~繊細な造形にため息。開放感の賜物「南湯」~

南湯さんには不思議なパワーがある。派手なアートや最新設備があるワケでは、ない。しかし緻密に設計されたこの空間は、とんでもない癒しの場だ。この感動をどうにかして伝えたい、と思った。

【1】浴槽からの大胆かつ繊細な景色

日中は日差しが心地よい浴室

南湯の浴槽は、男女浴室の境目に寄せてレイアウトされている。そのせいか、脱衣場の戸を開けた瞬間、奥行のある開放感を感じる。しかし、この開放感は序章にすぎない。体を洗い、浴槽に浸かろう。

浴槽から眺める天井

ドーンと広がる湯気抜きの天井は、一辺一辺にフチ取りが施されている。また、高窓の下の淡いツートンカラーの水色が気持ちいい。そう、全パーツに彩りがあるのだ。この細工、浴室に入った瞬間にはわからない。浴槽に浸かり、ほっと深いため息をついた時……、そっと視野に入ってくる。

この時、体に波打つのは、強めのバイブラ。ボコボコッと沸いたように動く湯に身をゆだね、ただひたすら繊細な天井を眺める。

壁を背にして見た、浴槽からの景色

主浴槽の隣には、超音波マッサージ座風呂もある。背中・脚・足裏のありがたい3点攻め。心地よさに、瞼を閉じた。

 

【2】秘められた薬湯

浴室の隅にある薬湯。最もため息を漏らすのは、ここだ。

浴室全体が見渡せる薬湯からの景色

かつてあった壁を大胆に取り払った場所に、薬湯の浴槽が設けられている。薬湯は、最大限に浴室全体を見渡せる場所に位置する。そのせいか、この薬湯に沈めば、すらっと伸びる円柱も、天井に細工された繊細な飾りも、その先の窓から見える外の暗闇も、全てをモノにした気分になる。

中央の浴槽と打って変わって、この薬湯はぬるめ。不感温度というほどではないが、それに等しくやさしい温度だ。ふわっと入浴剤が香る。ひっそりとした「静」を以て、私を癒そうとしてくれる。浴槽の縁に肘を置き、永遠にここに浸かっていたい……と思ってしまう。危ない、危ない。

どの常連さんもこの場所がプライベート空間であると心得ていて、順繰りにこの薬湯を利用する。うっかり長居はしないように、でも、セカセカはしないように。私も、それを見習うことにした。

 

【3】引き継がれる「癒し」の場

銭湯の造形に関しては、先代の思い入れが引き継がれていないことも多いが、南湯さんは違う。ご主人の内山一志さんはご自身の言葉で、南湯を語ってくださった。

「銭湯ならではの癒しって、私は“開放感”だと思いますね」
「はい!! そう思いますっ!!」と、私は思わず返事に熱が入ってしまった。家風呂にはない銭湯の魅力としてさまざまな要素が挙げられるが、「開放感」は誰もが潜在的に求めている要素だと思う。
「この“癒し”のあり方が、父の遺産なんだと思います」と内山さんは続けた。

聞くところ、昭和28(1953)年に開業した南湯が、現在の造りになったのは平成2(1990)年。改築前は中央に浴槽がある関西式レイアウト。そして改築後は、男女の境目に浴槽がある現レイアウトに。「他にはない銭湯にしたい」という先代の思いが生きているそうだ。さらに「より広く思える浴室に」と、当初あった壁をぶち抜いて薬湯と洗い場が設けられ、円柱が据えられた。そう、この開放感は全て先代の意志で計算されたものだ。

フロントに座るご主人の内山さん

先代が亡くなられたのは、昨年(2019年)のこと。無理をして継承はしなくてもよい、と遺言にはあったそうだ。本当は耐震工事もしたいところだが、莫大な費用がかかる。それに加え、懇意にしていた大工さんも亡くなってしまった。設備に限らず、さまざまな壁に日々ぶつかってしまう。
「昭和の流れを、なんとか引き継いでやってきただけです」と内山さんは謙遜する。しかし、この美しい銭湯を引き継ぐことは、きっと大変な苦労を伴っていることだろう。

それでも、学校の体験入浴で訪れた子どもたちや、部活動の合宿中に訪れる学生さんなどが再訪してくれた時の喜びは大きい。かつて掃除をしてくれた音大生等も時折、顔を見せてくれる。
「銭湯の魅力は、体験する“きっかけ”がないと、やっぱりわからないものですよね」とご主人。だからこそ、この体験の場がいつまでも続くことを願わずにいられない。

帰り際、フロントに座る内山さんのお母様の優しいご挨拶。そして靴を履いていると、浴室で一緒だったおばあさんが「気持ちよかったね」と一言。

南湯は、開放感の中に人のぬくもりもあふれていた。

(写真・文:銭湯ライター 銭湯OLやすこ


【DATA】
南湯(練馬区|新桜台駅)
●銭湯お遍路番号:練馬区 16番
●住所:練馬区栄町19-5
●TEL:03-3991-3424
●営業時間:16~23時
●定休日:土曜
●交通:西武有楽町線「新桜台」駅下車、徒歩1分
●ホームページ:https://1010nerima.com/minamiyu

※記事の内容は掲載時の情報です。最新の情報とは異なる場合がありますので、あらかじめご了承ください。

少し奥まったところにある入り口

主浴槽から薬湯(左奥)を見る。
浴室の奥に並ぶ柱は、かつてあった壁の名残