新型コロナウイルスの感染拡大が想定を超えてしまいました。その結果、銭湯巡りも思うようにできないなど、利用者の皆様にも大変な不自由をおかけしています。そしてわが東京の銭湯業界もいささか元気を失っている昨今です。しかし地域の公衆衛生を維持するという根本的な使命を持つ銭湯は、3密(密集・密接・密閉)回避のために、現在、サウナの利用中止や営業時間の短縮など、できる限りの感染リスクの低減を図りつつ営業継続に奮闘しているところです。

一刻も早くこの暗いトンネルから抜け出したいものですが、残念ながらまだ光が見えているとは言い難い状況です。こんな時ですから少し発想や視点を変えて、なぜ自分は銭湯が恋しくなるのか、その気持ちの原点みたいなものを考えてみるのもいいのではないでしょうか。

5月中旬に発売される『銭湯検定公式テキスト2 心と体に効く究極の入浴医学』に次のような一節があります。

「銭湯は地域住民の健康を守る最前線基地となることが期待されています。地域にはホームドクターを兼ねるクリニックが存在しますが、機能こそ異なるものの似たような役割を果たしているのが銭湯ではないでしょうか。いわゆる『ソーシャルキャピタル』醸成の一翼を担っているのです」

ソーシャルキャピタルというのは、直訳すると「社会関係資本」という固い言葉になりますが、他者への信頼、つきあいや交流、住民の幅広い社会参加などの要素から成り立つもので、その要素が豊かなほど人々の協調行動が活発になり、治安、経済、健康、幸福感などへよい影響を生み出し、社会の効率性を高めると考えられています。物質的に豊かになった社会が次に目指すものがソーシャルキャピタルの蓄積ではないか、そして銭湯は都会において「つきあいや交流」の最適な拠点になりうるのではないか、と同書では説いています。

そしてさらに、「公衆衛生学的な見地から考えても、ソーシャルキャピタルの醸成は地域住民の健康度の向上に大いに貢献するはずです。江戸時代の銭湯がそのような場であったように、独居の高齢者が1日に1度、地域の方々と触れ合う場があることによって、彼らの社会的な接点が強化され、相互の支え合いを自然に促進することが期待されます」と銭湯の社会的存在理由が説明されています。

しかし、銭湯が社会的接点であることは、今や高齢者に限ったことではないのかもしれません。「銭湯は高齢者のための施設というイメージから変貌し、最近は若い人もよく利用するようになったと銭湯経営者から耳にしますが、仕事で疲れた働き盛り世代が銭湯でリフレッシュし、疲れを取る場所として活用されてきている一端が、こうした調査結果(※)に表れてきているのかもしれません」と、接点が全世代に拡大している現状を解説し、「毎日は無理でも、週に3回くらいは銭湯のお風呂でストレスを解消するのが現代人には必要といえるのではないでしょうか」と心身の健康維持に欠かせない施設であることを本書は指摘しています。
(※)「銭湯利用と健康指標との関連」 早坂信哉教授ほか 2018年

本書の基本テーマは「入浴医学」で、日本特有の文化である入浴が、わが国を長寿大国に押し上げた要因の一つであろうという前提に立ち、湯船に浸かることによってもたらされる生理作用からさまざまな効能を解き明かします。キーワードは血流の改善、自律神経のバランス調整、免疫力アップ、精神的なストレスの解消など。そして、家庭のお風呂では得られない銭湯入浴のメリットをふんだんに取り上げました。最近再びブームになっているサウナについても取り上げています。内容の一部をご紹介しましょう。

・家庭のお風呂と銭湯では温まり方に差がある
・入浴による冷え性改善の可能性は、銭湯を利用する女性のほうが断然高くなる
・熱中症予防に一番いいのは銭湯の炭酸泉を利用すること
・銭湯で認知症予防ができるかもしれない
・銭湯入浴の頻度が高い人(週1回以上)ほど、それ以外の人と比べて自覚する健康状態が良好で、声を出して笑う人が多く、幸福度が圧倒的に高い
・銭湯が地域住民の健康を守る最前線基地である
・(銭湯の一部で使われている)黒湯は時間がたっても泉質が劣化しない美肌効果が期待できる貴重な温泉
・銭湯でやってこそ意味がある反復浴という入浴法

一度知ってしまうとなぜか銭湯が恋しくなる。それは理由のないことではありません。心の奥深くで働く自分でも気づかない心の動きは、銭湯入浴によって育まれる心身の微妙な変化の堆積によって引き起こされるのでしょう。そんな「変化」を、自粛生活の中で改めて感じ取ってみるチャンスなのかもしれません。

本書は『銭湯検定公式テキスト1 改訂版 歴史と建築から学ぶ風呂文化』とともに、5月12日発売予定です(2冊ともアマゾンで予約受付中)。なお、5月20日より開始予定の第12回銭湯検定4級試験の詳細は、一般社団法人 日本銭湯文化協会のホームページに掲載されています。


『銭湯検定公式テキスト1 改訂版 歴史と建築から学ぶ風呂文化』
https://www.amazon.co.jp/dp/4915678296

 


『銭湯検定公式テキスト2 心と体に効く究極の入浴医学』
https://www.amazon.co.jp/dp/491567830X