新緑が美しい季節になりました。木漏れ日や風の吹き抜ける音も心地よく、森林で過ごす時間は広々とした銭湯での入浴のごとく、心身が蘇る感覚を与えてくれます。今回もまた、木と人、入浴について考察していきます。

1982年に林野庁が提唱し始めた「森林浴」という言葉は「入浴」同様、誰もが一度は耳にしたことがあると思います。今でこそ心身に安らぎを与えるものとして日常に馴染んだ言葉ですが、実は比較的歴史の浅い新しい言葉ともいえます。「森林浴」が提唱された後、新たに注目され始めたのが「森林セラピー」です。森林セラピーとは科学的根拠に裏付けされた森林浴のことで、入浴と同じように多くの研究者による報告からその有用性が立証されています。
ドイツでは、医療保険が適用されているほどですから、医学的にも効果があることは間違いなさそうです。現在の日本で、森林浴や森林セラピーが私たちに与えてくれる効果は、以下が認められています。

1. 森林浴でストレスホルモンが減少する
2. 森林浴で副交感神経活動が高まる
3. 森林浴で交感神経活動が抑制される
4. 森林浴で収縮期・拡張期血圧、脈拍数が低下する
5. 森林浴で心理的に緊張が緩和し活気が増す
6. 森林浴によりNK活性が高まり免疫能が上がる
7. 森林浴により抗がんタンパク質が増加する

参考:特定非営利活動法人 森林セラピーソサエティ
(国研)森林総合研究所、千葉大学環境健康フィールド科学センター、日本医科大学、日本衛生学会・森林医学研究会による、生理・心理・物理実験等により、森林のもつ「癒し」効果の科学的解明に関する研究より

これらの効果は森林ならではの視覚、聴覚、触覚なども無関係ではないと思われますが、主に森林の樹木が発散する香り成分、たとえばα-ピネンやリモネンなどのフィトンチッドによるものと考えられています。フィトンチッドとは、1930年頃にロシアの生物学者ボリス・P・トーキンが発見した植物成分の抗菌作用について命名した造語で、植物を意味するフィトンと殺菌を意味するチッドという言葉を組み合わせたものです。その後の研究でフィトンチッドは殺菌のみならず防虫や殺虫、リラックスなどの作用をもたらす成分(揮発性有機化合物)と解釈されるようになり現在に至ります。

森林で得られる各成分の働きや木の種類は次の通り。さまざまな可能性が秘められていることがよく理解できます。

都内で働く健康な男女を対象に、日本医科大学などが2泊3日で行った森林環境での実験では、2時間の森林浴を2日間行うと、免疫力を高めるNK(ナチュラルキラー)細胞が活性化され、その効果が1ヵ月ほど持続することが分かりました。その後の実験で、日帰りの森林浴でもNK細胞の活性化が見られ、1週間効果が持続することが分かったそうですから、手軽なショートトリップでも十分な効果が期待できそうです。ちなみに、NK細胞は血液中のリンパ球の一種で10~30%を占め、体内をパトロールしながらウイルスに感染した細胞などを排除してくれる、生きていくうえでとても大切な存在。私たちが森の緑と触れ合うとリフレッシュし元気になれるのは、決して気のせいなどではなく、想像以上に本質的に私たちの体を活性化してくれていたことがよく分かります。

山梨県環境科学研究所の研究では、ヒトに樹木の香りを10分間吸入させると、吸入後に緊張や不安を和らげ、怒り・敵意を鎮め、疲労感を低下させると報告されています。これに加え、森林中の1ヵ所で20分間安静に過ごすことで不安が軽減し、のどや気管を感染から守る働きをしている唾液中の免疫グロブリンA(IgA)の濃度を上昇させることも明らかにしました。通常、ストレスにより唾液中への免疫グロブリンAの分泌は低下しますから、樹木の香りによってのどや気管の粘膜のストレス反応を軽減させることが期待できるというのです。

ますます不安が強まるコロナ禍において、免疫力や健康状態が常に気がかりな日々が続いています。一人ひとりの感染予防対策が必要不可欠なのはいうまでもありませんが、このような緊張状況が続けば別の病気を招きかねません。密を避け、日帰りの森林浴で心身共にリフレッシュし、締めに自宅近くの銭湯での入浴で静かに疲れを癒やす。こんな時代だからこそ、セルフケアとして自然療法的な過ごし方を模索するのもいいかもしれません。

さらにいえば、わざわざ遠くまで森林浴に行かなくても、銭湯の入浴やサウナで前述のような樹木から得られる香り成分を活用し、手軽で気軽なリフレッシュやセルフケアが可能ともいえそうです。

湯船に浮かべられたヒノキの間伐材

 

まず、銭湯には檜風呂がある浴場や、イベント湯で木材のチップを入浴剤として使う浴場があります。漂う香りはまさに樹木の香り成分ですので、森林浴と同じ効果が入浴で期待できるというわけです。

一方、サウナはどうでしょうか。昨今のサウナブームでは主に「温度差」を利用する「温冷交代浴」のメリットが強調されていますが、サウナ室の建材である樹木の香りもまた隠れたメリットを生み出しています。新しいサウナ室の木の香りが良いという人もいれば、オプションで楽しめる“サウナ用アロマ”や“ヴィヒタ”の香りのファンも増えているようです。

ヴィヒタとはサウナ発祥の地フィンランドで使われている、白樺の枝を束ねたもの。サウナで発汗した体をバシンバシンとたたき、血行を促進させ新陳代謝を活発にするためのアイテムです。一節によると、白樺の葉には石鹸のような働きをするサポニンが含まれており、皮膚の汚れや不要な脂質をとってくれるとされています。また、白樺の香り成分には炎症をおさえたり痛みを和らげたりする作用があるといわれ、さまざまな効果が期待され使われているそうです。蒸した体をたたく様は一見苦行、もしくは何かの罰ゲームのようにも見えますが、サウナーによればこれがとても気持ちいいのだとか。オーストラリアやニュージーランドではユーカリの葉が使われることもあるようですが、天然物は管理が大変とはいえ、合成香料を一切含まない自然の枝葉が醸し出すほのかで優しい香りとその刺激には、確かに何ものにも替えがたい癒やし効果があるように思えます。

入浴と香りについて数回に渡り触れてきましたが、木の香りや木そのものが持つ力を知り、健康を目的とした入浴に活かしていきたいものです。
(以下、次号)


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