今回撮影させてもらったのは、葛飾区の日の出湯。創業昭和21(1946)年の年季の入った渋~い銭湯だ。

撮影の日は車で向かったが、少し早く着いたので最寄りの駅まで散歩をしてみることにした。日の出湯周辺は下町の住宅密集地という佇まいで、人々の生活が身近に感じ取れる。最寄り駅は京成線の堀切菖蒲園駅で、思っていたより近く、私の足で10分ほど。駅に近づくにつれて徐々に賑やかになって行く。殺気立ったデパ地下とは違い、駅周辺の商店街は歩いていてもほのぼのしている。

日の出湯は、79歳のご主人が弟さんと妹さんの三人で切り盛りしている。「仕舞い掃除が大変なんだけど、オイラが死ぬまでやる」と話す、ご主人の溌剌とした口調からは、江戸っ子の気概が窺える。

現在の建物は前回の東京オリンピックの年、昭和39(1964)年に建てられ、今も当時のままの姿を保っている。ところどころ傷んだ箇所は見受けられるが、清掃は行き届いている。私は傷んだところですら日の出湯の55年の歴史を感じて、ついカメラを向けたくなる。

今回、日の出湯さんを撮影対象に選んだ理由の1つは、壁面や床面に施されたタイルの装飾である。床面のタイルは特に珍しく、大小様々な形のタイルと蟹や貝のタイルが不規則に配置されていて、そこだけ切り取ると銭湯の床とは思えない世界観が現れる。

撮影するに際し、タイルの配置とアングルの切り取り方のバランスを考慮して撮影していた為、この床面だけで30分は時間を掛けたのではないだろうか。床ばかりを眺めている私を見て、さぞ日の出湯の方々は「困った人が来てしまった」と首をひねったことだろう。その他、壁面のモザイクタイル絵も素晴らしい。さまざまな色のタイルを使って、グラデーションを再現していたり、水面に映る建物の反射まで再現してる箇所は必見である。

現在の日の出湯は、さほど混んでもいないし、お客さんがいないと早く閉めることもある。今回の写真が東浴のホームページで紹介されても、「お客さんが増える訳がない」とご主人は自嘲気味である。それはそうかも知れない。写真の力で人を動かすことがたやすくないことは知っている。でも、写真でこういうものがあったと伝えることはできる。あとはそれを見た人がどう思うかに委ねられているような気がする。

想像してみて欲しい。55年前の高度成長期の真っ只中、老人から子供まで入り乱れ混み合う浴室で、言葉を覚えたての幼子が床を指差して『かにぃ!』と発している風景を。

来年は否が応でも東京はオリンピック一色に染まるだろう。2度目のオリンピックを迎える日の出湯に入りながら、半世紀前の浴室に思いを馳せる。そんなひと時もよいのではないだろうか。
(写真家 今田耕太郎)


【DATA】
日の出湯(葛飾区|堀切菖蒲園駅)
●銭湯お遍路番号:葛飾区11番
●住所:葛飾区堀切1-15-7
●TEL:03-3697-3610
●営業時間:15時半~21時半
●定休日:金曜
●交通:京成線「堀切菖蒲園」駅下車、徒歩9分
●ホームページ: https://katsushika1010.com/sento/%E6%97%A5%E3%81%AE%E5%87%BA%E6%B9%AF-2/
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今田耕太郎

1976年 北海道札幌市生まれ。建築写真カメラマン/写真家。

2014年4月よりフリーペーパー「1010」の表紙写真を担当。2015年4月からはHP「東京銭湯」のトップページ写真を手がける。

http://www.imadaphotoservice.com/