「裸同士だから生まれる仲間意識が人助けに繋がっている」と、銭湯ならではの話を聞かせてくれたのは豊宏(とよひろ)湯の3代目ご主人の村山晃一さんである。

豊宏湯は西武池袋線の石神井公園駅から徒歩約5分。石神井公園にもほど近い、大正時代に建てられた銭湯を、戦後晃一さんの祖父(初代ご主人)が居抜きで買い取り、昭和21(1946)年10月1日に屋号も新たに創業した。

建物は入り口から浴室までは昭和38(1963)年に建て替えられているが、浴室の背景画の裏、つまりバックヤード部分は大正時代の痕跡が随所に残る。釜場に至っては煉瓦造りのままである。豊宏湯が面している商店街は、かつて多かった生鮮食品を扱う商店が減り、現在は飲食店や美容室などが建ち並んでいる。商店街からは豊宏湯の全体は見えないものの、路地の奥に佇む、その都会の銭湯らしい姿を見て撮影したいという思いを抑えることができなかった。

番台は、初代女将の「番台は女の仕事」という教えから、今も女性陣が切り盛りしている。女将の敏子さん(晃一さんの母)、若女将の廣美さん(晃一さんの妻)、そして16歳の時から75年以上も番台に上がっている佼子(こうこ)さん(晃一さんの叔母)の3人だ。長く界隈に住んでいる常連さんの中には、子供のころ佼子さんに着替えを手伝ってもらった人も多い。そんな常連さんからは「佼子おばちゃん」と親しみを込めて呼ばれているそうだ。

さて、私が銭湯を撮影していると、必ずといっていいほどその銭湯に通う常連さんから声を掛けられる。とりとめのない会話をして、撮影を再開するときには、あっさり話を止めて去っていく。そうしたやりとりは、なんとなく心地いい。そもそも銭湯は会話が自然と生まれる場所だ。浴客同士が銭湯で仲良くなることも珍しいことではない。「お先に」「ごゆっくり」「最近どう?」相手を思いやる言葉が脱衣場や浴室に響く。毎日の通勤電車で顔を合わせる人同士でも、銭湯のように仲良くなることはない。銭湯は仲間意識が育まれる不思議な場所である。

ところで、冒頭で紹介したご主人の話だが、ある日豊宏湯で一人の高齢者が風呂でのぼせて湯船に沈みかけていた。気付いた客の一人が声を上げると同時に、居合わせた人たちが力を合わせて湯船から助け出し、番台で異変を聞いたご主人が浴室に駆けつけたときには、何もする必要がないくらい介抱されていたという。そんな出来事は一度や二度ではないそうだ。きっと普段から豊宏湯で培われている仲間意識が、スムーズな救助につながっているのだろう。

ネットで人が交流する時代でも、銭湯に残る昔ながらの人付き合い。それは裸で身も心も開放されているからこそ、生まれるものかもしれない。風呂の良さはもちろん、人が交流する場所としての魅力も、私は写真を通して発信していきたい。
(写真家 今田耕太郎)


【DATA】
豊宏湯(練馬区|石神井公園駅)
●銭湯お遍路番号:練馬区 27番
●住所:練馬区石神井町3-14-8
●TEL:03-3996-8650
●営業時間:15時半~24時
●定休日:木曜
●交通:西武池袋線「石神井公園」駅下車、徒歩5分
●ホームページ:https://1010nerima.com/toyohiroyu
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番台歴75年を超える佼子さん


今田耕太郎

1976年 北海道札幌市生まれ。建築写真カメラマン/写真家。
2014年4月よりフリーペーパー「1010」の表紙写真を担当。2015年4月からはHP「東京銭湯」のトップページ写真を手がける。
http://www.imadaphotoservice.com/

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