平成5(1993)年に創刊した銭湯PR誌『1010』のバックナンバーから当時の人気記事を紹介します。


〇月✕日
夕方、見慣れない50前後の男性が入ってきた。つかつかとフロント前に来るや一礼して言う。
「はじめまして。わたし今度この近所へ単身赴任で来た者ですが、これからお風呂を使わせてもらおうと思うのでよろしくお願いいたします」
「ホホウ、そうですか、いえいえこちらこそよろしく……」

アタシャちょっと面食らった感じだよ。だってね湯屋稼業50年余、一見さんには数限りなく接してきたが「はじめまして……」のイントロでこんなに丁重なご挨拶を受けたのは記憶にねえもん。

そして、と思う。例えばアタシ初めての料理屋へ行って板前さんに一礼し「はじめましてアタシ……」と挨拶できるだろうか。

ウーン、勉強させられるなあ。

 

〇月✕日
昨日、脱衣場のテレビが急に写らなくなった。ブラウン管がいかれた感じだ。寿命かな。脱衣場は湿気が強いせいか家庭のものに比べると短命である。で、取りあえずテレビに張り紙をした。

[故障! 働き過ぎて疲れました]

60ほどの奥さんが帰り際、フロントでニコッとして言った。
「テレビをあんまり働かせないでね。過労死しちゃうから」

テレビは脱衣場の必要戦力である。そこで今日、早速入れ替えたんである。ゼニが掛かる。

昨日の奥さんが言った。
「テレビ、すっかり元気になったわね。若返ったみたい」
こういう会話っていいよねえ。

 

〇月✕日
「あたし昭和6年生まれなの」
というから75歳かな。いたって饒舌で冗談好きなおばちゃんである。
「昨日、お宅の倅さんにはじめて会ったけど、いい男だねえ」
「そうっすかあ。でもアタシのほうがいいでしょう」

アタシャお相手がおばちゃんだけに軽ゥくウリこんだ。ところがおばちゃんつまんなそうな顔で
「うん、ダンナもいい男だったと思うけどさあ」
と宣(のたま)った。

「……だった、と思うけど――」
だと。あのねえ、おばちゃん、面と向かって「……だった」てな過去形で表現するなんざあ言葉使いを知らねえよ。これじゃあ「今はジジイになってどうしようもないけどさ」と聞こえるぜ。アタシャひがんじゃうよ。

おばちゃんねえ、どうせ言うなら「ダンナもいい男だけどさ」で止めておいてくれりゃあヨイショと分かっていても、こちとら満足しちゃったのよ。そうすりゃアタシだって「おばちゃんもキレイだよ」とご返礼すんのにさあ。

 

〇月✕日
敬老入浴デーになるとお見えになる70年配のおばちゃん。フロントで「シャンプー忘れてきちゃった……」とつぶやくように言う。そしてアタシに向かい、ちょいと“小首をかしげて”聞いてきた。
「あたし昨日、髪を染めてもらったんだけど、今日、洗ったほうがいいかしらねぇ?」

ハア? ご自分の髪をアタシに「洗ったほうがいいか?」とはまあ難しいご質問だ。アタシャおばちゃんをしげしげと眺めたよ。少々ギャザーのお寄りになったお顔(ゴメンネ)だがお髪(ぐし)は黒ぐろとしている。さ~てな……。

アタシャ風呂屋のオヤジだが洗髪コンサルタントではない。ゆえに小首をカシゲて聞かれても困ってしまう。「そ~ですねえ」とあいまいに答えるだけである。

でもこれさァ、妙齢なご婦人がコクビカシゲテ「……よろしいかしら?」な~んて聞いてきちゃったらアタシャどうしよッ? オイオイ、言うわけねえだろうよ。


【著者プロフィール】 
星野 剛(ほしの つよし) 
昭和9(1934)年渋谷区氷川町の「鯉の湯」に生まれる。昭和18(1943)年戦火を逃れ新潟へ疎開。昭和25(1950)年に上京し台東区竹町の「松の湯」で修業。昭和27(1952)年、父親と現在の墨田区業平で「さくら湯」を開業。平成24(2012)年逝去。著書に『風呂屋のオヤジの番台日記』『湯屋番五十年 銭湯その世界』『風呂屋のオヤジの日々往来』がある。

【DATA】さくら湯(墨田区|押上駅)
銭湯マップはこちら


2006年4月発行/79号に掲載


銭湯経営者の著作はこちら

「風呂屋のオヤジの番台日記」星野 剛

 

「湯屋番五十年 銭湯その世界」星野 剛(絶版)

 

「東京銭湯 三國志」笠原五夫

 

 

「絵でみるニッポン銭湯文化」笠原五夫


銭湯PR誌『1010』の最新号は都内の銭湯、東京都の美術館、都営地下鉄の一部の駅などで配布中です! 詳細はこちらをご覧ください。

157号(2023年12月発行)

 

156号(2023年9月発行)

 

155号(2023年6月発行)