2012年からENGELERS(エンゲラーズ)という同人誌を作るサークルの運営を始め、『東京銭湯』という同人誌をコミケ(※)やネットで頒布している高山洋介さん。趣味が高じて、銭湯の同人誌を作りはじめましたが、全ての銭湯を一人で取材しているため、苦労も多いようです。東京都内の全ての銭湯を紙で記録に残そうと奮闘する高山さんに、銭湯への思いを語っていただきました。

(※コミケ=コミックマーケットの略。8月と12月に開催される同人誌の即売会)

■銭湯めぐりの趣味が高じて同人誌を発行

 元々趣味で銭湯めぐりをしていて、その体験をなんらかの形で発表したいなと思っていたんです。最初はブログでもいいかと思っていたんですが、デザイナーという職業柄、手に取れる形で残したい、と2012年から『東京銭湯』の制作を始めました。

 1冊目は当時住んでいた杉並区の銭湯を紹介した「第一湯 杉並区」。この時は銭湯の紹介の仕方やその他の企画も全くの手探りだったんですが、2012年夏のコミケで頒布したところ好評で、想像していたよりも多くの方に手に取ってもらえました。それで「第二湯 中野区」「第三湯 渋谷区・港区・中央区」「第四湯 新宿区・千代田区」といった形で続編を出して、現在(2015年6月)は「第十湯 北区」まで発行しています。内容は各区の全ての銭湯を紹介するコーナーと、妻(おぐらさちさん)が描くマンガ、地方の銭湯紹介などで構成しています。読者層は20代〜50代まで幅広いです。男女比も半々ぐらいでしょうか。「『東京銭湯』を持って銭湯めぐりしているんです」といわれたときは本当にうれしかったですね。

 コミケというと、アニメやマンガといったイメージを持たれる方も多いと思うんですが、実際に行ってみると、さまざまなジャンルの同人誌が販売されています。

 銭湯などの同人誌は「資料系同人誌」と呼ばれるジャンルになります。「資料系同人誌」ではありとあらゆるジャンルのもの、例えば料理、旅行、水道の蛇口、飲み物の紙パックなど、商業誌では考えられないようなニッチな分野の本がたくさん制作されています。私も銭湯以外では「立ち食いそば」「日活ロマンポルノ」などをテーマにした同人誌を出しており、今も別の企画を進めているところです。マニアックな本は取材対象への愛がないと作れないので、必然的に濃い内容になりますね(笑)。

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■掲載する全ての銭湯を一人で取材する

『東京銭湯』シリーズでは、僕が全ての銭湯に足を運んで実際に入浴しています。

 銭湯を紹介するページには、カランの数やお風呂の種類などを記した浴室の見取り図を入れているんですが、他のお客さんがいる手前、写真で記録するわけにはいかない。

 だから、湯上がりにロビーや公園などで必死でメモしています。なるべく忠実に掲載したいので、覚えるのが結構大変です(笑)。

 それと、外観写真はオープン後の建物を明るいうちに撮影することにこだわっています。そうすると銭湯はだいたい3時頃のオープンが多く時間が限られてくるので、基本的に入浴できるのは1日1〜2軒ですね。取材としては1日に数軒入ったほうが効率的なんですけど、入浴するとかなり疲れますからね。リラックスする目的なのに逆に疲れ果ててしまうのはちょっと違うのかな、と(笑)。

 今は今年の夏に発売する「足立」「荒川」「文京・目黒」の3冊を制作中です。

■スタンプラリーをきっかけに銭湯めぐり

 銭湯をめぐるようになったのは、杉並区で実施されていたスタンプラリーがきっかけです。せっかくだから当時住んでいた高円寺だけでなく他の銭湯も見てみたいな、と。実際に足を運んでみると、当たり前ですがひとつとして同じ店はなくておもしろい。それで杉並区以外の銭湯にも足を運ぶようになりました。東京は場所によって町も銭湯も全然雰囲気が違うので、いつも取材に出かけるのが楽しみです。降りたことのない駅で銭湯を探すのはいつもわくわくしますね。

 お風呂は深風呂が好きです。深風呂につかってペンキ絵を見上げるとなんともいえない気分になります。水風呂があれば、深風呂と行き来します。水風呂がなければ、カランで水をかぶります。

 銭湯の楽しみは、入浴はもちろんですが、湯上がりの一杯とか涼みながら散歩をすると、贅沢な時間の過ごし方にあると思うんです。だから、先々は銭湯の近くにある飲み屋、カフェ、ちょっとした観光スポットなど、風呂につかった後の楽しみ方を提案する企画もやりたいなと考えています。

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■毎日終電帰りの生活を、銭湯が癒してくれた

 出身は三重県の四日市なんですが、子どものころからよく家族で銭湯に通っていました。銭湯の向かいに中華料理屋があって、家族でそこで食事して湯につかって帰るというのが家族団らんの思い出です。

 銭湯シリーズの一冊として『三重銭湯』を制作するために、久しぶりにその銭湯へ足を運んでみたら、昔と変わらず営業していて嬉しかったです。

 その後、進学で上京して住んだのが高円寺。今回、インタビューの場所をお借りした小杉湯のそばに住んでいたので、小杉湯にはよく通っていました。高円寺は銭湯の多いところで、駅の北側にも南側にもある。ローテーションを組んで他の銭湯にも通っていました。

 会社勤めするようになってからはとても忙しく、終電で帰るのが当たり前のような生活だったんですが、そんなときに心の支えだったのが銭湯。高円寺の銭湯は夜遅くまでやっているんです。銭湯で湯につかり、湯上がりにビールとラーメンをすする。そんな組み合わせが、疲れた心と体を癒してくれました。

■デザインや執筆を通して、銭湯を応援したい

 現在はフリーのデザイナーをしていますが、上京してから10年以上住んでいた高円寺とは結びつきが深く、商店街のフリーペーパーのデザインや、お店のホームページを作らせてもらったりしています。

 毎年秋に開催される「高円寺フェス」では、実行委員を6年ほど務めています。昨年は高円寺の南口広場で、背景画絵師のお三方をお呼びしてライブペインティングを行いました。想像以上にたくさんの方に見てもらえたので、銭湯のPRにも役立ったのではないでしょうか。

 最近は銭湯紹介の記事をネット媒体に寄稿することもあります。大手新聞社のニュースメディア「マイナビニュース」では、銭湯マニアが好きそうな渋い店ではなく一般の若い人向けの銭湯を紹介しました。明るくて入りやすい、なおかつ個性的な銭湯を選ぶのは難しかったです。苦労した分、記事は好評だったようです。

 逆に「デイリーポータルZ」というサイトでは、普通にお風呂に入る人は気にしない、マニアックな銭湯の楽しみ方を紹介していただきました。観察も入浴の要素に加えると、より楽しめると思うんです。よかったらマニアでない方も読んでみてください(笑)。これからもデザインの仕事や執筆を通して、銭湯を応援したいですね。

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■今、銭湯のイメージが変わり始めている!

 今は銭湯を経験したことのない人が増えています。どこに銭湯があるのか、何を持っていたらいいいのかわからない。銭湯に通い慣れている人から見たら「なんでそんなこと知らないの?」と不思議に思うかもしれませんが、本当に知らない。とはいえ、最近銭湯を取り巻く環境が少し変わってきたのかな、とも感じています。

 というのは、若い人の間で銭湯を応援する活動が増えているんです。京都のほうでは、銭湯が好きで銭湯を経営する夢を実現させた方もいますし、名古屋では銭湯を応援するサークル活動をしている女性達もいる。「気軽に楽しめる場所」「わざわざ足を運ぶ価値のある場所」、そんなふうに若い人の間で銭湯のイメージが変わってきているように感じています。廃業する銭湯も多いですが、応援する人も増えていることを銭湯の経営者の方たちには伝えたいですね。

 銭湯をまだ経験したことのない人がいたら、堅苦しく考えずに気軽に銭湯へ足を運んでほしいですね。最近は手ぶらセットを用意してあったり、ボディソープやシャンプーが備え付けの銭湯も増えています。『東京銭湯』シリーズではたくさんの銭湯を紹介していますが、この本をきっかけにお気に入りの銭湯を見つけてもらえたらうれしいです。

■『東京銭湯』シリーズは来年完結。その後は?

『東京銭湯』シリーズは来年には完結する予定です。読者の方からは三重だけでなく他の都道府県版も出してほしい、という要望も多いんです。少なくなったとはいえ、まだまだ銭湯はたくさんありますからね。まあ『三重銭湯』を制作したときも交通費だけでも大変で、取材も半年ぐらいかかったから、とりあえず近場の関東からですかね(笑)

 それと本ではないんですが、日本全国の銭湯を案内する「いい湯なび」というアプリを作る計画があります。旅行や出張で出かけたときに素早く銭湯を探せるアプリで、今データをまとめているところです。iOS版とAndroid版を今年の夏にリリース予定なので、このアプリに興味がある銭湯ファンの方は、ぜひエンゲラーズのTwitterをフォローしておいてください(笑)。

(写真:望月ロウ 文:タナカユウジ)

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【プロフィール】

高山洋介さん 2012年より同人サークルのENGELERS(エンゲラーズ)を運営する。東京の銭湯を紹介する同人誌『東京銭湯』を制作し、夏冬のコミックマーケットやネットで頒布する。本業は紙媒体やインターネットサイトのデザイナー。

エンゲラーズHP:http://engelers.jp/
Twitter:https://twitter.com/ENGELERS

※『東京銭湯』は同人誌販売サイト「COMIC ZIN」で購入可能。


【取材地DATA】

今回のインタビューは高山さんが長年通っていた小杉湯で行われた。ミルク風呂、日替わり風呂など、温度の違う4つの浴槽が人気の銭湯だ。

小杉湯(杉並区)

●銭湯お遍路番号:杉並区22番

●住所:杉並区高円寺北3−32−2

●TEL:03-3337-6198

●営業時間:15時半〜25時45分

●定休日:木曜

●交通:中央線「高円寺」駅下車、徒歩5分

●ホームページ:http://www13.plala.or.jp/Kosugiyu/

銭湯マップはこちら

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びっしりと書き込まれた取材メモ

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『東京銭湯』のほか『三重銭湯』も発行

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エンゲラーズのマスコット、マトリョーシカの妖精「マト子さん」と高山さん

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小杉湯のギャラリースペースで絵に見入る