老化はいつから始まるのか、についてはいろいろな考え方がありますが、細胞レベルで見ると、ほとんどの生物は生まれてから老化が始まると考えられています。ヒトも例外ではありません。それぞれ寿命に違いはあるものの、必ず加齢とともに老いてゆき、再び若返るという奇跡は、現在の生命科学において絶対にないといわれています。ひところ盛んに模索された「若返りのトライアル」は昨今、「老化を遅らせる」「健康寿命の延長を図る」といったやや消極的な言葉に置き換わってきました。「アンチ・エイジング(抗老化)」ではなく、健康寿命を延ばし、何歳になっても心身ともに元気で社会貢献し続ける「プロダクティブ・エイジング」の実現が可能になりつつある、といういい方もされています。夢から覚めて現実を見つめるようになった、ある種の時代の変化かもしれません。

この「プロダクティブ・エイジング」が銭湯に通うだけで可能になるのではないか、そんな大胆な仮説の下、昨年ある実験調査が行われ、結果的に健康寿命が延びる可能性が証明されたのです。この実験調査は、全国公衆浴場組合連合会から委嘱された、東京都市大学の早坂信哉教授のチームが中心となって行われました。

この実験調査に参加したのは、70代以上の男女26名(平均80.4歳)。なるべく一人暮らしをしており、ふだん銭湯をほとんど利用しない、健康な状態にある人(要介護認定を受けておらず、循環器・呼吸器疾患がなく、安定して歩行が可能な人)を、大田区と新宿区の地域包括支援センターの協力により募集しました。被験者の皆さんには、週2回、4週間にわたって15分以上の道のりを歩いて銭湯に通い、入浴を楽しんでもらいました。そしてこの調査の前後で各被験者の体力を測定し、比較してみたのです。

会場は新宿区が「栄湯」(8月29日~9月26日)、大田区が「はすぬま温泉」(9月5日~10月3日)で、いずれも残暑の厳しい時期に開始されました。この時期はPCR検査で3124人の陽性者が発表され(8月29日)、最後まで調査を継続できるかどうか非常に心配されました。しかし、幸い日々のPCR陽性者は4桁から3桁へ、秋の陽が沈むような速さで減少していき(10月3日は161名)、実験調査は無事に終えることができました。

体力測定のメニューは次の5項目(写真参照)。
・左右の握力
・開眼片足立ち
・上体起こし
・長座体前屈
・Time up & Go

左右の握力を測定

 

 

両手を腰に当て、左右やりやすいほうで測定する開眼片足立ち

 

 

30秒で何回起き上がれるか、補助者2名で行う上体起こし

 

最初の長座姿勢から最大前屈時の箱の移動距離を測る

 

体力・運動能力測定項目のうち、「Time up & Go」以外は文部科学省新体力テストから選ばれた項目です。この体力テストは、自治体が介護認定する際などに広く使われており、安全かつ的確に身体機能が測れるものとして頻繁に利用されています。握力、開眼片足立ち、上体起こし、長座体前屈などは写真で要領がお分かりいただけると思います。あまり耳慣れない「Time up & Go」というのは、1991年に開発されたテストです。椅子に座った状態から立ち上がって、歩いて3m離れた場所にある折り返しポイントを回って戻り、椅子に座るまでの時間を計るもの。「いつも歩いている速さ」と「できる限り早く歩いて」の2回計測します。

この「Time up & Go」のテストは、「開眼片足立ち」とともに運動器不安定症(MADSともいい、バランス能力や歩行能力の低下が生じ、閉じこもりや転倒リスクが高くなる症状をいいます)の指標となっています。この指標は、高齢者の生活機能を正しく評価することで、転倒・骨折の危険性を早期に発見し、適切なリハビリテーションを行うことによって、要介護状態を防止することに役立ちます。これは高齢者の自立を支援するという点で、極めて重要な意味を持つものです。

Time up & Goは座った状態からスタート

 

3メートル先の折り返しポイントを目指す

 

元の椅子に戻って座るまでの時間を計測

 

機能向上マニュアルの項目の中でも「Time up & Go」は信頼性が高く、下肢筋力、バランス、歩行能力、易転倒性といった日常生活機能との関連性が高いことが証明されており、高齢者の身体機能評価の指標として広く用いられています。一般的に行われる10m歩行テストでは直線距離しか評価できませんが、「Time up & Go」では起立・着座能力、方向転換まで評価できます。日常生活においては直線歩行だけの状況は少なく、立ったりしゃがんだり、方向転換などの動作をしなければならないので、「Time up & Go」は日常生活により近い状況を想定した評価ができるのが特徴といえるのです。

今回の測定メンバーは医師の早坂教授を中心に、健康運動指導士、温泉入浴指導員らによって構成。事前・事後の体力測定実施日は、感染予防のための準備を厳重に行い、被験者全員の体温測定、血圧測定をして、医師の診察で体調を確認した後、後述する心理テスト・体力テストを行いました。

このような大掛かりな実験調査でしたが、さて、結果はどうだったでしょうか。次回(4月末予定)のこのコーナーで詳しく紹介しますが、実は喜ぶべきことに、想定を超える結果が出たのです。(以下次号


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