柚子湯の季節になると、同時にカゼのシーズンの到来です。「柚子湯に入るとカゼをひかない」などと昔から言われますが、お風呂とカゼの関係については「銭湯で元気」でも何度か取り上げてきました。カゼ気味、もしくはカゼをひいたときの入浴の注意はこの連載の(42)「お風呂の迷信(1) カゼをひいている時の入浴」を、入浴が感染症に対する免疫力を高めることについては (60)「銭湯は感染症に勝つ体づくりの訓練場」をご覧いただきたいのですが、今回はもう少し掘り下げて、いくつかの研究や調査に基づき、「お風呂にたくさん入るほどカゼはひきにくくなる」ことをお話ししたいと思います。

今年(2023年)の2月に開かれた第33回日本疫学会学術総会で、バスクリンつくば研究所と東京都市大学の早坂信哉教授グループとの共同研究の結果、浴槽入浴の回数が多いとカゼやインフルエンザにかかりにくくなる可能性があることが報告されました。この調査は、0~5歳の子供とその保護者を対象に行われたものです。保護者は男性211名、女性218名(平均年齢30.7歳)、子供は男児214名、女児215名(平均2.1歳)。対象者の浴槽入浴を「週6回以上」と「週5回以下」でクロス集計しました。

その結果、子供がカゼにかかる率は浴槽入浴の頻度による差がほとんど見られなかったものの、インフルエンザにかかる率は週5回以下が22.3%だったのに対し、週6回以上が16.1%と低い傾向にあることがわかりました。また、保護者がカゼにかかる率は週6回以上が41.5%だったのに対し、週5回以下は51.4%で、浴槽入浴の回数が多いほどカゼをひきにくいという結果が出たのです。

「東京都市大学との共同研究 週6回以上の入浴で風邪やインフルエンザ罹患が少ない可能性」
https://www.bathclin.co.jp/rd/news/2023/0214

この研究よりもずっと以前ですが、大分県の湯布院地区(温泉地)と庄内地区(非温泉地)の小学5、6年生を対象とした調査で、習慣的に温泉入浴をしている子供は、1~3月にカゼで学校を休む回数が統計的に少ないことが『温泉科学』(第46巻第4号)に報告されています(発表したのは福岡市千代町林病院の延永正医師)。カゼにかかる原因はいろいろあるので、免疫力だけを重視できないと前置きしつつ、温泉入浴には免疫力を向上させる効果があることを証明しようとする調査でした。ただ、この調査では「習慣的に温泉入浴をしている子供」の入浴頻度は示されていません。結果は以下の通りでした。

湯布院地区では160名中119名が家庭内に温泉を持っていて、そのうち35人(29.4%)がカゼにかかりました。温泉を持たない家庭の41名では19人(46.3%)がカゼにかかったため、統計学的に有意差がある、としています。一方、庄内地区92名では家庭に温泉のある27名のうち17名(62.9%)が、温泉のない65名では41名(63.1%) がカゼにかかりました(有意差なし)。両地区を総合すると、温泉のある家庭の場合35.6%が、持たない家庭の場合56.6%がカゼをひいたことになり、明らかに温泉の効果があると結論付けています。

「『温泉科学』第46巻第4号 温泉と免疫」
http://www.j-hss.org/journal/back_number/vol46_pdf/vol46no4_149_154.pdf

学術的な調査ではありませんが、バスリエ株式会社が行ったアンケート調査(2023年1月10日発表)では次のような結果が出たとしています。まず、カゼをひいているとき体温がどのくらいなら入浴するかという質問には、38℃未満が34%で1位、37.5度未満が26%で2位でした。次に、カゼをひいて入浴した後、症状がどう変わったかという質問には、「変わらない」が47%で1位、「よくなった」が42.5%で2位でした。症状がどうよくなったか、という質問では「寒気が緩和した」(21.3%)がトップで、「倦怠感が緩和した」「鼻詰まりが緩和した」「のどの痛みが緩和した」が続きました。入浴の温熱効果には血行を促進して体を温めたり、自律神経機能を調整したりする働きがありますから、これらの症状改善には必然性があるといえるでしょう。

「入浴で4割以上が症状緩和、風邪とお風呂のアンケート調査結果」
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000208.000050030.html

これらの調査はいずれも、入浴の温熱効果によってカゼにかかりにくくなったり、症状が改善する可能性を示唆しています。また、カゼにかかりにくくする理由として、その背景に入浴による免疫力の向上効果を期待しているといえるでしょう。新潟大学の富山智香子准教授は、1週間連続の温熱刺激が病原菌を体の最前線で攻撃する自然免疫(生まれつき持っている免疫システム)の役割を担う好中球の数を増やし、NK細胞の機能を強化する、という実験報告をしています。

「入浴習慣が自然免疫応答へ与える影響 ~温熱刺激と健康を免疫で考える~」
https://www.ircp.niigata-u.ac.jp/seeds/9568.html

私たちの体の免疫システムは、一口に言えないほど複雑な構造をしていますが、そのシステムを作っているものの一つ「IgA」をご存じでしょうか。これは抗体の一種。抗体とは体内に侵入した異物を効率的に排除するものです。抗体には、生まれつき持っている自然免疫をすり抜けたウイルスやがん細胞などを排除する役割もあります。「IgA」は「IgG」に次いで2番目に多い抗体で、特に眼、鼻、喉、消化管などの粘膜表面に分泌される「IgA」を「分泌型IgA」と呼んでいます。分泌型IgAにはさまざまな働きがあり、粘膜の表面で病原体などを無毒化することによって、私たちの身体を守っています。

小山田記念温泉病院の鈴村恵理医師は、「気道浄化作用に対する温熱効果」という論文の中で、入浴によってIgAの分泌速度が上昇して気道の浄化作用が進み、「カゼ予防効果をもたらすと考えられる」と述べています。これは、IgA分泌と温泉浴のカゼ予防効果の関係を追究した初めての研究でした(実験の詳細は2007年5月「日温気物医誌」70巻3号の「健常人における温泉浴の唾液分泌と唾液中分泌型IgA分泌に及ぼす影響」参照)。実験は成人男性10名を対象とし、入浴30分前、入浴開始5分、入浴終了30分後の3回唾液を採取して、分泌型IgA濃度を調べたものです。その結果、入浴中のIgA分泌速度は、入浴前より約1.7倍増加したことが分かりました。

「気道浄化作用に対する温熱効果 ― 耳鼻咽喉科的アプローチ ―」
https://www.jstage.jst.go.jp/article/onki/77/1/77_30/_pdf

「健常人における温泉浴の唾液分泌と唾液中分泌型IgA分泌に及ぼす影響」
https://www.jstage.jst.go.jp/article/onki1962/70/3/70_3_127/_pdf

地道な研究ながら、お風呂で体を温めるとカゼをひきにくくなる、それは免疫力が高まっているからに違いない、ということが少しずつ明らかになってきたようです。「柚子湯に入るとカゼをひかない」は迷信ではありません。

東京都内の銭湯では、12月22日(金)冬至の日に「ゆず湯」を実施します(※一部実施日が異なる銭湯があります)


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